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からいまぜカレー

コラム・アラカルト

LIFE STYLE
2025.11.25

小説やエッセイ、短歌、絵本まで幅広く活躍中の作家・くどうれいんさん。「食」を綴る文章も大人気です。そんなくどうさんに、「自分のためのごはん」をテーマにエッセイを寄せていただきました。

忙しさのなかで食べることが少し重たくなった日々、ふとよみがえった「からいまぜカレー」という個人的なごほうびの味。自分を労わるための一皿が、優しくどこか懐かしく、でも同時に力強くて、読んでいてなんだか少し励まされるのです。


正直、この頃食べるのがしんどい。日に日にコース料理や会食がプレッシャーになっている気がする。「食べるのがすき」と思っていたはずなのに健啖家(けんたんか)からはみるみる遠ざかり、食べると疲れてしまう日のほうが増えた。そのくせ体重は増え、腹回りや首回りの肉は食べ過ぎでなくとも加速をつけて増えるのだから納得がいかない。

しかし、読者や編集者のみなさんは相変わらずよく飲みよく食べるわたしのことを思い描いてくださっているから、仕事のたびにたっぷりと差し入れをいただき、わあうれしい……と思う脳と、ワオ勘弁して……と言い出す胃との板挟みにあう。食べることがストレス解消だったのに、食べることがストレスになりつつあって、そういう自分がいやになる。

もともと甘いものが得意ではなかったのに拍車がかかり、はちみつやりんごジュースやキャラメル、あんこまで、もう、実はちょっとしんどい。さらにお酒もそんなにたのしくなくなってきた。酔うと疲れるし、趣味のいいノンアルコールドリンクがあれば、そっちのほうが味に集中できるような気すらする。

やだなあ。お菓子にそんなに興味が湧かなくて、お酒もいらないなんて。食事に興味の湧いていない自分のことが情けなくなる。最近は忙しさで自炊の頻度もぐんと落ちて、作る楽しみも減った。新しい味や感動の味を求めることよりも、いま自分が落ち着く味、知っている味のほうが癒しになる。

これってやっぱり年齢のこともあるのでしょうか。もう二十代とは違うってこと……? と打ち明けると、同じく「食べるのがすき」な友人は、まあ、食べるの好きな人はいずれその境地にはなるよねえと寄り添ってくれたうえで、しかしさ、と続けた。

「疲れてるんだと思うよ、単純に。疲れすぎ」

はは、まさかそんな。と笑ってから無言になってしばらく考えた。今年はたしかに忙しかったけれど、メンタルはとても安定していたつもりだった。きもちがやられていないから大丈夫だと思い込んでいたけれど、もしかして、疲れているのかわたし。食べると疲れる、と思っているくらい、疲れの水位が常に表面張力に達していたのか。疲れなくなったのではなくて、疲れている状態に慣れていただけかもしれないなんて。

衝撃だった。あまりにもいろんな人に「多忙ですよね」と言われ飽きて、「いやぜんぜんそうでもないっすよ」と答えているうちに本気で大丈夫だと思い込んでいた。やーん、疲れてるらしいです、わたし。

疲れているのかもしれないと思うと途端にめそめそしてきて、猛烈に労われなければやっていられないような気がしてきた。それで、十月からはとことん、あーあ、疲れましたよ。という態度でふてくされて過ごすことにした。食べたくないものは無理に食べない。食べたいものはいくらでも食べていい。そうやってとことん甘やかすことに決めたら、猛烈に食べたいものがあった。

からいまぜカレーである。

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もう何年も前に仕事でご一緒した編集の方が仕事の終わり際に言ったのがきっかけだった。

「あー、レトルトカレーをごはんとぐちゃぐちゃにしてばかみたいに辛くしてたべるやつ食べたいなあ」
「なんですかそれ」
「家でひとりでいると無性にそれが食べたくなることがあるんですよ、もうほんとぐちゃぐちゃにして、タバスコをばかみたいにかけまくって辛くないとだめなんです」

連日のハードスケジュールの締めくくりに、ご褒美としてそれしか食べたくないような言い方だったので、よく覚えている。でもその時は辛党な人の言うことだからなあ、それにカレーをぐちゃぐちゃにするのはなあ、などと思ってしまい、人にはいろんな好みがあるなあ、で留まっていた。

