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5通目:「絶望していた20歳の私へ」西原 理恵子さん ~拝啓、ハタチのわたしへ~

2018/03/23 UPDATE

昨年、16年に渡って連載された代表作『毎日かあさん』を「卒母(そつはは)」宣言と共に終了した、漫画家・西原理恵子さん。
『毎日かあさん』の連載終了と同時期に刊行した『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』は、16歳になる娘さんへ向けた手記の形をとりながら、全ての女性にとって大切な「人生のトリセツ」、生き方の指南書として話題を呼び、26万部を超えるベストセラーとなりました。
今年でデビュー30周年を迎え、ますますの活躍を見せる西原さん。
時に世界中を飛び回り、様々な局面へ体当たりで挑みながら、生きざまそのものを作品にしてきた彼女は、20歳のころの自分へ向けてどのような言葉を贈るのでしょうか。

■拝啓、ハタチの私へ

りえこさん。
あなたは今、きっと毎日が不安で、怯えていますね。
1年の浪人を経て、なんとか武蔵野美術大学へ入学したものの、まわりの学生はすごく才能のある人たちばかりで、打ちのめされているころ。

お金がなくて、未来のことより、明日のガス代を払うのに必死なのに、みじめで自信がなくて、1人でいるのが寂しいから、狭いアパートで鼻くそみたいな無職の男と同棲して、病気の猫まで拾って、毎日深夜までバイトしているころ。
私、なんでこんな男にしがみついちゃうのかなぁ?って、不思議に思っているころ。

それはね、自分が0点だからです。
自分が50点や60点くらいにならないと、いつまでも同じ0点の人の優しさに頼ってしまいます。

でも、それだけ書いても余計に落ち込むだけでしょうから、すごくびっくりしそうなことを、ちょっとだけ教えてあげます。

私は53歳になりました。仕事に恵まれ、子供たちは大きく育って、大好きな彼氏だっているし、毎日が本当に幸せです。
理恵子ちゃんは、小中学校でも高校でも、本当に勉強ができず怒られてばかりで、自分に自信がなくて、隅っこにいるような子でしたね。
「私が主人公になるようなことは一生ない」って思っていたけど、最後はとっても素敵な王子様ができるからね。
しかも、シンデレラの靴なんかいらないんだよ。
向こうからこっちに走ってくるんだから。

だから、20歳の間はせいぜいのたうちまわってください。
これから大体10年くらいは嫌なことばっかりだけど。
でも、それはほとんど自分のせいなの。わかるでしょう?
自信がなくて、プライドが低いから、0点の男と付き合っちゃうけど、そのぶん周りと違うやり方で、失敗をネタにして仕事を続ければ、素晴らしい人たちに認めてもらえます。

私がおばさんになって幸せになれたのは、若い頃にいろんな経験をして、いろんなことに図太くなれたからだと思います。
何度も同じ過ちを繰り返してしまうけど、どんどん受け身が上手くなって、どんなこともすぐに笑って忘れて、諦められるようになります。

お母さん目線の私から、もう少し助言するなら、ね、同じ男で5年苦労するんじゃなくて、2年にしない?
そうしたら、次の男は1年で「あ、ダメ」って、別れる判断がつくからね。
そしたらその次の男は半年で別れられるから。
新しい靴が見つかるまで古い靴を履き続ける悪い癖を、もうちょっと早く見切ってほしいな、理恵子ちゃんには。

それじゃあ、がんばって!

敬具
2018年3月
西原理恵子

■憧れの美大を目指し上京

私は19歳の頃に高知県から東京へ出てきて、20歳で武蔵野美術大学に入学しました。ずっと絵が好きで、なんとなく絵描きになりたいなぁ、関西の入れそうな美大へ行こうかなぁと考えている程度でしたが、高校3年生で学校を退学になり、「ちゃんと勉強して、一流の美大に行きたい」と方向転換したんです。
当時の美大は競争率が高くて、専門の予備校で徹底的に勉強する必要がありました。インターネットがない時代でしたから、上京して予備校に入って初めて東京のレベルを目の当たりにしたときは、足がすくみました。

