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アイスム スマイル文学賞

フュージョン


作者 : 小田博之


午後七時のニュースが始まった。小渕恵三官房長官が、マイクに向かって「新しい元号は、平成であります」と宣言してから、額に入った漢字を立てる。僕たち四人は、一瞬手を止めて、テレビの画面に見入った。
カメラがズームして、画面いっぱいに「平成」の文字が映し出される。
「ロン」と対面といめんに座った寺内が言った。
僕はばいをつもって盲牌もうばいしたが、つるりとした感触で反射的にはくと判断して、卓の上に捨てていた。寺内はちゅんを鳴いていて、中のみの手だとばかり思っていた。
寺内は、牌を倒しながら「大三元」だいさんげんと言い放った。倒された手牌を見ると、はつ暗刻あんこーで持っていて、白は対子といつになっている。
「小田の平成は、役満やくまんの振り込みから始まったな」
まるで他人事という朗らかな表情で左に座っていた水島さんが、表情を変え何か大切なことを宣告するかのように言葉を発した。
僕は天を仰いで、天井の薄汚れた蛍光灯を見た。
「飛んだだろう?」
嬉しそうに、水島さんがダメを押す。
僕は三万二千点が払えずに、吹っ飛んでハコテンになり、その半荘はんちゃんは終了した。直ぐに水島さんが、点数表を卓に乗せて、みんなの点数を書き込む。水島さんは、京大の物理出身で、聡明な顔立ちのうえ数字にめっぽう強い。
僕たちは、カンノン精機中央研究所の同僚で、部長の新田さん、室長の水島さん、ペーペーの寺内と僕の四人で、相模川のほとりにある寂れた雀荘じゃんそうで卓を囲んでいた。この場所は、JRの平塚駅と小田急線の本厚木駅の、ほぼ中央にあり、車でしか来ることができない。普段から、僕たち以外の客は、たまにしかいない。ただし、場代ばだいは時間あたり三百円と安く、メーカーのサラリーマンにとって、懐に優しい店だった。
古びた外装の雀荘の建物は、小さな自動車修理工場の直ぐ横の敷地に建っていて、経営者は修理工場の社長だった。だから、他の客がいる場合は、社長の仲間であることがほとんどだ。しょっちゅう社長も、客と一緒に卓を囲んでいるので、雀荘は趣味でやっているようなものに違いない。
新田さんと水島さんが、大の麻雀好きで、週末の夕方になると僕を呼び付けて、メンツを集めるように命令する。カンノン精機の中央研究所は、それほど暇な事業所ではないので、四人揃うのは、せいぜい月に二度程度だ。
今日も、何人にも断られて、ようやく寺内を口説き落として連れてきた。その寺内に、役満を振り込むなんて。高校時代から、十五年麻雀をやってきて、役満に当たったのは二回目だった。それも、よりによって、平成元年の初日にやってしまうとは。
寺内は北大の出身だった。僕より三歳年下で、背が高くハンサムで麻雀も強い。寺内は、ご機嫌になって、次から次へと良い手を上がっていく。僕が高い手でテンパると、軽い手で上がって流してしまう。
「今日は、完全に寺内のペースだな。おまえが大三元なんて振るからだぞ」
新田さんが、ドスの効いた声で僕を叱責する。新田さんは九大出身で、立派な九州男児だ。体格が良く押し出しも強い。ただし、麻雀はあまり上手くなく、多くの場合、最下位になる。でも、下手の横好きで、最初に麻雀をやろうと言い出すのは、たいてい新田さんだった。
平成最初の麻雀は、寺内が大きく勝ち越して、水島さんはトントン。新田さんが負けて、僕は最下位で大負けを食らった。僕は場代を含めて、二万七千円を払ったが、それでも財布の中に、一万円札が二枚は残った。
僕たちはメーカーのサラリーマンなので、そんなに高いレートで打ってはいない。僕が、これほどひどく負けたのは、ほぼ初めてだった。いつもは、新田さんのおかげで、トントンか少し勝ち越せる場合が多い。久し振りの大負けだ。
