60ヵ国を旅した私が教えたい“旅の味みやげ”ブータン編

コラム・アラカルト

2021.10.06

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はじめまして。旅するフードライターの江藤詩文です。

世界を旅して、星つきレストランから家庭の食卓、農家や酒蔵、時には食材を求めて森をさすらったり、荒れる海で漁船に乗ったりと、食にまつわるさまざまな事象を訪ね、そこで出会ったあれこれをメディアでお届けすることをなりわいにしています。

そうは言ってもこのご時世。自由に行動できない日々に、つい不満をこぼしたくなる…。そんな時はいつも思い出します。“幸せの国”ブータンで出会った人々と、その食卓を。

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「世界一幸せな国」ブータンの人々の暮らし

ブータンからワンチュク国王夫妻が来日したのは、今から10年前の2011年秋のことでした。美しい民族衣装をまとった若いながら国民に慕われるワンチュク国王と、謙虚で初々しい振る舞いがかわいらしいペマ王妃の仲睦まじい姿は微笑ましく、日本でも大人気になりました。

ブータンが「世界一幸せな国」と言われるようになったのは、現国王の先々代であるワンチュク3代国王が、国民総生産(GDP)ならぬ「国民総幸福(Gross National Happiness)」を国の理念として提唱したからです。

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そんな幸せな国の人々は、何を食べているのでしょう。

ブータンは、ヒマラヤ山脈の南側、中国とインドに挟まれ、7千メートル級の山々に囲まれた山あいの小国(面積は九州と同じくらい)です。

豊かな大地とは言えない、山あいの土地で育つ作物は多くなく、とれるものといえば米、そば、いも類、そして日本にも輸出されている松茸、種類豊富な唐辛子です。ブータンは、私が体験した限り世界トップクラスの激辛料理天国で、どの料理にも大量の唐辛子を使います。

市民の台所であるバザール(市場)を歩けば、あちらを見てもこちらを見ても目に入るのは唐辛子。手のひら大から小指の爪先サイズまで、赤、黄、緑、オレンジと色もかたちも大きさもさまざまな唐辛子で、あたり一面埋め尽くされています。

ちなみにもう一つよく見かけるのが、切り分けた円柱形のチーズ。パルミジャーノ・レッジャーノより旨味は薄く、パサッとした食感ですが、唐辛子とともにブータン料理に欠かせないアイテムです。

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ブータン料理は唐辛子のオンパレード

ブータンの食卓は、ごはんと汁物にいくつかのおかずがつく、日本人にとってもなじみやすいスタイル。ブータンを訪れた初日の夜、さっそくブータン料理に挑戦しました。

私の辛さ耐久度は、普通よりちょっと強いくらい。韓国料理やタイ料理など東南アジアの料理が大好きです、と言えばお察しいただけるでしょうか。

きれいな英語を物静かに話すガイドのターチュさんが説明してくれる料理は、どれもこれも物めずらしく、つい一汁三菜ならぬ五菜くらいのおかずを贅沢に並べてしまいました。

あとで聞くと、ブータンでは一汁二菜くらいが普通で、これだけ豪華におかずを食べたのは、一族が集合する結婚式以来だったそうです。なんだか恥ずかしい。

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まず登場したのは、ブータン人の国民食といわれる「エマダツィ」。これは縦半分に切った大きめの唐辛子と発酵が浅いチーズをくつくつと煮込んだもので、一日三食おかずはこれだけという人も多いとか。

日本の定食における“香の物”的位置づけは「エヅェ」。小さくて辛い青唐辛子とトマト、玉ねぎ、パクチーを5ミリ角にカットして、塩と粉チーズで和えたパンチの効いた一品です。

「ターチュさん、この料理はなんですか?」
「干した豚バラ肉と青菜と赤唐辛子を炒め煮にした料理です。」
「では、こちらは?」
「唐辛子と干した牛肉を、一度炒めてからペーストにした唐辛子で煮込みました。」
…うん、想像以上に唐辛子。

