【第十七話】夏と部活とトロンボーン

2017/08/25 UPDATE

あっというまに8月末になり、夏休みも終盤だ。子どもたちはいつもと変わらず、早寝早起きを繰り返し、よく食べ、よく飲み、熱中症になることもなく、肌をこんがりと焼きながら健康的に過ごしてくれた。そういえば、少しだけ背も伸びたような気がする。
夜、帰宅するとパジャマ姿の子どもたちが迎えてくれた。Yシャツのボタンを外しながら、寝室に向かう子どもたちを妻と眺めた。

「夏休みの宿題は終わったのかな?」
「夏祭り前には、全部終わっていたわよ」
「えらいなぁ…僕が小学生の頃はいつも直前に慌ててやっていたのに」
「宿題終わらないと、お祭りにつれていかないぞぉ~って脅しておいたからね!お兄ちゃんも手伝ってくれて、100ページ近く残っていた算数ドリルもぜんぶやっつけたんだから」
「ありがとう。本当におつかれさまでした」

グラスに氷を入れ、冷たいルイボスティーを注いで妻に渡した。お風呂から上がったばかりで半分だけ乾いた髪を、少し怒ったような表情でかき上げる仕草が可愛らしい。

書き上げたばかりの双子の日記を覗いてみると、夏休みのあいだに家族で遊びに出かけたプールのある遊園地や水族館、湯河原の温泉の他にも、友達だけで出かけた町内会のキャンプや社会科見学のことが書いてあった。自分の知らないあいだに、子どもたちはどんどん外の世界に飛び出しているのだと知り、たくましさと少しの寂しさを感じた。

夏休みの日記をそっと閉じると、妻から、長男が夏の吹奏楽コンクールで予選を突破できずに銀賞で終わってしまったことを悔しがっていると聞いた。出会った頃はまだまだ小さかった長男が、悔しいと感じられるほど熱中できるものに出会えたこと、喜びも悔しさも共有できる仲間に出会えたことが誇らしかった。
この夏子どもたちは、楽しさも悔しさもたくさん経験して、また一つ大人になったのだと思った。

僕は中学生の頃、吹奏楽部に所属していた。昔から父と姉が吹くサックスやトロンボーンにあこがれを持っていたこともあり、新入生歓迎会で先輩の部活紹介を見たその日に入部を決意した。

入部した頃満開だった桜が散って木々が緑色になったことにも気づかないくらい、僕はトロンボーンを吹き続けた。しかし、1年目の夏に努力が実ることはなく、補欠として先輩たちの演奏を観客席から見て過ごすことになった。

中学2年生となった翌年は、新入部員が少なかったこともあり、僕のパートはトロンボーンから人数の少ないテナーサックスになった。トロンボーンに慣れていた僕にとって、リードで鳴らすサックスは未知の世界だった。納得のいく音がだせるように来る日も来る日もサックスを吹き続けた。そんなある日、チューバを担当している先輩が体育の時間に手の甲を骨折し、ぷっくりと晴れ上がった右手で部活にやってきた。

「痛みはあるがなんとか吹ける。大丈夫だ。俺についてこい」
少年漫画さながらの強がりもむなしく、顧問の指示で先輩はパートを転向することになり、金管楽器の経験者で体格がよく、肺活量もある僕がチューバを持ってコンクールに出場することになった。

限界まで努力しても、必ずしも望み通りの結果を得ることができるわけではないこと、誰かが怪我をしたり病気をしたりしたときは、誰かが代わりとなってチーム全体を支えること、中学生の頃はあまり意識することなく過ごしていたけれども、吹奏楽部から学べることは、楽器の鳴らし方だけではなかったはずだ。

そんな青春時代を思い出しながら、残された中学校生活の中で、長男がたくさんの成功とそれと同じだけの挫折を経験して、いまこの時にしか出会うことができない人生の宝物をたくさん見つけてほしいと思った。

急に昔が懐かしくなって、押し入れから卒業写真をひっぱりだしてみた。それを不思議そうに見ていた妻も自分の卒業写真を持ち出して、お互いの青春時代の思い出を話した。

「この頃と比べると、やっぱり歳をとったなって感じるね」
「そうだね。気持ちはこの頃のままなのに、体がついていかなくてびっくりする」
「ホントにそう!」
「出会ったころは、お互い二十代だったのにね」
「まあね。でも、いまの君も可愛いよ」
「あっ、いま笑いながら言ったなー」

そういいながら、僕の両頬を軽くつねって、抱きついてきた。

知らない世界へ飛び出していく子どもたちの背中を、やさしく押してあげられるように、そして、傷ついて帰ってきた日はあたたかく迎え入れてあげられるように、僕たちはこの家で、冗談をいいながら、笑いながら過ごしていこう。
今年も夏が終わる。

投稿者名

shin5

都内で働く会社員。Twitterに投稿した日常ツイートが話題となり、22万を超えるフォロワーから注目され、2015年に漫画化した。「結婚しても恋してる」「いま隣にいる君へ。ずっと一緒にいてくれませんか。」は異例の15万部を突破し、仕事を続けながらWebメディアへの連載、執筆活動もスタート
Twitter:https://twitter.com/shin5mt