ただ、二万七千円は、それほど痛くはなかった。僕は、大学生の頃から株式投資を始めて、三十二歳のその頃にはキャリアが十年を超えていた。株式市場は、面白いように値上がりし、日経平均は三万円を超えそうな勢いだ。運用している金融資産は、約三千万円ほどあり、財布の中には常に五万円くらい入れている。
このことは、職場の誰にも言っていなかったが、二年の車検ごとに車を買い換えていたので、「株で大儲けしているんじゃないの?」というようなたぐいの言葉を掛けられるのは珍しいことではない。僕は、「車好きなので、残業代を全てつぎ込んでいるんですよ」などと答えて遣り過ごしていた。
職場は駅から遠かったので、ほとんどの社員が車通勤だった。会社に着いて駐車場を見渡すと、この数年の株価の上昇に伴って、新しい車にどんどん入れ替わっていく。それまでは、ほとんどいなかった、ベンツやBMWも珍しくない。
僕は、いくら株で儲かっても外車に乗ろうとは思わなかった。一つは、外車ユーザーの同僚が、故障自慢をしていたからだ。中には運転中に、突然ハンドルが効かなくなった話まであった。僕は、東名川崎インターから高速道路を使って通勤していた。東名で立ち往生している外車には、しょっちゅう出くわしている。もし、東名で走行中に致命的な故障が起きたら命に関わる。
もう一つの理由は、車を日産からトヨタに乗り換えたら、株が面白いように儲かりだしたからだ。トヨタ車を新しい別のトヨタ車に乗り換えたら、さらに金融資産が増えていく。 ここで、調子に乗って外車を買ったりしたら、つきが逃げるような気がしていた。
僕は軽くなった財布を鞄にしまって、一般道を少し走ってインターチェンジに向かい東名に乗った。時計は十一時半を指している。深夜の東名は空いていた。僕はアクセルを踏み込んで、川崎インターを目指して疾走していく。カーステレオから、長渕剛の「乾杯」が流れてきた。そうだ、今日は新元号の最初の日だ。こんなに目出度めでたい日は滅多にない。僕は、麻雀で大敗したことをすっかり忘れて、大型トラックを次々追い越しながら、「乾杯」の歌詞を口ずさんだ。

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三月二十三日に、ビッグニュースが飛び込んできた。百年経っても実現できるかどうか分からないと言われてきた核融合反応を、試験管の中で起こすことに成功したという報道が世界中を駆け巡った。名付けて常温核融合。
論文誌に投稿したばかりの未発表の原稿が、僕たちの手に入るのには、新聞報道から一週間しか掛からなかった。何回もコピーされ、ファクシミリを通った原稿には、象形文字のように歪んだアルファベットが並んでいた。そのすさまじい汚れ方が、かえって論文の価値を高く見せていた。初めて手にしたとき、歴史的事件に遭遇したような、そんな感動があった。
僕は、この話に飛びついた。僕たちの研究所でやるのに、ぴったりのテーマだと思ったからだ。このカンノン精機は映像機器が主体の中堅メーカーだが、研究テーマは現在の事業にとらわれる必要はまったくない。
厚木の山の中に作られたサイエンスパークにある中央研究所の雰囲気は、若い教官の居る大学の研究室とまるで同じだった。伝統とか権威とかいうものよりも、新しくて意外性のあるものに最も興味を示す。そんな好奇心旺盛なところが、僕は気に入っていたし、誇りにすら思っていた。しかも、大学よりも金は有る。しかし、組織を動かすにはきっかけが必要だ。まず、スポンサーを探さなくてはならない。
そこで、連日報道される常温核融合に関する新聞記事を全てコピーし、新田さんの部長席に置き続けることにした。さらに、顔を合わせる度に「いかに夢のあるテーマなのか」を力説した。いつも難しい顔をしている老練な部長が、この話になると身を乗り出してくるようになるのに、そんなに時間は掛からなかった。
