7通目:「若者よ、殴られる経験とデメリットの確認をしておいたほうがいいぞ。」西村博之さん ~拝啓、ハタチのわたしへ~

2018/04/27 UPDATE

1999年にまだ大学生であった“ひろゆき”こと西村博之氏が立ち上げた巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」。ここへの書き込みがコトの発端となった“電車男”は一大ムーブメントとなりました。一方で、2ちゃんねる開設当初から名誉棄損で損害賠償を求められたことも数知れず。学生時代に起業し、2ちゃんねるやニコニコ動画のサービスを開始し、現在はさまざまな企業の経営に携わるひろゆきさん。パリで暮らす今、ハタチの自分、そして若者にあらためて伝えたいことをつづっていただきました。

ひろゆきこと、西村博之です。
僕がハタチだったのは、1996年。今から21~22年前です。

「学生時代はプログラミングを勉強していたの?」とよく聞かれるのですが、僕は大学で心理学を学んでいました。昔から、物理や化学、宇宙の起源みたいなことが好きで理系の大学に行きたかったのですが、高校生の僕は心理学を勉強すると人の心が読めるようになるんじゃないかと思っていたからです。

プログラミングは、小学生のときから友達に教わりながらやっていました。当時はまだWindowsはもちろん、DOSもない時代でしたけど、「パソコン通信」っていうのがあったので、画面の向こうにいる人とコミュニケーションすることの面白さみたいなものは幼心に感じていました。だからインターネットができてみんながネット上で人とコミュニケーションを取り始めたとき、僕はわりと有利なポジションに立っていたとは思います。みんながインターネットを始めたとき、すでにだいたいこうなるってわかっていたみたいな。

大学3年の9月から1年間、アメリカに留学したのですが、そのときに作ったのが「東京アクセス」という会社。さらに暇を持て余してスクリプトの勉強がてら作ったのが「2ちゃんねる」です。僕が面白いと思うものを「面白い」と思ってくれる人は、世の中に必ず一定の割合はいると思っていて、2ちゃんねるに関しても同様。割と「あ、これ面白いや」と思う人がいて、自分自身の感覚がそこまで特殊だとは思っていないっていう気はします。

ちなみに他の人がハンドルネームのような別名を使う中で「ひろゆき」という本名を使っていましたが、それは個人的に匿名にすることの方に抵抗感があって、本名を使い続けるのが一番ラクだっただけです。

あと、子供の頃から割と揉め事は好きだった気がします。みんなは揉め事があるとマイナスのことのように思うところがあるけれど、僕にとってはすごく楽しいっていう。これは結構、得な人生なんじゃないかなって思ってるんですが(笑)。

意外に思われるかもしれないけれど石橋はめちゃくちゃ叩いて渡るタイプなんですよ。たとえば訴訟起されて裁判になったときも、初回は裁判がどんなもので法律がどういうものかをちゃんと調べて、安全だってわかったうえで臨んだんです。
僕のやってることって傍から見ると危険そうに見えたり心配されたりもするんですが、本当は命綱が付いていて全然問題なかったりもするんですよ。そうやって、きちんと準備したうえで大丈夫だった経験が多いんです。

今はフランスで生活していますが、ドアを開けると海外旅行って感じで楽しいですよ。普通にスーパーに行って物買うだけでも新鮮だったり。月に1回は日本に帰って打合せなどもちょこちょこしていますが、たまに帰ると街並みが全然違ってたりして…すげーなーと思ったりしますね。

僕の42年の人生、半分はこんな感じですかね。

拝啓、ハタチの僕へ

どうも。21年後の僕です。
揉め事が好きで、絡むのが面倒くさい青年よ、安心してくれ。
41歳の僕も相変わらず揉め事は好きだし、ハタチのきみから見て面倒くさい大人だと思うよ。

お金がない大学生のハタチのきみは、「お金がない状態でも、ゼロ以下にならない」というのを学びましたね。それ、いずれものすごく役に立つことになります。なぜなら、いくつもの裁判で損害賠償を請求されることになるから。でも、基本的に民事裁判では「金払え」以外の判決にはならないし、ないものは取られないと法律を調べてすでに知っているだろうから、何の驚きもないだろうけど。
それと裁判になると聞いて、「裁判所か。アメリカより近いし楽勝でしょ。しかも、2、3ヶ月に1回でいいんだろ?」と思ったよな。
それ、今の僕も同感だ。毎日同じ時間に同じ場所に顔を出さなきゃいけない、サラリーマンの方がよっぽど大変だと思う。

