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サブカルバンドマン・ショウタの○○を笑うな!! 第1回「普通を笑うな!」

2018/04/10 UPDATE

独特の文章力とこじらせ抜いた自意識で異彩を放つサブカルバンドマン・ショウタさんのコラムが開始!

世間一般のありきたりな風潮に「そうじゃねえだろ」と石を投げつける「○○を笑うな!!」シリーズ、第1回は“普通”をテーマにお送りします。

皆さん、普通であることをカッコ悪いと思っていませんか?とにかく個性的でありたいと思っていませんか?そんなあなたの凝り固まった頭に心地良い一撃を与えてくれるかもしれません。

皆様、初めまして、ショウタと申します

昭和62年生まれ30歳。普段はサラリーマンとして労働に勤しみ、時々バンドマンとして都内でライブ活動を行っています。

バンドマンと言っても一般的に想像される、お客さんにキャーキャー言われる華やかなものとは全く違い、暗くてじめじめした歌をデカい音で長時間演奏するタイプのものなので、基本的には低空飛行のままひっそりと活動を続けている具合です。

そんな僕からまず言わせてもらいたいこと。それは「普通を笑うな!」ということです。これは声を大にして言いたい。そもそもみんな“普通”ということがどれだけ価値のあることなのか分かっているのか。
突拍子もない奇行に走っては「よしよし、個性的だぞ」と悦に入り、明け方の駅に向かうスーツ姿のサラリーマン達を眺めながら「よくあんな“普通”の人生に耐えられるなあ」とうそぶき、嘲笑する。そんな自称“個性派”の人々に言いたい。
“普通”であることのありがたみ、理解していますか?

普通じゃなかった僕が普通のありがたみに気付くまで

僕はバンドマンらしく、27歳まで無職とアルバイトを繰り返していました。労働能力が著しく欠落していたことによりバイト先の店長からひどく嫌われていたので、親の仇のごとくシフトを削られ、最高月収が8万円という殺人的な低収入生活を長らく過ごしていました。
自転車に乗って一駅離れたスーパーまで10kg1980円の米を買いに行ったり、水道水をがぶ飲みして空腹を満たしたり、あとは極力寝るようにしていました。寝てれば空腹に気づきませんから。

この頃よく「段ボールって食べられないかな」ということを考えていました。

ちなみに、社会人でもなければ学生でもなく、フリーターですらなかった、文字通りの「無職」の時期も2年ほどありました。その時は近所の国道をひたすら歩いていました。
「人間は無職になるとよく歩く」と気づいたのはその頃です。家にいても気が狂いそうになるだけで、外に出ても何かするお金なんてありませんから。出来ることは“歩く”くらいしかないんです。

この頃は人生が破綻寸前でした。食生活は乱れ、精神は錯乱し、「もはやこれまでか……」といった状況になっていました。
しかし奇跡的なタイミングが重なり、すんでのところで今の職場に潜り込むことができました。僕は社会人とバンドマンという二足のわらじを履き、破滅を免れたのでした。
僕にとっての“普通”とは、様々な偶然と運、周囲の人々の力添えによって、ようやくたどり着くことのできた境地なのです。

決まった時間に決まった職場へ行き、決まった日に給料が振り込まれる普通の日々。普通最高。
26歳の頃つけていた日記を読み返すと「今月の給料が6万」「これでどうやって暮せばいいのか」「もうおしまいだ」という悲鳴みたいなことが書いてありましたが、それを見る度に「抜け出せてよかった!」と心から思います。

奇抜な発想も名作も、安定がなければ産み出せない

しかしバンドマンというか、いわゆる“ものづくり界隈”みたいな世界では、未だに「普通の人生なんてのは全くダメ」という思想が根強く残っています。曰く、「困窮してこそ良いものが作り出せる」「先人達も精神状態が悪い時に名作を産み出した」「多くのお金よりも自由な時間が大事」などなど。

でもそれって本当なのでしょうか?