そしてさらに二週間後、部長から所長への進言によってタスクフォースが結成された。タスクフォースとは機動部隊という意味の英語で、部の単位を越えてメンバーを集めた特別研究チームのことをそう呼んでいた。チーム名は「フュージョン」、なかなか洒落たネーミングだ。メンバーは、チーフに水島さんと僕を含めた若手四名が任命された。
僕が事務局兼情報収集担当で、他に理論検討、計測担当と反応実験担当が一人づつ記載されてあった。一応組織編成の都合上担当は決めてあったが、実際には、それぞれが全部の担当を兼任しているようなものだろう。そもそも、カンノン精機に核反応の専門家なんていやしないのだから。専門分野は皆ばらばらで、共通しているところは、四人とも好奇心旺盛で融通の利く性格だというところくらいだった。
「事情は知ってると思うけど、今日みんなに集まってもらったのは、小田君の大活躍で、このちっぽけな研究所で人類の未来を担う新エネルギーを開発することになった。常温核融合だ。試験管の中の太陽って奴だな」
チーム発足の会で、水島さんが口を開いた。大袈裟すぎて冗談が決まってないな、と思っていたら、水島さんに顔を覗き込まれてしまった。
「ミーティングは週に一回。実験と調査は本業の合間でやってもらって、水曜日の午前中にその結果を持ち寄って話し合いをする。あくまで本業優先で、仕事の時間配分は君たちに任せる。面白そうな結果が出たら、本業をやめてこっちに専念したって良いんだけど。深刻に考えないでもらいたい。所長も、本来の研究業務の負担にならない範囲で、楽しくやってもらいたいと言ってたからね」
「ここで、最近報道された情報をまとめて、箇条書きにしたものを作ってきたので、簡単に説明します」そう言いながら、僕は作ってきた資料を手渡した。
「三月下旬からこの二十日間ほどの間に、四大新聞で報道された情報を、日経テレコムで検索してまとめたものがこれです」
「ざっと見ると、読売と日経が随分積極的に取り上げてますね」と長谷川が応じた。
「そう、でも日経はやや否定的な記事が多いし、読売は肯定的な書き方をしているし、各社微妙に扱いが違うのが面白いでしょう? 内容を要約すると、イギリスのサウサンプトン大学のフライシュマンとユタ大学ポンズのグループとブリガムヤング大のジョーンズっていう別々の学者達が、重水の電気分解という同じ手法で核融合を確認したんだそうです。フライシュマンとポンズの方はガンマ線と大量の熱発生を観測していて、ジョーンズの方はごく僅かの中性子を検出したと言っている。そして、それぞれが自分たちの方が早く発見していたとか、相手の実験の仕方がおかしいとか主張して中傷合戦になってる」
「でもそんな特別な現象を、まったく別の人間がほぼ同時に発見するのはちょっと変だな」と長谷川は呟くように言った。
「それが、両方のグループは二年ほど前から交流があったそうなんです。それが、どちらかが抜け駆けして先に論文発表をしそうになったから、あわてて記者会見して自分の方が先に発見してたとかいう話になってしまったらしいんですよね」
「もし本当だったら、ノーベル賞は確実な大発明だからな、焦る気持ちも当然だな。そういうゴシップ的な話は面白いけどきりがないから、早く技術的な方へ話を進めてくれる?」
水島さんは時間を気にしていた。この後にもすぐに次の打ち合わせが待っているらしい。
僕は原稿に目を落とし、文章を見ながら一気に話し始めた。
