かぞくとわたし 第一話「150円の恩返し」

2016/12/22 UPDATE

シュールでおもしろいツイートが人気のサカイエヒタさんですが、奥さんや子どもとのほっこりエピソードも人気を集めています。この連載では、エヒタさんが毎日感じている家族の温かさを語ってもらいます。

「なんだかピザがたべたいですねえ」

そんなLINEメッセージが奥さんから届く限り、きっと我が家は順風満帆なのだ。デリバリーピザはいつだって、しあわせと平穏を象徴している。

「今日も1日平和でしたね記念」
「すきな曲がラジオで流れてたよ記念」
「娘のうんちが2回も出た!記念」

デリバリーピザを食べるためなら、なんでもない日をなんらかの記念日に仕立てあげることなんて、この夫婦にとってみればたやすいことである。

僕からの「いいですねえ」という返答を受信すると、奥さんはさまざまなピザ屋のチラシやサイトを開き、ミスの許されないトレンドピザ調査をはじめる。入国管理官さながらの厳しい表情で、各社イチ押しのピザを1枚1枚調査していくたいへんな作業である。

あのピザ屋は、テリヤキとマスカルポーネとバジルとハラペーニョが乗った、ワガママな新商品を推している。
あのピザ屋は、シンプルで本格的な窯焼きピザがオススメらしく、ミミに焦げ目がついててなんだか誇らしげ。
あのピザ屋は、生地になんと3種類のチーズが重なっているそうだ。もはや暴力!

どの店も、迫力あるピザの写真を全面に押し出し、厳しい入国管理官の審査を通過しようと必死であった。

僕が帰宅する頃には、3枚ほどの選抜候補が用意されており、その候補者たちの最終プレゼンが奥さんから発表される。
今回は厳正なる審査の結果、某ピザ屋のマスカルポーネピザに決定したのだった。

注文を終え、お釣りのないようお金を用意し、我々は行儀よくピザを待つ。そして忘れてはならない大事なものも用意する。

「150円、大丈夫ね?」
「もちろん」

我が家では、デリバリーピザや出前を頼む際はかならず配達員のお兄さんに「これで、缶コーヒーでも飲んで」とスマートに150円を渡すのである。これは僕が独身時代から続けていることで、当然のことながら結婚後も酒井家のルールブックに採用された。

というのも、僕は学生時代にピザ屋の配達員のバイトをしていたことがあり、お客さんからいただいた150円に救われてきたのだ。鼻の頭が赤くなる冷たい雨や雪の日のバイクでの配達時には、その150円でコーンポタージュを買い、電柱の脇で震えながらすする。(SNSがない時代でよかった)

本来、注文客からチップを頂くのはもちろんいけないことではあったが、丁寧に拒んでも「いいから!」と、彼らはかじかんだ僕の手に小銭を握らせた。貧乏な学生バイトの身からすれば、缶ジュース1本分の気遣いはとてもありがたかった。そして何より、ちょっぴり自分の労働が社会から認められた気がして、店へ戻る帰り道がいつもより暖かったのを覚えている。

40分後、我が家の玄関先にあらわれた配達員のお兄さんは、案の定鼻の頭を赤くしていた。過保護に運ばれてきた箱入ピザを受け取り、会計を済ます。彼が帰りかけたところで例の150円を渡した。

「少ないけど、あたたかい飲み物でも」
「えっ!いや、いけません」
「僕も昔デリバリーのバイトしててね、受け取って」

ピザを持って部屋に戻ると、僕と配達員の玄関先でのやり取りをこっそり聞いていた奥さんが、満足げに待っている。

「気持ちよく受け取ってもらえてよかったね」

そんな言葉が奥さんから聞ける限り、きっと我が家は順風満帆なのだ。デリバリーピザはいつだって、しあわせと平穏を象徴している。

つづく

投稿者名

酒井栄太(サカイエヒタ)

株式会社ヒャクマンボルト代表。日々丁寧に寝坊しています。奥さんと娘、猫2匹と暮らしています。清潔感がほしい。
URL:1000000v.jp Twitter:@_ehita_