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サブカルバンドマン・ショウタの○○を笑うな!! 第4回「J-POPを笑うな!」

2018/05/30 UPDATE

サブカルバンドマン・ショウタさんが世の中の風潮にモノ申す「○○を笑うな!!」シリーズ第4回!

幼い頃、思春期、テレビの音楽番組で何度も耳にした流行りのJ-POP。なけなしのお小遣いで買い、ラジカセで何度も聞き返したCD。大人になり、オシャレな音楽を聴くようになり、ついあの頃を思い返して「恥ずかしい」と思ってしまうかもしれません。
でも待って下さい。あの頃流行っていたJ-POPは本当に恥ずかしい音楽だったのでしょうか。決してそんなことはないはず。今回はショウタさんがご自身の音楽遍歴を振り返り、その“J-POP愛”について語って下さいました!

みんな90年代J-POPを聴いてたはずなのに

こんにちは、ショウタです。

バンドマンとして長年活動していると、さまざまな音楽関係者の方と知り合う機会があります。そして多くの人達、特にバンドをやっているようなタイプの人は、皆“自分のルーツ”を語りたがります。
「オルタナロックによって音楽に開眼した」とか、「偶然聴いたエレクトロニカに衝撃を受けて自分でもやろうと思った」とか、そういう人は多いのですが、「小学生の頃に国道沿いのレンタルCDショップで大黒摩季のCDを借りてカセットテープにダビングした」とかという話をする人は、まず見かけません。せいぜい飲みの席で伏し目がちに「俺、小学生の頃B'zが好きだったんだよね……」という話をするくらいです。

僕は80年代の終わりに生まれ、90年代に少年時代を過ごしました。
幼少期から音楽は好きだったのですが、特に強く興味を強く持ち始めたのが小学生の頃で、折しも当時はJ-POP戦国時代。
TKファミリーの躍進に次ぐ躍進、SPEED、MAXといった沖縄発ダンスユニットの活躍、ビーイング系として売れまくったZARDやDEEN、FIELD OF VIEW、80年代からヒットチャートの常連だったサザンオールスターズ、後世のガールズロックに多大な影響を与えたJUDY AND MARY、現在でも大人気のMr.Childrenやスピッツ、そしてお茶の間に衝撃を与えたヴィジュアル系の登場。他にもたくさんの邦楽が世に出ていました。
リリースされたアルバム及びシングルは続々とミリオンヒットを記録し、今にして思えば、あの頃は邦楽シーンが最も賑わっていた時代でした。
そういう時期に音楽に興味を持ち、なおかつ当時はインターネットもなく今ほど気軽に音楽にアクセスできない時代だったので、毎週テレビやラジオで放送される音楽のランキング番組を食い入るように聴取し、一曲一曲を噛みしめるように聴き入っていたものです。

そのため、今ではやれプログレが沁みるだのインディーロックがアツいだの言ってはいますが、基本的に僕の根底に流れる音楽の原点の1つに、子供の頃聴いた90年代のJ-POPがあるのです。それは多分、僕と同世代である80年代後半生まれの音楽好き及びバンドマンであれば、概ねそれに当てはまるのではないでしょうか。

J-POPはなぜ「恥ずかしいもの」となってしまったか

90年代に巨大な市場となったJ-POPシーンは00年代に突入してから少しずつ落ち着きを取り戻し、それと同時に過去への反発として「J-POPなんてものはダメだ!」とする風潮が、特にバンドをやっている人々の間で、15年ほど前にありました。
そのため90年代に少年時代を過ごし、00年代に思春期を迎えた80年代後半生まれの人々は、当時あれだけ夢中になって聴いていた日本のJ-POPを“恥ずかしいモノ”として認識するようになり、その過去をなかったことにしている傾向にあります。
大体においてバンドマンなんて人種は見栄っ張りというか、話にゲタを履かせたがるもので、平気な顔して「中学生の頃、初めてちゃんと聴いた曲が◯◯(その筋の人を唸らすツウなバンドのシブい曲)でした」みたいなことを言いがちですが、そういう話を聴く度に「じゃあお前が小学生の頃姉ちゃんと共同でCDを買い集めてたWANDSはなんだったんだ」という気持ちになります。