「すいません。原理は単純で、パラジウムやチタンなどの金属結晶格子の隙間で重水素原子を融合させるんです。簡単にたとえて言えば、同じ大きさのビー玉を整列させて箱詰めしたら、小さな規則正しい隙間が出来ますよね。そこに重水素を無理に押し込んでやろうとすると、通常は一ヶ所の隙間に重水素一個しか入れないのが、二~三個と詰め込めるんだそうです。その接近した重水素の原子核が融合して、アインシュタインの原理に従って、質量が失われると同時にエネルギーが放出される訳です。その重水素を押し込んでやる力に電気分解を用いたというのが今回の発明のポイントなんです。反応式はそこに載っている通りです。原子核同士には本来反発力が働いていて、自然に融合することはほとんどないんです。だけど、外から大きな力を加えてやって接近させてやると、ある距離以上に接近すると反発力が引力に変化して急に融合が進むんです。この宇宙にあるエネルギーのほとんどが、この核融合エネルギーだと言われています。太陽はもちろんそうですし、一部では地球内部のマントルのエネルギーもそうだと言われています」

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僕はまくし立てた後、ふっと息を継いだ。一番歳下の朝稻は東大の天文学科出身で一番詳しいはずだが、口を出すこともなく、ニコニコしながら人の話を聞いている。
「でも、核融合の専門家の間には、今回の発表は眉唾ものだという意見も随分有るのでしょう」と抑え目のトーンで、染谷が口を挟んだ。
「そこなんですけど、従来の核融合の研究では、その外力を高温高圧下で加えようとしていて、何千億円も掛けた実験装置を各国が争って建設してるんです。つまり、太陽と同じ環境を作り出すための装置に金を掛けていた訳です。そのような条件下でないと核融合は起こらないというのが今までの学説だったんです。そこへ今度のように、金属の結晶内に重水の電気分解で重水素を閉じこめれば、簡単に試験管の中で核融合が起こるとあっては、従来の学説で研究してきた権威の先生方達は立場がないわけです。とにかく反対してみようという気になっても当然です」
「感覚的には、とても良く理解できました」と長谷川は言った。他のみんなもほぼ同じような印象だったんだろうと感じた。暫くは、細かい部分に及ぶ質問が続出して、僕の方が当惑してしまうぐらい議論は盛り上がった。
「長谷川、おまえ結晶格子の専門家だよな。来週までに資料用意して、金属結晶に取り込まれた重水素の状態について次回の打ち合わせでレクチャーしてくれ。それから、小田は、実験に必要な道具一式を発注してくれ、金のことは、新田さんに相談してからな。他のみんなも、協力してやってくれ」
「はい、分かりました」と僕は元気よく返事をした。朝稻は、笑顔で首を縦に振った。
「はーい」とめんどう臭そうに長谷川は応じた。
「じゃ、来週も水曜の午前中に」と水島さんは、みんなに発破はっぱを掛ける。
「おまえは、見かけもそうだけど、フットワークも本当に軽いな」と水島さんは僕に向かって呟いた。水島さんだけは、本心から、このテーマが迷惑そうだ。いくつものテーマのチーフやアドバイザーを兼務していて、手帳の日程表には隙間がなかった。
「兼任が三つから四つに増えたからって、大勢に影響はないでしょう?」
僕は、半分慰めるつもりでそう言った。
「いいんだけどね。でもさ、なんかおまえに使われているみたいで、それが今一つ気分が乗ってこない原因だと思うよ」と言って、水島さんは苦笑いした。それは、他のメンバーの笑いを誘った。

喧喧諤諤けんけんがくがくと議論をしている間に一ヶ月が経った。発注していた、中性子カウンター、重水、棒状のパラジウムが二本、平板の白金が二枚、中性子防御用ゴムシートが揃った。
染谷は、北大の理学部化学科を出ていたので、電気分解の装置は、彼が組み立てることになった。放射線が出るかも知れないので、場所は研究所の片隅に追いやられた。窓からは丹沢の山並みが目の前に見える。まあ、眺めがいいし良しとするか。僕、染谷と朝稻の三人でアングルを組み、周囲を中性子防御用ゴムシートで覆った。
研究所では、ナノ粒子の研究を行っている研究室があって、その担当は、寺内だった。ナノ粒子堆積装置には、シリコンとパラジウムのターゲットが付いていた。それぞれ堆積条件は出ていたが、一方向からしか粒子は付かない。丸棒のパラジウムをぐるりとコートするためには、何度も試料を取り出して、向きを変えて作業を繰り返す必要がある。
