かぞくとわたし 第七話「忍びの夫婦」

2017/03/15 UPDATE

少しだけ遠出して、いつもとは別のスーパーに行くのはなんだか特別な感じがしますよね。今回はサカイエヒタさんが奥さんといっしょに少しだけ遠出して、スーパーへ「忍び込む」日の話をしてくれました。

夫婦で、知らない街のスーパーマーケットに忍び込むことがある。忍び込むといっても、閉店後に裏口から金庫目当てに忍び込むわけではなく、普通の客として買い物を楽しむだけではあるのだが。

知らない街のスーパーに忍び込むとはどういうことか。それはその街に住む人々の源流を覗くことである。

まず大前提として、スーパーが好きだ。個人商店や大型商業施設も嫌いではないが、スーパーの持つ「公共」と「プライベート」のバランス感が非常に好きだ。買い物客のほとんどは近隣住民であり、もはやスーパーという存在は、近隣住民の大型共有冷蔵庫に近い。スーパーから半径500mの人々が、メニューは違えど同じキャベツで夕飯を作るということを想像してみてほしい。「同じ釜の飯を食った仲」ならぬ「同じスーパーのキャベツを食った仲」だ。

各スーパーは、その街に最適化された食材や商品を並べている。富裕層の多いエリアの惣菜は手の込んだものが多い。チーズやハムの種類も豊富だ。ファミリー層が多く住むエリアでは、菓子コーナーや冷凍食品のコーナーが見事である。独身世帯の多い若い街では、惣菜は1人前、野菜も小分けにされている。みなさんも引っ越しを検討している際は、ぜひその街のスーパーと買い物客のカゴの中を覗いてみてほしい。

休日の夕方のスーパーでは、みな家族や明日の自分を想像しながら、「お父さんにはこれ、そうだ由美は明日お弁当が必要だった」「今週は頑張ったからリッチなビール飲んじゃお」と、極めて個人的な想いを胸に、軽いトランス状態でスーパーの中をうろうろと歩く。公共の場でありながら、全員が「勝手」なのだ。「愛ある勝手」。

そんな、愛ある勝手が渦巻く知らない街のスーパーで、その街に永く住んでいる夫婦を装いながら、奥さんと買い物カートを転がす。まるで敵陣の城に潜り込む忍者の気分である。「ここの漬物コーナーすごくセンスいいよ、和風ピクルスだって」「キムチだけでここまで揃えるなんて、店長正気じゃない」と、ぼそぼそと隣の奥さんに密告する。奥さんは奥さんで、「パンを大切にするスーパーは良いスーパー」と、パンコーナーの熱の入れように圧倒されていた。

しかしこの趣味にも、3つ悩ましい問題点がある。1つめは、気に入ったスーパーを見つけても遠方のためなかなかリピートできないこと。2つめは、アイスや冷凍食品は溶けてしまうため購入できないこと。そして3つめは、帰りの電車でネギが飛び出た袋を持たなければならないことである。

電車の中でネギが飛び出た袋を持つ滑稽な夫婦がいたら、彼らはきっと我々と同じく、忍びの夫婦なのかもしれない。

つづく

投稿者名

酒井栄太(サカイエヒタ)

株式会社ヒャクマンボルト代表。日々丁寧に寝坊しています。奥さんと娘、猫2匹と暮らしています。清潔感がほしい。
URL:1000000v.jp Twitter:@_ehita_