まあ確かに気持ちは分かりますし、僕も実際そういう時期がありました。
特にバンドを始めたての20歳前後の頃はそれが強く出ており、事あるごとに「あの頃のJ-POPブームってなんだったんすかね!そんなことよりUKポストパンクの話しましょうよ!」みたいなことを誰も聞いてないのに自主的に大きな声で元気良く喋っていました。恥の多い過去です。
なぜそんなことになったのかというと、少年時代に好んでいた物に対するこっ恥ずかしさもあるのですが、他にも00年代に蔓延していた「資本の力が介入したものは良くない」という風潮の影響もあったと思います。
90年代末期頃から、素朴なもの、自然なものに対する信仰が起こるようになってきました。また、01年にリリースされたモンゴル800のアルバムが、インディーズとしては異例の280万枚という売上を記録し、それにより「メジャーに行かなくてもこういうことができる」「事務所の力は関係ない」という空気が当時流れていたことを、中学生ながらにしてぼんやりと感じたことを覚えています。
それと同時に、これまでのJ-POPシーンへの批判が吹き上がってもきました。よく考えれば「資本の力を借りなくても有名になる」ということと「資本の力で有名になるのは良くない」ということは全く別の話なのですが、当時はその辺が一緒くたに語られていた節があります。さらにもっと言うなら「人気のある有名なものはダメ」くらいの意識を持っていた人々が、少なくない人数いたはずです。
しかし中高時代の僕は自意識がゴリゴリに強く、なんとかして“ツウ”な人間に見られたかったので、その辺の意見に全面的に影響を受けていました。そのため前述のような発言を繰り返し、過去聴いていたJ-POPを批判し、御茶ノ水の中古CD屋で購入したシブいインディーバンドの話をペラペラするという、とてもしょっぱい事態を繰り広げていたのです。

「売れてるものが良いものなら、世界一うまいラーメンはカップラーメンになっちゃうよ」
これは現在も第一線で活動を続けるパンクロッカー・甲本ヒロトの言葉ですが、90年代J-POPシーンに対する批判の根幹には、こういった思想があります。
この言葉は確かに的を射たもので、全く間違ったものではありません。しかし問題はこの発言を聞いて「そうだ!カップラーメンはマズくて良くないんだぞ!」と受け取ってしまう人がいるところにあります。
この言葉は「売れてるものが良いものとは限らない」という話であって、決して「カップラーメン=マズい」という話ではありません。一定の基準を保っている味だからこそカップラーメンは売れているわけで、それを「売れているものは全部マズい!」とするのは無理がある話です。しかしどういうわけか、そういう極論が音楽界隈、バンドマン界隈では正論として通っている部分があるのです。

好きだったものをちゃんと再評価しよう

資本の力を借りて爆発的な売上を続々と記録していった90年代J-POPシーン。本当に「売れているものは全部ダメ」だったのでしょうか?
僕も長年、自意識の呪縛によって、そう思っていましたが、20代後半になった頃から少しずつ、少年時代に聴いていたJ-POPを聴き返すようになり、改めて当時聴いていた楽曲の良さを知りました。

例えば国民的アニメの主題歌に抜擢され、デビュー曲がオリコン9位にランクインしたrumania montevideo。所謂ビーイング系に部類されるバンドです。基本的に歌メロはJ-POPなのですが、物凄いファズギターが隙を見ては割り込んできます。歌謡曲的な親しみやすい歌とオルタナの影響を強く受けているであろう歪んだギター。こういった異なる要素が同居しているのが90年代J-POPの良いところです。

楽曲がCMに多数起用されたD-LOOP、The gardensといった、伸びやかで印象的な歌声を持つ女性シンガーを擁したユニットも多数存在しました。
キャッチーさと記憶に残るメロディ、という特徴を持った楽曲が多いため、今でも曲を聴いたら「なんか聞き覚えがあるぞ!」となる方は、特に僕の同世代に多いのではないでしょうか。

そして当時から物議を醸していた人気テレビ番組発のユニット、ポケットビスケッツ。当時はポケビ派とブラビ派があり、僕はポケビ派でした。
これも今改めて聴くと、作曲がパッパラー河合なだけあり、要所要所で現れる、やけに耳に残るストレンジなフレーズは、正に爆風スランプであると言っても過言ではないでしょう。歌詞も大人になってからじっくり読むと、なかなか心にくるものがあります。


このような90年代J-POPを評価する発言、言い換えれば「少年時代に好きだったものを肯定すること」は、いまだにどこか気恥ずかしく、口ごもってしまう部分もあります。

しかしその過去を隠蔽したところで、かつて好きだったことに変わりはありません
本当のことを全ていちいち言う必要はないのですが、ウソをつく必要もないのです。
資本が入っていようが、知る人ぞ知るものだろうが、良いものは良い、良くないものは良くない。そしてそれを判断するのは、自分自身の価値基準なのです。

過去ばかり振り返っていても良くないのですが、時には何の情報も、何の社会的評価も関係なく、ただ自分が「好きだから」という理由で接していたものを思い出してみるのも良いかもしれません。

もっとも僕も、小学生の頃自主的に「ポケットビスケッツ100万人署名」に参加して、署名用紙を有明のイベント会場にまで持参した過去を話す時は、やや頬が赤らんでしまうのですが……。

投稿者名

ショウタ

サラリーマンとバンドマンを兼任する昭和62年生まれ。 インターネットと深夜ラジオによって思春期を完全に棒に振り、どうにもパッとしないまま現在に至る。 親族の「子供の頃は明るかったのに」という言葉を無視するのが得意。
“日本語によるプログレッシブハードフォーク”を標榜するバンド「曇ヶ原」のバンマス。「怨恨プログレ」「怨念フォーク」とも呼ばれる。パートは歌とベース。
Twitter:https://twitter.com/show1987
曇ヶ原:https://twitter.com/kumorigahara

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