「小田さん、本当にこんなことして、意味あるんですか?」と寺内は迷惑そうな顔をした。
「この間、麻雀で、たくさん貢いでやったじゃない」と僕が言うと、苦笑いをしながら、寺内はパラジウム棒を受け取ってくれた。
僕は、中性子カウンターのデータを記録する係になった。計り始めてから知ったのだが、コンクリートの建物には、放射性物質が含まれていて、実験を始める前に、バックグラウンドを見てみたら、一時間に、二~三回カウントする。
こうして、二本のパラジウムの内、一本はそのまま、もう一本には、ナノ粒子のパラジウムをコーティングしたもので、電気分解実験が開始された。
一日、二日電気分解は進んでいく。重水が減った分は、染谷が補充する。一週間経っても、何の変化も起きない。中性子カウンターの値も、一時間あたり二~三回程度のままだった。装置周辺に置いた温度計も変化しない。
二週目になり、みんなも一種の悟りの境地のような気分になっていた。
「今日の、昼休み明けに、電気分解を止めてパラジウム棒を取り出すぞ」
例会の席で水島さんが宣言した。反対する者など、誰もいない。
僕は、ミーティングが終わったらすぐに守衛所に行き、落ち葉を拾う時に使うトングを借りてきた。パラジウムはたっぷりと電気分解された重水素を吸っている。空気中に出したら、酸素と反応して発熱するかも知れないし、爆発するかも知れない。

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「さあ、全員揃ったな。じゃあ、パラジウム棒を取り出すか。幸いに、トングもあるみたいだし、小田、摘まみ出して横にあるステンレスのバットに置いてくれ」
水島さんは、当然のことのように命令した。
「ちょっと待って下さい。もし、発熱して、大量の中性子が出たらどうするんです。僕は、結婚したばかりで子供がいません。生殖機能が失われたら、小田家は断絶してしまいます。できれば、既に子供のいる人に替わってもらえませんか」
僕は完全に腰が引けていた。みんなの視線は、男の子が一人いる長谷川に注がれた。
「冗談じゃないですよ。うちは、もう一人は子供が欲しいし、ここにいるメンバーは、全員結婚しているけれど、まだ、二十代後半から三十代前半です。水島さんは、お子さんが三人もいるじゃないですか。やるんなら、水島さんが適任だと思います」と長谷川は猛烈な勢いで反発した。
「俺は、チーフだぞ。なんで、チーフがそんな危険なことをやらなきゃいけないんだ」
「危険だと思っているなら、なおさら水島さんがやるべきです」と染谷が冷静な言葉で水島さんをなだめる。
しばらく、言葉のやり取りがあったが、けっきょく、水島さんがパラジウム棒をトングで取り出すことになった。僕が生殖機能のことを話題にしたからか、みな、爆発で顔を怪我するなどとは思わずに、下半身にばかり関心が向かっていた。
「水島さん。中性子防御用ゴムシートを腰に巻いたらどうですか?」と朝稻が提案する。
「そりゃ良い考えだな」水島さんの表情は急に明るくなった。
染谷がてきぱきと、アングルから黒いゴムシートをはがし始めた。僕は、オフィスに戻ってガムテープを持って来た。
腰に巻いてみると、へそ上から膝下くらいまでをカバーすることができた。他のメンバーが抑えている間に、朝稻が一番上の部分を、ガムテープで何重にも巻く。できあがってみると、出来損ないの魚河岸のあんちゃんの様だった。みんな、それを見て頬が緩んだ。
「じゃあ、取り出しましょう」けしかけるように長谷川が言う。
水島さんは、顔が強張ったまま、まず、何も細工をしていないパラジウム棒を重水から引き上げた。何も起こらない。中性子カウンターも、何の反応も示さなかった。