『はれた日は学校をやすんで』(双葉社)p187より『はれた日は学校をやすんで』(双葉社)p187より

■東京で絶望していた1年間

19歳から20歳までらへんかな、自分が一番みじめだったのは。みっともなくて、底辺で、明日のお金のことも心配で、夢に全然関係ないミニスカパブでバイトして、汚いアパートに無職の男がいて、猫は病気で。東京で1年間絶望してました。
予備校でデッサンを練習しても、私はずっと最下位でした。美術って最初は、描いた本人も何点なのか見当がつかないんです。それが本格的な勉強をしたら、なぜ私が最下位なのか理解できるようになりました。理解すると、もっと深い絶望がやってくる。

女の子のキレイさにもびっくりしましたね。バイトに行こうと都心の銀座線とか丸ノ内線に乗れば、歳も近そうなのに、映画から出てきたような綺麗な服を着て、垢抜けた子や知的な女性たちがいて。自分はボロボロの服を着てねえ、のり弁ひとつを1日3食に分けて食べてたのに。「どうやればああなるんだろう?」ってまた絶望して。

『上京ものがたり』(小学館)第6話より『上京ものがたり』(小学館)第6話より


なんとか大学には受かったけど、最初の共通デッサン会で、課題を仕上げて顔を上げた瞬間、一目で「やべ、ダメだ」って分かったんです。ぜんぜんレベルが違う。勝負できないとこに来たって。しかも、上には院生もいるし、更にレベルの高い大学もありますからね。
世の中には明らかに私より才能のある人たちがひしめいてる。この学校で、東京で、イラストレーターとかデザイナーとか、まして芸術家にはなれないなっていうのが、大学に入って最初に感じたことでした。

『できるかなクアトロ』(扶桑社)p160より『できるかなクアトロ』(扶桑社)p160より

■プライドを捨て、仕事に打ち込み、貧乏を抜け出した

でも、自分の立ち位置が分かると、冷静にこれからどうするかを考え始めたんです。
下手くそでも私は絵で仕事がしたかった。じゃあ、周囲の人たち、芸術家が行かない場所に行こうと考えたんです。そこで、エロ本。エロ雑誌は急に漫画家が消えたりして、ページが余りがちなの。そこへ売り込んだら、カット描きの仕事がもらえた。それをずっと続けたんです。

そのうち、ちょっとしたお話を描いたら、「面白いねえ」って褒められて。今まで何かで褒められたことなんてなくて、びっくりしました。
初めて「連載する?」って言われた帰りは、嬉しくて嬉しくて、電車に乗ってる間ずっとニコニコ笑ってたのを覚えてます。絵を描いてお金をもらうのが目標でしたから、冴えなくて文無しで、田舎から出てきた才能のない女の子じゃなくて、東京で名前の知れたエロ本の連載を持ってる、ちょっと変わった女の子になれた瞬間。その時の喜びや嬉しさってやっぱり、格別でしたね。

『上京ものがたり』(小学館)第35話より『上京ものがたり』(小学館)第35話より

■どんなことでも笑いに変える

エロ本の仕事を続けるうちに、青年誌の編集者から声がかかって、それからは漫画人生です。仕事に関してはずっと恵まれてきました。素晴らしい方々に可愛がってもらったし、守ってもらいました。私は貧乏を知ってるから、原稿料で泣いたりもしない。人任せにもしないし、嘘ついたりごまかしたり、裏道通るのもわりと平気。
だらしなくって、後先をよく考えないのが私の悪いところだけど、欠点が漫画のネタも生みましたね。プライドがないからエロ本へ売り込みにいけたし、プライドがないから0点の男と付き合っちゃうし、まあ、相殺かな。
高知県や西日本の気質なのか、めちゃくちゃな私生活とか、子どもの頃の田舎の不幸話も、何でも面白い方へ転換してネタにしてきました。美味しいお茶淹れるのと一緒で、どんなことでも面白い話にして皆さんにお伝えしないとって思うんですね。

20歳でいったん絶望して、さっさと芸術志向のプライドを捨てられたのが私の才能だと思います。貧乏から抜け出した自分のことは、褒めてあげたい。
若い時に楽しくて、今つまんなくて、残りの人生ずっと文句言って死んでいくことを考えたら、若い頃に苦労していろんな耐性がついてよかったと思います。

