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男らしさを全身で表現する…
誰よりも強面で、やさしいロックンローラー・ビリー

2017/05/18 UPDATE

黒革のコートにサングラス、そしてリーゼント。この男、一見すると縮み上がるほどに怖い。しかし、ロックンロールの曲に合わせてツイストのステップを踏み出せば、最高のエンターテイナーに一変する。彼の名は、ビリー。ロックンローラーだ。亀戸で踊る彼に、その人生を聞いた。

PROFILE

ビリー(39)接客業

  • 出身地:千葉県
  • 座右の銘:やる前から諦めない
  • 好きな食べ物:カレー
  • 嫌いな食べ物:固いもの
  • 得意技:ツイストダンス

PHOTO:西田周平PHOTO:西田周平

―突然ですが、ロックンロールとは何ですか?

まあ、ロックと言っても幅広いし、若い子にとってはONE OK ROCKとかなんだろうけど、それぞれ自分のスタイルを持ってやってるから、ロックに明確な答えはないですね。自分の場合は、全身で男らしさを表現するってことですね。

―男らしさとは?

人によって喧嘩が強いのが男らしいとか、逆に喧嘩しないのが男らしいとか、男らしさも人それぞれですけど、やっぱり年寄り子どもにやさしくするってことですかね。自分も子どもだった時代があるし、今度はどんどん年を取っていく。そういう「来た道、行く道」を大事にすること、それを自分は見た目や態度、踊りで表現してるんです。

PHOTO:西田周平PHOTO:西田周平

―ロックンローラーになるきっかけは何ですか?

小学生くらいのときにテレビでたまたま『刑事ヨロシク』っていうドラマの再放送を見たんです。ビートたけしさんが主演で、梅宮辰夫さんとか安岡力也さんが出てて。これが、原宿のローラーって言うホコ天で踊ってた人が出てくる番組で、見た瞬間にこういうお兄さんみたいになりたいって思って。影響されて小6で剃り込みを入れましたね。

―ずいぶん目立っていたのではないですか?

そうですね。後々街から出られるようになってからはロックンロールでいろんな人に出会っていくんですけど、そのときはまだ正直自分だけ。どっちかっていうと金髪で髪の毛を下ろしてる人がかっこいいっていう時代でしたから、リーゼントとかパンチパーマに憧れる人はいないですよね。

―ロックンローラーとして踊り始めたのはいつですか?

20代前半ですね。たまたま居酒屋で同じような格好をした人に出会って、それで意気投合して。近所の公園で二人で踊りの練習を始めたんですよ。彼の家で踊りのビデオを観て、忘れないうちに公園に行って車のヘッドライトで照らして踊ってましたね。

PHOTO:西田周平PHOTO:西田周平

―そして彼と一緒に原宿へ?

いえ、原宿に出たのは自分だけですね。結局、自分の方がのめり込んだんですよ。彼はわざわざ原宿に行ってまで踊るって、そこまでの気持ちがなくて、地元でそういうスタイルでいるだけでしたね。

―原宿へはどのように出たんですか?

それは俺が27歳のとき。仕事が忙しくてそれまでなかなか原宿まで行けなかったんですけど、俺にずっとロックンローラーを貫くように言っていた後輩が事故で死んでしまって。それで、ロックンローラーを真剣にやろうと決意したんです。原宿で踊るのは日曜日ですから、日曜休みの工場に転職したりしましたよ。でも、原宿に行ってもすぐに踊れるわけじゃなくて、まずは仲間に入れてもらわなきゃいけないんです。初めは顔と名前を覚えてもらうために、踊ってる輪のちょっと後ろくらいにいました。踊らせてもらうまで数カ月かかりましたね。信用されることが大切ですから。

―ビリーさんのその情熱はどこからやってくるんですか?

やっぱり、認められたいって気持ちがあるからですかね。

―認められたいとは、何を?

スタイルが変わらないってこと。自分の地元は田舎なんでヤンキーみたいなのが多かったんですけど、彼らはヤンキーからサーファーになったりしていて、流行っていうか、そのときの女の子の好みに合わせてスタイルを変えていくんですよ。それが嫌で。上手く説明できないけど、歌でも「ずっとあの頃のままさ」っていう甘く切ない感じが好きなんです。

PHOTO:西田周平PHOTO:西田周平

―自分のチームを作ったきっかけは何ですか?

自分が踊り始めたのは、ちょうどSNSが普及し始めた頃で、特にチームに属していなくてもロックンロールが好きな人がたくさんいるっていうのがわかって、そういう人で集まったんです。当時は自分も含めて他のグループからコスプレ集団なんて言われたりもして、認められていなかった時期もありましたけど、なんとか頑張って覚えてもらったって感じです。

―人生で一番幸せな瞬間は何ですか?

自分の踊りを見てくれていた小さい子が、次の日に、当時働いていたレストランに会いに来てくれたときですね。ロックンロールを好きになってくれたんだなって、SNSに日記書いたくらい嬉しかったです。

―では、一番辛かった瞬間は?

離婚して、子どもと会えなくなったことです。そろそろ踊ることができる年齢なんで、一緒に踊りたいです。

PHOTO:西田周平PHOTO:西田周平

―将来の夢は何ですか?

自分の子どもだけじゃなくて、たくさんの子どもたちと一緒に踊ることですね。地域の人と仲良くして、それで若い子たちに引き継がれていけばいいなと思います。それと、最近は外国の人がたくさん見に来てくれるんで、一緒に写真を撮った外国の子どもが、大きくなって日本に戻ってきたときに、俺の写真を誰かに見せながら、この人と昔写真を撮ったんだって自慢してくれたら最高ですね。

TOKYO GRAFFITI

街で見かける「普通の人」の「普通の日常」を写真で切り取る創刊12年目の雑誌「TOKYO GRAFFITI」。
若者、ちびっこ、お年寄りから、セクマイ、ギャルなど、登場するのは一般人ばかり。
まさに街にいる人々のいろんなリアルを写真で切り取るドキュメンタリー・メディアです。
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