「なんだ。脅かしやがって」気が抜けたように、水島さんが呟く。
「もう一本は、周囲にナノ粒子が付いて表面積が増えていますから、酸化して、今度は酸素と反応するかも知れませんよ」と染谷が警告する。再び、水島さんの顔が強張ってきた。
ナノ粒子付きのパラジウム棒を、水島さんが摘まみ上げた。間もなく、棒全体が赤くなり始める。次第に暗い赤からオレンジに変わり、五分くらいの間に中央部が白っぽく光りだした。僕はペンレコーダーに記録された中性子カウンターの値を見た。同時に二個の中性子を捕捉していた。こんなことは、初めてだ。
「うわっ、中性子が出てる」と思わず僕は声を出していた。とたんに、みんな一歩後ろに下がり、両手で股間を押さえた。
「熱くて持っていられん」水島さんが弱音を吐く。
「今、その温度で、ステンレスのバットに置いたら、バットに穴が空いて床が溶けるかも知れません。もう少し頑張って下さい。限界が来たら、バットに放り込んで、みんなで逃げましょう」染谷が、顔が熱で紅潮している水島さんを励ます。
やがて、パラジウム棒が白色から赤い色に戻ってきて、ようやく水島さんは水平に延ばし続けた右腕を下げた。そして、色が黒っぽくなったところでバットの中に、試料を横たえた。
「馬鹿野郎。俺にこんなことさせやがって」と言いながら、水島さんの表情は好奇心でいっぱいになっている。近寄って来て、みんなと一緒に中性子カウンターの記録用紙を覗き込んだ。
「なんだ。小田さん、たったの二個じゃないですか」と呆れた顔で長谷川が言う。
「でも、バックグラウンドは、一時間に二~三個だ。いっぺんに、二個検出したのは初めてなんだよ。これは、絶対にノイズなんかじゃない」と僕は断言した。
「確かに、異常値だな。でも、中性子が二個なら体には問題はないだろう。とにかく、実験したかいがあったじゃないか」水島さんは前向きだ。

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その後、赤く光った方のサンプルを分析グループに回して解析してもらったが、重水素とヘリウムは質量数の差が小さいため分離して観測することが難しく、核融合の証拠は得られなかった。分析結果が分かった時、一番がっかりしていたのは水島さんだった。
カンノン精機は、特許に重点を置いている。実験結果を受けて、水島さん主導で特許アイデア出しが行われた。実験結果を部長や所長に報告したが、あまり良い反応は得られなかったらしい。この時、ナノ粒子は、あくまでパラジウムに吸収された重水素の酸化を助けただけで、発熱や中性子の増加は、熱によって重水素が常温核融合したとは解釈されなかった。「特許だけは出しておけ」と水島さんは厳命された。
みんな空想たくましく、奇想天外なアイデアを提示してくる。あれ程、テーマのチーフを担当するのを嫌がっていた水島さんが、最もまともな構想だった。長谷川のものも、かなり良い線の発想だった。二人共に、パラジウムの粒子に関わるような内容だ。
それぞれ、一人一件の特許のノルマを課せられ、一ヶ月以内に原稿を特許法務担当者に提出した。そして、次の実験に取りかかるはずだった頃には、世間の風当たりが厳しくなり、常温核融合は似非科学のレッテルが貼られつつあった。東大総長で物理学者の有馬朗人が「常温核融合が本当なら俺は坊主になる」と発言し、大々的に報道されている。
所長は取締役だ。以前は、取締役会の場で中央研究所では、常温核融合の追試をやっていると堂々と報告していたが、それが裏目に出た。中研内だけで密かに実験していれば、もう少しテーマを続けられたかも知れない。世間でデマだと騒がれているテーマに、公式に関わり続けている訳にはいかなかったらしい。新田部長に、メンバー全員が呼ばれて、テーマの終了が宣告された。