はっきり言って僕はそれ、ウソだと思っています。
なぜなら、本当の困窮生活は創作どころではないからです。

もっとも、僕も20代前半くらいの頃までは、そういった言説を支持していました。
しかし、実際の低収入生活の中、創作に携わるのはとても難儀なことでした。
まず、バンドの活動費を捻出するのが大変なのです。余計なことをするとお金がなくなる、という理由で、行動範囲はほぼ家とバイト先と練習スタジオのみ。いくら自由な時間が山のようにあっても、その自由を堪能するためにはお金が必要だということに、当時はまるで考えが及ばなかったのです。

また、貧困を理由に余計なことをしないでいると、精神状態がどんどん悪くなってきます。「病んでいる時にこそ名作が誕生するよ理論」で言えば、僕はこの時期に名曲を作りまくっているはずです。
しかし、そのようなことは一切ありませんでした。
もちろん、僕の音楽的才能が乏しかったことにも原因があるのですが、最大の理由としては、貧困による精神の錯乱により、編集作業ができなくなってくるのです。アイデアは出るには出るものの、それを形にして、人に届けるための加工ができなくなるのです。

そうこうしている内についにアイデアさえも出なくなり、半ばノイローゼのような形で楽器が弾けなくなってしまいました。

大体、インプットがあるからアウトプットできるわけです。しかし家とバイト先とスタジオのみを行ったり来たりしているだけでは、新しい情報が何も入ってこないのです。
頭に浮かぶものと言えば「段ボールって食べられないかな」ですから。

そこで僕は初めて、奇抜な発想も素晴らしい名作も、安定した人生や精神がなければ産み出すことができないということを知ったわけです。

仮性貧乏・ウソ貧乏どもに騙されるな

27歳で今の職に就いて“普通”を手に入れてから、情緒不安定になることは激減しました。それに伴いバンド活動も好転し、ようやく人生がまともに動き出しました。

そのような経緯があるために、安易に「普通の人生なんてつまらない」だの「貧困こそが創作の活力」みたいなことを言っては“クリエイター感”みたいなのを匂わせてくる奴を目にすると、ハラワタが煮えくり返ってきます。
そういうことを言っている奴に限って、よくよく話を聞いてみると事情が違うんです。
実家が金持ちだから食うに困らなかったり、もしくは強力なパトロンによって生活が担保されていたり。実は貧乏でもなんでもないのです。

そのような仮性貧乏、またはウソ貧困みたいな奴が、デカい声で元気良く「不安定な生活」を推奨し(自分の生活はメチャクチャ安定しているくせに)、「普通の暮らし」を嘲笑する。
そういった光景に出会う度に「普通を笑うな!普通は凄いんだぞ!」と言いたくなるし、「そんなに貧民の暮らしを人に勧めるからには、段ボールが食べられるか考えたことあるんだろうな!?」と騒ぎたくなってしまうのです。
なにせ僕はそういった連中の繰り言を真に受けたせいで、人生をこじらせて詰みかけたのですから。

普通大好き。安定最高。

不景気な世の中ですから、この先何がどうなってしまうのかわかりませんが、少なくとも当面の間は、この普通の生活が続いてくれないかなあ、と思う次第です。

初回からこのような逆上気味の文章となりましたが、この先もこんな感じでうわ言のような内容が続いていくと思います。
皆様、なにとぞよろしくお願いします!

投稿者名

ショウタ

サラリーマンとバンドマンを兼任する昭和62年生まれ。 インターネットと深夜ラジオによって思春期を完全に棒に振り、どうにもパッとしないまま現在に至る。 親族の「子供の頃は明るかったのに」という言葉を無視するのが得意。
“日本語によるプログレッシブハードフォーク”を標榜するバンド「曇ヶ原」のバンマス。「怨恨プログレ」「怨念フォーク」とも呼ばれる。パートは歌とベース。
Twitter:https://twitter.com/show1987
曇ヶ原:https://twitter.com/kumorigahara

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