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伝える、ということ

編集部通信

LIFE STYLE
2026.08.26

10年くらい、冷蔵庫に貼りっぱなしのメッセージカードがある。

娘が保育園に通っていた頃、担任の先生が別の保育園に移るときに、保護者の私に向けて書いてくれたメッセージカードだ。ここに書かれたメッセージを、何度も読み返しているのだけれど、最後にこんなメッセージが書かれている。

保護者会でおっしゃっていた「お友だちにも先生にも恵まれて」のお言葉はわたしの自信となりました。本当にありがとうございました。

その日の保護者会では「おうちでの子どもの様子」を一人ずつ発表することになっていた。

私はそこで、娘がいつも楽しそうに保育園の様子を話してくれることと(これは中学生になった今でも本当に変わらない。小学校の様子も塾の様子も中学校の様子も、娘はまあ本当におもしろおかしく、豊かに話してくれる。そういえばこれは保育園の頃からだったのだ)、それはいつも素敵なお友だちと先生に囲まれているからだと思う、いつもありがとうございます、といったことを、なにげなく話した。

ここは兄である息子も通った保育園で、それはそれはもう、親子ともにお世話になった。

そういえば入園式の時に、園長先生が「保護者のみなさまが園に入ったときに『ただいま』と言いたくなるような、保護者の方もほっとできるような、そんな園でありたいと思っています」とおっしゃっていた。その言葉どおり私は、仕事を終えて、保育園に入った瞬間に、ほっとしてなにか鎧のようなものを脱げるような、そんな感覚にいつしかなっていた。

仕事をしながらほぼワンオペで育児に追われていた当時の私にとって、その保育園は、仕事で疲れたあとに本当に「ただいま」と言える第二のわが家みたいな場所だったのだ。

だからこそ、当時、保育園の先生たちに私が日々感謝しているということは、もう「当たり前」の事実だった。言わなくても伝わっているものだと、どこかで思っていた。だって先生たちがいなければ当時の私は仕事を続けていくことなどできなかったし、心理的な面でも、落ち着いて子育てをすることすらままならなかったのだから。

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自称プリンセスだった頃。プリンセスをあたたかく迎えてくれる園だった。

だけど考えてみれば、先生たちは先生たちで、私たちが子育ての悩みにぶつかっていたように園でいろんな悩みにぶつかっていたのだと思う。それでも子どもたちのかわいさにその都度また癒されたりして、その繰り返しで、なんとかかんとか日々を過ごしていたのだろう。

たぶんそれは、あの小さなかいじゅうたちを必死に育てていたあの頃の私と、きっと同じだったのだと思う。そしてもちろん、プロとして子どもたちと向き合うという意味でも、保育園の先生という仕事は、もうとんでもなく大変なはずなのだ。

あの頃の私が、誰に感謝されるわけではないけれどもただがんばっていたように、先生たちも日々悩みながら、子どもたちと向き合ってくれていた。だからこそ、「お友だちにも先生にも恵まれて」の言葉に、先生は「自信となりました」と言ってくれたのだろう。

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朝のうちに夜ごはんの下ごしらえを済ませて帰ってから仕上げて…みたいなことをやっていた頃。今ならもっともっと「手間抜き」すると思う。

時々、マイナスの言葉は、プラスの言葉よりもずっと届きやすいものかもしれないと思うことがある。実際のところ「マイナス」の声なんてそんなに多くはなくても、10あるうち1だけ含まれるマイナスの言葉に、引っ張られ、深く傷ついてしまうことがある。現実でもSNSの世界でも、そんな様子をたくさん見てきた。そんな中で、「ありがとう」の気持ちというのは、思ったよりも届きにくいものなのかもしれない。言わずに伝わるなんて、そんなことはほとんどないのだ、きっと。

だからこそ、それが自分にとってはどれだけ当たり前のことでも、プラスの言葉を、良き言葉を、ちゃんと伝えていこう、と、思う。家族でも、先生でも、もちろん、子どもたち相手にでも。

そんなあれこれを考えながら、私は今も冷蔵庫に貼られたこのメッセージカードをたまに読み返す。ありがとうと思っていることがどれだけ自分にとっては当たり前の事実でも、できるだけ声に出して、伝えていこう、と思いながら。

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「ワンオペ」において重要な戦力だった息子

先日、前職の同僚からこんなLINEが届いた。

「おはようございます☀
昨日の夕方、麹町駅のホームで娘ちゃんを見かけました🤩お友達と3人でいて、なんかもう全身で楽しそうでした😂さすがは虫明さんの子育て!!ほがらか!と思って眩しく拝見いたしました✨」

娘は最近新しい部活に入ったばかりで、私としては新しい環境に馴染めているか、ちょっと心配だったりもした。だけど、私の知らないところで、娘はどうやら楽しそうに過ごしてくれているらしい。その事実に心底ほっとした。

そして何よりも、前職の同僚がこうしてわざわざ時間をとって、私に伝えてくれたことが、それ自体が、とってもとってもうれしかった。ポジティブな言葉をかけられる人というのは、なんて素敵なんだろうと思った。これもまた、「わざわざ伝える」ことの素敵な面だなと思う。私も見習いたいな、と、改めて思った。

考えてみれば、アイスムで届けたいと思っているのも、日々の暮らしの中にある、つい「当たり前」として通り過ぎてしまいそうなものなのだと思う。毎日のごはんだったり、誰かと一緒に食を囲むことだったり、誰かが自分のためにしてくれたことだったり、そしてほかでもない、大切な自分をいたわることだったり。

そんな小さな「よかった」を見つけて、ちゃんと言葉にして届けること。仕事でも、毎日の暮らしでも、これからも大切にしていきたいなと思う。

だから今日も、伝えていこう、と改めて思うのだ。私にとっての「当たり前」のありがとうや、前向きな一言を、できるだけたくさん。マイナスの言葉にかき消されないくらいに、大切な人たちにちゃんと届くように、たくさん。

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