
パリとごはん
子どもたちと一週間、パリへ行ってきた。
パリでは、人々が「おしゃれを楽しんでいるなあ」と感じることが本当にたくさんある。それでいて「無理をしているなあ」と感じることはほとんどない。それがとても心地いいなあと思う。私自身は洋服がすごく好きだけど、それはそれとして「服が好きな人は好きなだけとことん楽しめばいいし、そうじゃない人は無理せずに、でも好きなものを着ればいいんじゃない?」という空気が感じられる。だから滞在中、毎日服を選ぶのがとても楽しかったし、かといって変なプレッシャーもなかった。とにかく自然に、好きな洋服を楽しむことができた。

そして振り返ってみると、これはパリの「食」でも同じだったなあと思う。
無理をするわけでは決してないけれど、でもできる限り心地よく食を楽しもう、テーブルの上をすてきなものにしよう、という心意気のようなものを、どこにいても感じた。
といっても、日本のおもてなしに慣れている身としては、パリというのは「ものすごくサービス精神にあふれた」場所ではたぶんそんなに、ない。だから、手厚いサービスを受けるようなことはあまりない。例えばミシュラン三つ星レストランへ行ったり、五つ星ホテルに泊まったりするとそういうこともあるかもしれないけれど、残念ながら今回そういうところへはまったく行くことはなかったので、そんな場面に出くわすこともなかった。
でも、「人へのサービス」はそこそこと感じるパリにおいて、「食への敬意」みたいなものは、絶対におろそかにしないぞ、という意気込みみたいなものを感じた。
例えばレストランのテラス席では、「ドリンクだけじゃなくて食事も」と言うと、テーブルに白いクロスが敷かれた。お店のムッシュはにこりともせず、無言で無表情のまま、しかしきびきびと、クロスを敷いてくれた。パリッとしていて清潔で真っ白で、とても気持ちの良いクロスだ。

そしてどんなシンプルな料理も、お皿の上の盛り付けはとても美しかった。それは老舗のレストランでも、気軽なビストロでも同じだった。肩肘張った美しさというよりは、それは「食を大切にしよう」という気持ちの表れみたいに感じられた。
真っ白なテーブルクロス、ぴかぴかのシルバーカトラリー、ワインボトルに生けられたお花。これだけそろえば、こんなにも食卓は豊かになるのか、と思った。何も、すごく凝ったものがあるわけじゃない。「映え」のためにあれこれと小道具が必要になるわけでもない。ただ、大切な食を美しく盛るため、そして食の時間を豊かにするため。それだけのための、潔い美しさがそこにはあったのだ。
それは、食卓の前に座る人というよりも、食そのもの、そして食を楽しむ時間への敬意、みたいな感じだった。でもそれはそれで、徹底していてすてきだった。粋だなあ、と思った。
もう一つ、パリの食事でいいなと思ったのは「盛りすぎない」ということだ。例えばお皿に、例えばテーブルに、それはもしかしたらサービスにも、そうなのかもしれない。それぞれが潔く、シンプルだ。
例えば息子とビストロへ行った時に、Google翻訳を駆使してなんとか予算内のメニューを頼もうと探して、フィッシュ&チップスを選んだ。私たちはもちろん、よくある一皿に盛られたフィッシュ&チップスを想像していたのだけれど、運ばれてきたそれは、想像していたものとちょっと違ったのだ。
お皿に置かれた一枚のフライ。そして、別添えのフレンチフライ。

潔い。どこまでも潔い。そして、美しい。
なるほど、これもフィッシュ&チップスである。ここまでシンプルに、でもおしゃれにできるのか、と、思った。
そういえば、パリのサンドイッチが私は大好きなのだけれど、具はいたってシンプルだ。バケットに、バターとハムだけとか、ハムとチーズだけとか。これがとてもおいしい。私はつい、緑の野菜を…とか考えてしまうけれど、野菜の水気が少しでも入ってしまうとおいしくなくなってしまうし、水気を切る手間をいろいろ考えていると、いっそのこと省いてしまったほうがおいしく作ることができる。
こういう姿勢は、普段の食事の時間でも真似することができるよなあ、と、思う。なんといってもパリが気に入りすぎて、帰ってからも子どもたちと「パリごっこ」をして遊んでいるのだけれど(もう子どもたちも高校生と中学生になったがちゃんと付き合ってくれるのだ…)、パリで買ってきた白いお皿にバケットをのせて、エシレバターを塗って、ハムをのせる。そのとき、真っ白のテーブルクロスを敷く…ことはなかなか難しいけれど、せめて机の上に散らばった勉強道具やらタブレットやらはちゃんとしまう。カトラリーはそれぞれきれいに並べる。たまにはお花も飾ってみる。そして、あまり「やりすぎない」。ただ、それだけのことだけど、それだけで、なんだかパリ気分が味わえる。そしてパリ気分というのはつまり、普通のなにげない、慌ただしい日々を少しだけ豊かにしてくれる時間なのだ。

「パリごっこ」の一つ、シンプルサンドイッチ。
「映え」じゃなくて、心が豊かになる、今日も一日おつかれさまと自分自身に思える、そういう食卓を作っていけるといいなと、改めて思った。無理をするんじゃなくて、誰かの目のためじゃなくて、自分のために。
そんなわけで最近は、せっせとパリっぽいアンティークのシルバーカトラリーを探している。(すぐに物欲に結びつける)