私は昔より今が全然良い。もう転んでも上手に受け身が取れる。仕事でもお金でも人生のことでも、大概の困りごとには対応できます。小さいことで腹立たないし、悩まない。4時くらいからシャンパンとか飲めちゃうし。残りの人生はずっと笑って過ごせます。

■西原理恵子さんから、新成人を迎えた皆さんへ

20歳の頃の私みたいに、どうしようどうしようって怯えてる子、いるかなあ。みんな自信がないかなあ。でもね、自分が思うほど誰もあなたのことを見てないから。あんなこと言っちゃったとか、どんなふうに思われるだろうとか。まだそういうことを考えてる頃だと思うけど、そんなに誰にも見られてないからね。

だからもうちょっと、楽チンになってほしい。どうせ後何年か、何十年かしたら、どんなことも笑えるようになる。

じゃあ、どうすれば笑えるかは、自分なりの方法で体得しなきゃいけないから、「これがいい」って押し付けられないけど。でもね、ごめんなさいとありがとうはタダだから、たくさん言っとこう。


あと、ミュージシャンになるとか、でっかい夢だけじゃなくて、自分ができるお金に変えられる仕事を見つけよう。若いうちから、ちょっとずつ何年もかけて、好きなことや好きな人で周りを固めていくのがいい。働き者ならそれでいいってわけにもいかないしね。高給取りで福利厚生すっごい良くても、ハードワークで親の葬式にも出られないとか、自分まで早く死んじゃうとかさ。嫌な仕事をして、我慢して満員電車に揺られて、嫌いで周りを固めると、やっぱり心の病気になるよ。人間って弱いんだよ。

でも、好きなことならちょっと大変なときも頑張れたりするから。出来るだけ、楽しいや好きを見つけて、つらくない仕事をやってほしいです。

私は朝8時の満員電車に乗らないだけで、寿命が10年以上延びると思うんだ。今は就職だって選択肢も多いし、スーツ着て出勤しなくていい仕事もたくさんあるでしょ。そういう自分の感触で、大きな希望のほかに、自分の落とし所をみつけること。

やりたいことがなかったら、素敵な先輩や上司についていくのもアリだと思うよ。その人がどうしてそんなに素敵になったか、ちょっと話せば分かるよね。

社会に出て一歩ずつ、手探りで、自分の感触で、出来ることを判断していこう。



『毎日かあさん14 卒母(そつはは)編』

2児の子育てや家庭内の出来事を題材にしたギャグ漫画シリーズ最終巻。連載は16年に渡り、単行本売上は累計240万部に及ぶ。離婚や元夫の死去など、悲喜こもごもを明るく描き、最終巻の「卒母」宣言が多くの反響を呼んだ。定価907円+税(毎日新聞出版)


『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』

女たちが世代を超えてつなぐ希望を「エクソダス」という言葉に込めて、母から独り立ちしてゆく娘へ向けた厳しくもハートフルな生き方指南。女性のための新バイブルとして各世代の支持を受け、26万部のベストセラーに。定価1,100円+税(KADOKAWA)


『西原理恵子 ヤリ逃げ人生』

デビュー30周年を記念したムック本。描きおろしマンガ「やり逃げ人生」を巻頭に、ロングインタビューや対談、貴重な資料のほか、伊藤理佐、吉田戦車、羽海野チカ、角田光代ら豪華メンバーを迎えた寄稿を満載。定価1,300円+税(河出書房新社)

投稿者名

西原 理恵子(さいばら りえこ)

1964年高知県生まれ。マンガ家。二児の母。武蔵野美術大学卒。1988年、週刊ヤングサンデー『ちくろ幼稚園』でデビュー。1997年に『ぼくんち』で文藝春秋漫画賞。2004年に「毎日かあさん(カニ母編)」で第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。2005年には『上京ものがたり』、『毎日かあさん』で手塚治虫文化賞短編賞を受賞。2011年に「毎日かあさん」で第40回日本漫画家協会賞参議院議長賞を受賞。著書に『この世でいちばん大事な「カネ」の話』『パーマネント野ばら』『スナックさいばら』『ダーリンは70歳』など。

西原理恵子 公式サイト:http://toriatama.net/ Twitter:https://twitter.com/riezo0608

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