「ターチュさん、唐辛子を使っていないブータン料理はなにかありますか?」
すると彼は、胸の前で両手のひらを合わせ、静かな声でこう言ったのです。

「もちろんございますよ。ごはんです。」
「…。」

もちろんオチをつけたわけではなく、これ、真面目な答えですから。

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料理は辛口でも、ブータンの人たちの言葉はとってもスイート。ガイドさんもドライバーさんも、恐らく一度も口にしたことがないラグジュアリーホテルのフルコースを見ても、街の定食屋のそっけない盛り合わせを前にしても、彼らは必ず「わぁ、おいしいごはんを食べられて、今日も元気で、幸せですね」と微笑みます。この「今日も元気で」の部分は、「みんな一緒で」「天気がよくて」「風が気持ちよくて」などに適宜差し替えられます。

毎日毎食、「ごはんを食べられて幸せ」と言われていると、なんだかこちらまで幸福度が上がった気分。干し肉と唐辛子とごはんで、これだけ幸せになれるとは。

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ちなみに、お隣りのインドでは、宗教の関係もあって鶏肉がよく食べられますが、ブータンでは豚や牛を、保存のきく干し肉に加工するのが一般的。仏教の輪廻転生という考えから、たとえ蚊やハエであっても殺生を好まず、一つの命をなるべく多くの人で分かち合ったほうが幸せになれると、鶏よりも大きい豚や牛を食べるとか。

これ、私が日本一好きなミシュラン二つ星フレンチ「Florilège(フロリレージュ)」のシグネチャーメニュー「分かち合う」と、コンセプトがまったく同じです。東京の最先端のレストランと同じ考え方に、ブータンの家庭で出会うなんてびっくり。

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簡単アレンジ料理でおうちで楽しむ旅気分

こうした旅の思い出話をしながら、ちょっと変わったメニューを持ち寄る女子会的ホームパーティをすることが最近の楽しみです。

旅は好きだけれど、他に優先したいことや都合があって、今はちょっと旅をお休みしているなんて時に、異国情緒のある料理は、気分をリフレッシュするのにうってつけ。

例えばタイ料理や香港料理なんかは、基本的な調味料は手元に揃えやすいし、カルディや無印良品、ウーバーイーツなどで手軽に味わえます。

もうちょっと変わったものに挑戦したいなら、発酵した茶葉をテイクアウトして、コンビニのおつまみピーナッツや小魚、白ごまなんかを添えたらミャンマーの定番料理、「お茶のサラダ」のできあがり。

モロヘイヤが安く出回る季節なら、「にんにくとモロヘイヤのスープ」を作ったり、安いマカロニとごはんを混ぜて、パスタソースをかけたジャンクフード「コシャリ」で、エジプト気分を味わったり。(缶詰のひよこ豆やクミンを混ぜるとさらに本場感!)

ブータン料理もおうちで楽しめます。干し肉はちょっと手に入りにくいかもしれませんが、前出の「エヅェ」ならスーパーですべての材料が手に入り、切って混ぜるだけなので簡単。ブータン人の国民食「エマダツィ」は、辛くない万願寺とうがらしなどを使って、とけるチーズで煮ると、子どもでも食べやすい。

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シャンパンや白トリュフの味を知らなくても、今日も元気でごはんを食べられれば嬉しくて幸せ。そんなブータンの人々の声を思い出しながら、今夜は久しぶりに「エヅェ」を作っています。私はパクチー多め派。これだけは譲れない。

そうそうブータンはお風呂カルチャーもすごく素敵なんです。そんなお話はまたどこかで。

江藤詩文

世界を旅するフードライター。ガストロノミーツーリズムをテーマに、世界各地を取材して各種メディアで執筆。著名なシェフをはじめ、各国でのインタビュー多数。訪れた国は60カ国以上。著書に電子書籍『ほろ酔い鉄子の世界鉄道~乗っ旅、食べ旅~』(小学館)シリーズ3巻。

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