ハタチのきみはアメリカに留学していたけど、英語は話せないし初海外旅行だしっていう感じで行ったんだよな。そこから20数年後はフランスで暮らしているんだ。留学したときに、住んでいればある程度言葉が話せるようになるっていうことも分かったし、日本でテキスト開いて勉強するより住んじゃった方が早いなと思ってフランスに移住したんだ。まぁ、伝えたところで驚かないだろうけどね。

それと、中学のころ一年生が校門を通りかかると三年生が全員一発ずつ殴ることが当たり前の世界で暮らしていたこと、覚えているかい?
殴られても誰も文句言わないし、「殴られるというのが日常に起こり得る」というのを期せずして覚えてしまったけれど、「殴られてもこの程度か。大したことねぇな」と分かった。
その経験が“デメリットの確認”の原体験だ。このラインを超えるとこんな痛い思いをするといったボーダーを知ったり、痛みだって大したことないと知ったりすることは、これからも本当に大切だからな。例えば、バイクは角度をつければつけるほど曲がりやすいけれど、角度をつけすぎると転んでしまう。転ぶか転ばないかギリギリの角度は、一回実際に転んでみないとわからないことだと思う。こんな感じで仕事相手なら、「この人はここまで言うと揉める」というのを実際に揉めながら分かっていく、というのを積極的にやっていったほうがいいぞ。
特に仕事の話で言えば、自分がやっていることや仕事に対してきちんとプライドを持っている人が怒る。仕事に対してどうでもいいと思っていたら、怒る必要もないからね。そういう人と仮にケンカになったとして、意見の食い違いで自分の主張が負けてしまっても、それは悪いことではないと思う。なぜなら、相手の価値観や自分に足りない部分を知れるだけでなく、ケンカになった相手の方が後々仲良くなる率が高いんだ。だから、ハタチのきみに言っておく。

「揉め事も1つのコミュニケーション手段だ」

敬具
2018年4月
西村博之

裁判所の常連になり“顔パス”が有効に

2ちゃんねるを立ち上げてからというもの、誹謗中傷の書き込みや名誉棄損で損害賠償を求められ、訴訟は数えきれないほど経験してきました。はじめの3年ぐらいは、僕はすべての裁判に出ていたんです。1日に3件、トリプルヘッダーなんてのもありました。裁判って、その人が本当に被告人本人かを確かめる「人定」っていうのがあるんですけど、僕は裁判に出すぎて”顔パス“でしたね(笑)。

損害賠償をしたのは何件かあります。僕はネットなどで「踏み倒した賠償金は何億」と叩かれたりするんですが、それはちょっと違うなって思っているところもあるんです。もともと学生時代からずっとお金がなかったのですが、お金を持っていなければ“ゼロ以下”にならないってことを知ってたんですよね。例えば損害賠償で1億円払えって言われても、ないものは取られないということを法律で知っていました。そうすると、何があってもお金がないいつもの状態に戻るだけなので別に困らないなっていう。どう足掻いても僕が困ることはないなっていう気はしてましたね。判決に負けたら指1本ずつ切られるとかだったら困りますけど。

育った環境も大きいと思います。小学生のとき、友達の家が生活保護を受けていたんですね。遊びに行くと彼のお父さんが「こんちはー」って出てきてくれて。今思うと、どうして昼間にお父さんが家にいるんだろうって話なんですけど(笑)。事業を失敗しても何とかなるだろうと楽観視できるのは、子どものころに抱いた”何があっても生活保護を受けて団地で暮らせるんだ”というイメージが影響しているかもしれないです。三十数年前の話なので、今はそうもいかないかもしれませんけど。

