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「今日はいいか」の使い方

編集部通信

LIFE STYLE
2026.10.28

高校1年生の息子が1年間のアメリカ交換留学に旅立ってから、早3ヶ月が過ぎた。

夫は元々バンコクに単身赴任中のため、娘と二人暮らしになった。三人分作っていたごはんが、二人分になる。たった一人分減っただけなのに、食卓の空気はずいぶん変わるものだと、最近しみじみ思っている。

お弁当もまた中学1年生の娘の分だけになった。この春、お弁当作りが息子と娘の二人分になったときに、これは2倍とまでは言わないけれど、1.5倍くらいは大変だなと思ったのだけれど、一人分に戻るとやっぱり、ちょっと楽になった。

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娘一人分になったお弁当

でも、普段のごはん作りはそう単純なものでもない。三人分が二人分になったことで、「なんか今日は作るのめんどくさいなー」と思う日が増えたのだ。

お弁当と同じく普段のごはんだって、もちろん作ること自体は楽になる。作る量も少なくて済むし、洗い物も減る。だけど作る気そのものが、なぜかするすると抜けていく感じがする。なぜだ。

たぶん、「ちゃんと作らなきゃ」という(元々少なかった)プレッシャーのような、もしくはモチベーションのようなものが、二人分になることでさらに少なくなってしまったのだろう。三人分作っていたときは、サッカー部の息子にたんぱく質もとらせなきゃいけないし、この日は息子、この日は娘の、塾や部活のおにぎりも必要だし…と、色々考えることも多かった。その分それは「作らなきゃ」という気持ちにもまだ、つながっていたのだと思う。

でも二人分となると、その気持ちがさらに小さくなってくる。残るのは「ああごはん作るの億劫だなあああ」という気持ちだけ。

モチベーションが!!!わいてこない!!!ごはん作りの!!!

と、思った私は、もう開き直って、「今日はいいか」と、娘と二人でふらりとちょっと離れたお店まで、外食やテイクアウトのために歩くことにした。と言っても、バーミヤンとか、はま寿司とか、チェーン店が多いけれど、少し足を伸ばせば行ったことのないお店も意外と多かったのだ。

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近くにできた新しい回転寿司にも行ってみた

二人だとなんとなく、「行くか!」と外に出るのも、お店で席を確保するのも、なんだか気楽だ。

おかげで、はま寿司の「コーヒーゼリー(バニラアイスのせ)」がやたらとおいしいことも知った。しゃぶ葉のたれ作りに創作意欲をかきたてられることもわかった。

さらに、私は車を運転できないので、ちょっと離れたお店でも徒歩になる。娘の学校のこと、部活のこと、友達のこと、ヤクルトが昨日も負けたこと…。そんなことを話しながら歩く。向き合って話すより、同じ方角を向いて話す方がなんだか話しやすいのか、思春期の娘もちょっとした悩みなんかをよく話してくれる。この2キロ弱のお散歩が、最近は大事な時間になっている。

娘と二人で歩きながら、こういう「今日はいいか」の使い方もあるんだな、と思う。

これは「手抜きの妥協案」というよりは、二人暮らしになったから生まれた新しい楽しみなのだな、と。作らない日を、ただの「作れなかった日」ではなく、「二人でどこかに行く日」に変換しちゃえば、それはそれでちゃんと豊かな時間になるのだ。

そしてこういう日があると、「作りたいな」という気持ちもまた生まれてくる。作っているうちに、だんだん二人分の食事作りにも慣れてくる。その合間に「今日はいいか」の日がまたあって、その繰り返しで、また新しい形に馴染んでいく。

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長谷川あかりさんの「だしカレー」と、買ってきた生春巻き

家族のごはんの形というのはその時々で変わってくる。一人ひとりに環境の変化があるから、家族にも変化があって当たり前だ。すぐには慣れなくても、「今日はいいか」を少し増やして調整しながら、また新しい形に慣れていけばいいのかな、と、そんな気がする。考えてみれば、今までだってそうやって少しずつ、いろんな変化に合わせてやってきたのだ。

家族の形だけじゃなく、日々のモチベーションだっていろんな要因で変わっていくのは当たり前のこと。だからポジティブな「今日はいいか」をはさみながら、自分をいたわっていけたらいいなと思う。

息子の留学でわが家の食卓はちょっと静かになったけれど、その分、娘と二人、はま寿司で他愛もない話をする時間が増えた。それもまた、今のわが家の、ちょうどいい形だ。

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「近江屋洋菓子店」のフルーツポンチを二人でわけっこ

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