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サブカルバンドマン・ショウタの○○を笑うな!! 第2回「埼玉を笑うな!」

2018/04/25 UPDATE

サブカルバンドマン・ショウタさんが世間の偏見にモノ申す「○○を笑うな!!」シリーズ第2回!

ご本人の地元・埼玉をテーマに、「ダサい」「田舎」と言われる風潮に「こんな魅力もある!」と反論して下さいました。埼玉にゆかりのある方なら思わずクスリと笑ってしまう微妙なフォローをお楽しみ下さい!

今回は埼玉育ちの僕が埼玉の良いところを紹介します

こんにちは、ショウタです。
前回は長々と自分の話をしてしまいましたが、2回目となる今回もまた自分の話から始まります。
僕は埼玉県の片隅で生まれました。昭和30年代に大規模な団地建設が行われて以降、東京のベッドタウンとして人口を増やしていった、特に目立った特産品もない小規模な町です。そして24歳までこの町で暮らしていました。

皆さん、埼玉と聞いてどのようなことを思い浮かべるでしょうか?正直な所、咄嗟にプラスのイメージが浮かぶことは、まずないと思います。
80年代に生まれた造語「ダ埼玉」に始まり、最近ではまさかの実写化が決定した伝説の埼玉dis漫画等の影響によって、やれパッとしないだの、かっこ悪いだの、ネガティブなイメージばかりが定着してしまい、東京はおろか千葉神奈川、北関東の方々からも軽んじられる不憫な県。それが埼玉です。

しかし埼玉とはマイナスの面しかない県なのでしょうか?ある方面から見れば短所でも、違った方面から見れば長所という事例はいくらでもあります。
そこで今回は、埼玉の私鉄沿線で24年間生活した経験から、地元をベースに埼玉県の良いところをプッシュしていきたいと思います。

その1:「なんとも言いようがない独特の街並み」

まず、埼玉県には独特の空間があります。時代の流れとともに県内各所で駅前の再開発が進んでいますが、駅から10分ほど歩くと、あの均整の取れた街並みはなんだったんだと思わんばかりに野菜畑が延々と広がっています。
とても同じ町内とは思えないような変貌っぷり。この落差には目を見張るものがあります。

僕の地元は元々農村で、戦後の住宅難問題を解決するために田畑がモリモリと潰され、住宅が無秩序に建築されました。その結果、都市計画法が整備された現在では考えられないような細い行き止まりの多い密集した街並みが、今でも残っているのです。

20年ほど前、地元の隣町が「日本一住みづらい町」としてにわかに注目を浴びていましたが、それもこのような理由があると思われます。

その2:「自然が豊か」

次に、埼玉県は自然が豊かです。僕の実家の真向かいも畑でしたし、通っていた中学校も畑の中にポツンと建っていたので、風の強い日などは土埃にまみれながら学校に向かい、家に帰ると今度は自室が土だらけ、ということがよくありました。

子供の頃、自転車に乗って遠出したら道に迷ってしまい、気がつけば辺り一面さつまいも畑ということもありました。勘を頼りにペダルを踏むも、行けども行けども知らない景色。その上なぜか少しずつ道が細くなり、気がついたら畑の中に突っ込んでいました。道だと思っていたのは農用の畑道だったのです。

あの時の農家のおじさんの怒鳴り声、未だに忘れられません。

その3:「意外と郷土愛が強い」

また、埼玉県民は強い郷土愛も持っています。
先程も言いましたが僕の地元は農村であり、今でも先祖代々受け継いだ畑を耕している家が多いのです。
どの家も自分の土地に深い愛着を持っているため、平成初期から行われている区画整理事業は遅々として進まず、30年かけて駅から国道へ向かう道路がやっと1本通ったという状況です。

何年か前に大型ショッピングモールがオープンしましたが、あれも本当だったらもっと早く工事に着手していたはずなのに、1人の地主がごねて用地取得に大幅に時間がかかったそうです。

少し前に、埼玉県は地元への愛着度ランキングが最下位だったというニュースが流れましたが、そんなことはなく、このように皆自分の住んでいる町、土地を強く愛しているのです。