空前のSNSブームでも、「若い人は、発信より情報収集を」

ネットコミュニティの重心がSNSに移っていることについては、そうだろうなと思います。コミュニケーションの場は結局、人が多く集まる場所にならざるを得ないというのは予想通りですね。ただ、日本はまだネットコミュニティへの偏見が強く、法律も厳しいので、勝ち残るのは海外の業者だけになってしまいますけど。
最近は、一般の人がフォロワー何万人っていう“インフルエンサー”になったりしていますが、僕は素人が自分のプライベートを披露してもいいことはあまりないと思っています。楽しんでやっているならいいんですけど、マネタイズを目的にするなら、とくにツイッターはどんなに時間を費やしてもあまりリターンがないですよね。自分に関心を向けてくれる人を上手に生かしてマネタイズする動きもありますけど、インフルエンサーになれる人の絶対数って限られていますから。
僕は、若い人は発信するよりも情報を得るほうが大切だと思います。ゲームでも映画でも何でもいいんですよ。情報を発信する側の僕が言うのもなんですが、発信するにしても、結局はプライベートを出すとか奇抜な炎上系を狙うとか、そういうパターンしかないので、先が見えてしまうんですよね。

西村博之さんから新成人を迎えた皆さんへ

みなさん、あらためてご成人おめでとうございます。

僕がハタチだったころは、将来はバラ色だと思っていました。家賃3万1500円のアパートに住んで、生活費込みで月に5万円もかからなかった。生活費が15万円かかる人に比べて必要な金額は3分の1なので、必死に働いている人の3分の1だけ働けば僕は満足を得ることができる。だから「がんばって働かなくちゃ」みたいな気持ちがなかったんです。

2ちゃんねるを作ったのは、暇だったし面白そうだったからです。僕が面白いと思うものを面白いと感じてくれる人は、世の中に一定の割合は必ずいると信じていたので、2ちゃんねるも面白いと思ってくれる人はいるはずって根拠もなく楽観してました。

ハタチの皆さんにお伝えするなら、「ソシャゲー」にお金を使うなということでしょうか(笑)。面白いゲームはたくさんあるのに、便利だからという理由で始める人がほとんどだと思います。課金して強くなって勝つ、それもいいんですけど、お金と時間を使ったわりには意外と何も残らない。もったいないって思うんです。だったら、映画や漫画、本や雑誌でも何か情報として得られるものに時間を費やしたほうがいいと、僕は思ってます。
ちなみに僕がハタチぐらいのときは映画ばかり観ていました。大学の視聴覚室だとタダなんです。学費のもとを取るぐらいの勢いで、年間に200本ぐらいは観てたんじゃないかな。面白い映画には誰もがお金を払いますよね。どこがどう面白いかを分析しながら観ていたことは、ゲームやwebサービスに置き換えるときに役立ったかもしれません。

それから、“殴られる”という経験はしておいたほうがいいですね。人を怒らせると殴られますが、殴られても大してして痛くないって言うのを知っていれば、怒らせても困らないって言うのがわかるんです(笑)。失敗したときのデメリットの確認っていうんですかね。ビジネスで失敗したとしても、そのデメリットをスゲー調べます。それでデメリットが大したことないとわかれば、選択肢も増えてきます。

現代は「総合監視社会」だから、若い方は大変だと思います。SNSで誰かとつながってしまっているから、高校デビューとか、大学デビューとか、社会人デビューとかができないじゃないですか。つながっている人に足を引っ張られそうだから、悪さできないっていうのが身にしみついちゃってるんだと思います。僕がハタチぐらいのときにTwitterとかYouTubeとかがあったら、すぐ炎上系のことを書き込んでしまっただろうと思うので(笑)。そう考えると、現代の若者はみんな生真面目に悪い事もせずに大人にならなくちゃいけないっていうのが大変そうだし、えらいなと思いますね。

投稿者名

西村 博之(にしむら ひろゆき)

1976年11月16日神奈川県生まれ。愛称ひろゆき。匿名ネット掲示板「2ちゃんねる」を開設し、のちに管理者権限を他者に譲渡。現在は実業家に転身し、東京プラス株式会社代表取締役、有限会社未来 検索ブラジル取締役、株式会社ニワンゴ取締役など複数の企業の経営に携わる。2015年より110年の歴史を持つハリウッドエンタメニュース「Variety」の日本語版サイト「Variety Japan」の共同編集長。パリ在住。
https://twitter.com/hiroyuki_ni http://hiro.asks.jp/