常温核融合ブームが去ったのと時を同じくして、バブルが弾けて株価と地価が急降下していく。調子に乗って信用取引までやっていた、僕の資産もあっという間に半分になり、さらに半年後には十分の一以下になってしまった。
世の中が急速に不景気になり、会社は研究開発費を真っ先に絞る。
でも、悪い話ばかりじゃない。常温核融合の騒ぎの一年後、以前から不妊治療を続けていた嫁さんが妊娠した。日本で最も権威のある、港区の龍の門病院に通い始めてやっと辿り着いた喜ばしいゴールだ。金では、幸せは買えやしない。
病院での検査の結果、夫婦共に異常はないと言われていた。しかし、僕は、あの時浴びたごく僅かの中性子が、生殖能力に影響しているのではないかと、ずっと疑っていた。しかし、鉄筋コンクリートの建物は、常に中性子を放出している事実は、自分がよく知っていた。あれっぽっちの中性子で人体に影響があるなら、マンションに住んでいる人間は、みんな不妊になってしまう。でも、たまたま、あの時の中性子が生殖細胞を直撃していたらと考えると、不安に駆られる。
以前は、仕事が忙しく残業続きで、十時より前に家に帰れることは滅多になかった。自然と夫婦生活は淡泊になっていた。病院に提出する嫁さんの基礎体温表の下に性交渉を行った日に○を付ける欄があったのだが、月に三~四回くらいしか印が付いていなかった。
「こんなのじゃ、恥ずかしくて出せない。先生にも怒られちゃう」と嫁さんが訴えた。
僕は、基礎体温表を受け取って、やってもない日にいくつも○を付け嫁さんに返していた。それが、残業制限が掛けられ、早く帰宅するようになり、病院に提出する時に○を増やさなくても良いくらいまでに性生活は回復していた。
産まれたのは、目がクリクリした、美形の娘だった。小田家にとっても、嫁さんの実家にとっても初孫だ。娘は、みんなにべたっ可愛がりされる。赤ん坊は、あっという間に成長し、立って歩き、言葉を喋るようになる。僕にとって、娘の存在が愛おしくてしょうがなかった。もう一人、子供が欲しいと直ぐに思い始めた。
「一人できれば、次からは妊娠しやすくなりますからね」と病院で嫁さんは告げられた。それを聞いて、僕は安心していた。しかし、夜の営みは、以前より増していたのに二人目が、自然にできることはなかった。
僕は、また、常温核融合の発した中性子を疑いだした。嫁さんは、もう一度、龍の門病院に通い始めて、今度は間もなく妊娠した。そして、一人目の娘より三歳下に息子ができた。こっちは、ファニーフェイスでひょうきん者。喋り始めるのは遅かったが、独特の言葉遣いをして、いつも周囲を笑いの渦に巻き込む。
子供が二人できてからは、家族中心の生活がしばらく続いた。お金がほとんどなくなっても、幸福感は確実に増加していた。様々な出来事はあったが、幸せな日々だった。僕たちがいた中央研究所は、とっくに潰され、今は更地になっている。僕は常温核融合の夢が忘れられず、世間の情勢をネットでウォッチし続けていた。有給休暇を取り、自腹を切って学会にも顔を出したりしていた。
娘は、平成三十年に二十七歳で嫁ぎ、下の息子は平成三十一年の春、大学院を卒業し社会人になる。
大学の入学式や卒業式、大学院の入学式も行かなかったが、三月二十五日に行われる息子の大学院の卒業式には出席しようと考えていた。
息子の卒業に合わせるように、僕もカンノン精機を卒業(退職)し、常温核融合を手がけているベンチャー企業に転職するつもりだった。今日、職場で退職の挨拶をする。
「三十数年間、皆さんには大変お世話になりました。今後も、ベンチャー企業に移って社会に貢献するような技術開発をやっていこうと思っています。……」
話していても、目の前に並んでいる人間の顔は霞んでいる。僕の目には、あの時、中央研究所の窓から見た、丹沢の光景が映っていた。

※この物語はフィクションです。

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