その4:「東京帰りの電車を待つ経験が心に深みを与える」

さらに埼玉県は都内へのアクセスも抜群です。
僕の地元からは私鉄に乗って30分で都内に出られます。その上近年は他線との直通運転も行われ、乗り換えなしで横浜方面まで行くことも可能です。

これは実に革命的な出来事でした。

しかし僕の地元は急行列車が止まらないので、帰る時は必ず一度乗り換えをしないとなりません。例えば冬、どんなにいいライブをやった日でも、都内から実家へ戻る際、北風吹きすさぶ乗換駅で真っ暗闇の中、各駅停車の電車を待ちながら「おれはこの先一体どうなってしまうんだ」とわけもなく不安になったものです。
このような体験がバンドマンに“深み”を与えるわけで、むしろ終電近い駅のホームで、寒さと不安にブルブル震えたことのないバンドマンは“コク”が足りないと言ってよいでしょう。

明日を夢見る若きバンドマンは皆埼玉の私鉄沿線に住み、ライブ後の乗換駅で不意に訪れる、あの虚空の時間を体験するべきなのです。

果たして埼玉とはなんなのか

そもそも埼玉県とは一体なんなのでしょうか?
今まで書いてきたように、間違いなく都会ではないのですが、かといって完全なる田舎でもありません。都会でも田舎でもない空間、一言で言うならば郊外です。

建て直された真新しい駅ビルと整備されたロータリー、しかし少し足を伸ばすと古びた団地や分譲マンション、戸建住宅等が、畑と畑の合間を縫うように建ち並んでいます。
センターラインのない狭い道路をさらに歩くと国道にぶつかり、そこには地主が半分趣味でやってるような中古車販売店、錆びついたトタンの町工場、漫画と小説とCDといかがわしいDVDがメチャクチャに配置されている古本屋が並び、その合間にチェーン系の飲食店が見えます。
ニュータウンともまた違う、小規模な開発が少しずつ行われた結果生まれた整合性のない町。それが“郊外”であり、埼玉県を象徴する風景なのです。

このような風景を皆さんがどのように感じ取るかはそれぞれだと思いますが、ただ1つはっきりしていることは、こういった“郊外”的な景色は、もうすぐ姿を消すかもしれないということです。

現在、各地で駅前開発や区画整理事業が進行しています。あれほど強固に土地の買収に反対していた地主も、代変わりで態度が軟化し、狭く細い行き止まりの路地は全て綺麗な格子状の道路へと作り変えられています。
長年続く不景気によって個人商店や小規模な工場は軒並み看板を下ろし、跡地には大手コンビニエンスストアが開店するか、分譲住宅が新築され、その中心には小さな公園が設置されるでしょう。

そうして辻褄の合う住宅地が完成するわけですが、昭和の終わりに埼玉の片隅で生まれ、エレベーターのない中古分譲マンションで育ち、細く狭い路地や用途不明の空き地で遊んだ少年時代を過ごした僕としては、ある種の寂しさがあります。
そしてこのような、新旧入り交じった秩序のない街並みを見られるのは、平成30年の現在において、埼玉県のような“郊外”だけです。

埼玉県の良いところ、それは、歴史には一切記録されないであろうジャンクな都市空間にあると僕は思います。

ところで僕の実家である築年数のまあまあいった中古分譲マンション、未だローンが完済されていないのですが、一体どうなってしまうのでしょうか。父親も定年間近ですし、ただそれだけが気がかりです。

最後になりますが、こちらが僕が実家で暮らしていた頃の自室となります。時の流れが止まった無秩序な空間、このようなジャンクさもまた埼玉的な風景なのかもしれません。

……違うかもしれないけれど。

投稿者名

ショウタ

サラリーマンとバンドマンを兼任する昭和62年生まれ。 インターネットと深夜ラジオによって思春期を完全に棒に振り、どうにもパッとしないまま現在に至る。 親族の「子供の頃は明るかったのに」という言葉を無視するのが得意。
“日本語によるプログレッシブハードフォーク”を標榜するバンド「曇ヶ原」のバンマス。「怨恨プログレ」「怨念フォーク」とも呼ばれる。パートは歌とベース。
Twitter:https://twitter.com/show1987
曇ヶ原:https://twitter.com/kumorigahara

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