それがある日、カレー屋さんでまさにそのような「まぜまぜカレー」がメニューにあり、ハマってしまったのだ。

そのお店の「まぜまぜカレー」はおそらくポークカレーと白飯を混ぜて真ん中に温泉卵を落としたもので、調味料としてウスターソースのボトルが一緒に運ばれてきた。このお店では編集さんが言っていたような辛みのための調味料はなく、注文の際に辛さを頼む方式のようだったので怯んで甘口を注文した。

大きな平皿に、お好み焼きのようにのっぺりと広げられたカレーが届き、恐る恐るいただく。

キーマカレーやドライカレーとは違う。白飯とルーを混ぜるからこそ出来上がるねっとりとしたおじやのようなテクスチャが、舌に纏(まと)わりついて濃厚でうまい。そこにさらりとしたソースをかけることで、フルーティーな香りが加わって、ジャンキーなのに複雑な味わいでたまらない。濃い味わいに温泉卵の黄味が絡むとそれはそれは至福の味わいだった。そして、疲れ果てたときに食べるのがなぜか妙にちょうどいい。

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有休をとってとことん家に引きこもろうと決めたある日、お昼ごはんにどうしてもまたあのまぜカレーが食べたくなってうずうずする。それで、編集さんの言っていたことを思い出して家でも作ってみようと思ったのだ。ドラッグストアでいちばん安くて具の少なそうな甘口のレトルトカレーと温泉卵を買うと、家でいちばん平たくて大きくて電子レンジOKの皿を出す。

まず、冷凍ごはんを1.5人前あたためて皿にのせる。それから、湯煎したレトルトカレーをかけてスプーンでむらなくしっかり混ぜて、お好み焼きのように皿に広げる。電子レンジでさらに1分半加熱する(わたしは信じられないほど熱々で食べるのが好きなので)。スプーンで真ん中にくぼみを作り、温泉卵を割る。タバスコとソースをちょっとやりすぎかもと思うくらいかけて、食べながらさらに追加でかけていただく。

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この「からいまぜカレー」がすっかりわたしの会社員時代の「疲れメシ」として定着した。もういい加減にして! と思うとこれを食べるのだ。お店で食べたものよりもさらにチープな味わいとなり、そのやけくそな味が疲れた心に沁みる。

言ってしまえばチーズもホワイトソースもない、ルーだくだくのカレードリアのようなもので、甘ったるいカレーとタバスコの酸味とフルーティーなソースがやけに良く合う。確かに彼女の言っていた通り、ぐちゃぐちゃでからいことに意味があるような気がした。また彼女に会うことがあれば、「ソースをかけるのも合いますよ」と言いたい。

これを食べた後は、水をコップにいっぱいぐびぐび飲む。辛くて熱くて濃いので、猛烈に水を飲みたくなってしまうのだ。からだが温まり、満腹でぐーっと眠気が押し寄せてくるので、抗わず寝る。そして起きるとまあまあせいせいする。

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会社を辞めてからは自炊にもっと時間をかけられるようになって、鍋いっぱいのおでんを作るようなことで発散するようになったから、最近は食べていなかったのだが、久々に食べてみるとやっぱり疲れに効く味だった。この濃さがストレスを懲らしめてくれているような気がして、食べ進めながら「やってやれ!」と思う。

このごろはストレスがあると、負担をかけないような食事で身体を労わることを優先しがちだったが、たまにはこうしてボクシンググローブを嵌め、とことん疲労を殴り倒すような食も悪くないかもしれない。いいぞいいぞ! 

わたしは夢中で平らげた。

しかし、しっかり胃がもたれた。くやしい……! 半分くらい食べ進めたあたりから、ちょっと嫌な予感はしていたのだけれど、やっぱりだめだったか……。

もしまた「いいかげんにして!」と思うような目に遭っても、いつでもからいまぜカレーを食べられるように、本気で健啖家になるための努力をはじめなければ。

まだまだ胃の丈夫な皆さんには、とてもおすすめです。

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