
がむしゃらの苦労を選択した日々を、きっぱり誇ろう
子どもが小さくて、毎日必死で、目の前のことをこなすだけで精一杯だったあの頃。あとから思えば、もっと楽な方法はいくらでもあったのに、なぜか遠回りばかり…。
そんな日々の中気づいたことを、エッセイストの古賀及子さんに書いていただきました。
「がむしゃらに日々を乗り越えてきたことは、きっぱり誇っていいぞ」と、いつかきっと思える日がくるはず。
どうして電動自転車を買わないの?と友達に聞かれて、あれ、そういえばそうだなと、はっとして気がついた瞬間のことを覚えている。はじめて持った子を保育園にあずけ、仕事に復帰してしばらく経った頃だ。
街の保育園は空きがなくぱんぱんで、私たち親子は私の育児休暇を早めに切り上げることで、なんとかぎりぎり運良く、自宅から少し離れた保育園を利用することができた。0歳で入園した子の送り迎えのため、自宅から保育園までの徒歩20分を、毎日ベビーカーを押して行き来した。
朝ベビーカーで子を園まで連れて行き、ベビーカーもあずかってもらう。そのまま駅まで15分歩き、電車に乗って会社へ行って、夕方退社したら今度は駅から走って保育園に迎えに行って、あずけておいたベビーカーに子を乗せて帰った。
駅からやや遠いこの保育園へ送り迎えする保護者の多くは、子が1歳、もしくは自転車の子乗せシートに乗せられる大きさになるやいなや、電動自転車での送り迎えに切り替える。結果的に、9割以上の親子が電動自転車に乗って通っていた。
なんだけど、私は子どもが十分、子乗せシートに乗せられる年齢と大きさに達してもなお、ベビーカーで送り迎えを続けていたのだ。同じ保育園を利用する縁でできた友人が、不思議そうに「どうして電動自転車を買わないの」と聞いたのも無理はない。
自転車に乗せるのが、私の運動神経の悪さから考えると不安だったから、というのは理由としてひとつ大いにある。けれどそれ以上に、はじめての子育てと、子育てしながらする仕事にいっぱいいっぱいすぎて、とにかく頭が回らなかったのだ。
自宅の駐輪スペースは限られていて、自転車を停める場所がなかった。買うとなると、まず駐輪場を確保することからはじめねばならず、後回しにするうちにどんどん日が過ぎてしまった。自転車があったほうがいいことはうっすら自覚はしていた、でも、目の前にあることで手がいっぱいで、身動きができず、見て見ぬふりをしてベビーカーでの送り迎えを選び続けていた。
心から不思議そうな友人の顔の威力は絶大で、私はやっとはっとして、立ち上がることができたのだった。なんで私はこんなに時間がなくて毎日ばたばたしているのに、じっくり時間をかけてベビーカーで送り迎えをしているんだ。
そうしてようやく、近隣の住民の方にお願いしつつ交渉することで駐輪スペースを確保して、電動アシストのついた自転車を、取り付ける子ども乗せのシートと一緒に買った。覚えている。SANYOのエネループバイクという、今はもうないメーカーの、今はもうない名前の自転車だ。緑色だった。

笑っちゃうほど楽になった。
自宅を出ると、すぐに保育園に着くから驚いた。自宅から保育園までの道はずっとのぼり坂だった。よっこらしょと、腰をいれてベビーカーを押していたこれまでが嘘みたいだ。帰りの下り坂も、するする下っていってしまうベビーカーを引っ張り上げるようにしてゆっくり歩いていたけれど、これからは、スピードが出すぎるのに気をつけるくらいで、ただシューッとすべり降りて帰るのだ。
朝、園まで送ったあとは駅の近くの駐輪場まで自転車で行ける。会社へも早く到着できるようになった。迎えの時間にも余裕ができた。私の体自体が速いみたいだ。
まったく同じことを、私は台所でも起こしていて、食洗機を買うのが遅れに遅れた。こちらは電動自転車のように友人のひとことで我にかえるようなこともなく、食洗機を買おうと自力で気がつけたのは二人目の子どもが生まれたうえ小学校まで上がり、上の子どもが中学生になった頃ようやくだ。
食洗機も、そもそも置く場所がなかった。広いよりも狭い家の方が掃除がしやすくて目が届くからと、狭小住宅を選んだのは私だけれど、それにしても狭いものは狭く、台所に家族三人分の食器が洗える食洗機を置こうものなら調理スペースがふさがる。だから無理だとあきらめていたし、それに何より、これまでだってずっと手で洗ってきたんだから、同じようにやればいいだけと、どうもそれ以上のことを考えられなかった。
突っ走るように暮らしてきて、子どもたちが以前にくらべたらずいぶん手を離れたなあと、一息ついてやっと、食洗機は、やっぱりあったほうが楽なんじゃないかと冷静に考えられるようになった。
大きさを測定して購入した食洗機は、それでもやっぱり、置いたら驚くほど場所を占めて、案の定調理スペースがなくなって笑ってしまったけど、使い始めてみたら、愕然とするほど優秀だった。

しばらく使い続けると、それまでお皿を、お椀を、お茶碗を、お箸を、全部手で洗っていたことがもう嘘みたいだ。小さくではあるけれど、あきらかに余暇を生み出した。シンクに汚れ物が重ならないのも、気持ちの余裕をうみだした。調理は台所に置いたダイニングテーブルですればまったく問題ない。
あれもやらないといけない、これも間に合わない、ずっとずっとかっかして、目の前にあることをするので精一杯で、きちんと物事を筋道立てて考えることができない、合理的になれなかった、はっとして起きて、力任せにがんばって、スカンと寝てしまう日々だった。
今思えば、苦笑しながら、なにやってんだとは思う。見ようによってはわざわざ苦労を選んでるみたいだ。けれど、あの頃は切羽詰まってそれなりに切実にしんどくもあった。そうやってしか、私はきっとやってこられなかったんだろう。がむしゃらに日々を乗り越えてきたことは、きっぱり誇っていいぞと思う。
ベビーカーを押して保育園まで送っていた頃、大急ぎで出かけて、大急ぎで帰る日々、1枚だけ撮った写真がある。今はもうきれいなマンションに建て変わった、かつてあったアパートの前に毎日寝転ぶ猫がいた。いつかしばらく姿が見えなかったのを、久しぶりに見つけたときの写真だ。猫先輩と呼んでいた。私と子どもで、毎朝、毎夕、挨拶していた。
