水曜日の午後、ふたりの思い出の味に会いにいく

晴れでも雨でも食べるのだ。 #4

2020.08.07

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は、雨の水曜日、奥村さんと夫さんが昔住んでいた街を訪れた日のエピソードです。


人生は楽しいことばかりではないから、たまに戻りたくなる故郷のような場所は、いくつあってもいい。私と夫にとっての故郷のひとつは、2年間だけ暮らした、長い商店街のある街だ。

水曜日の午後、私たちは、思い出の味に会いに行った。

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ピーンポーン。

在宅ワーク中の午後3時、玄関のチャイムが鳴った。
宅配便かと思ったら、ドアの外には見慣れた水色の半袖シャツが見える。夫だ。

急にどうしたんだろう。とりあえず内鍵をあけた。

 

「今から買い物に行ってくる」

 

最近、忙しかったからだろうか。梅雨で憂鬱な気分が続いているからだろうか。
時間休を取って、スーツを買いに行くらしい。

 

いいねえ、散財。気分転換になるし、たまにはいいじゃないの。
そんなことを思っていると、夫から提案があった。

 

「ご飯も食べてくるけど、いっしょに行く?買い物中は好きなところにいていいから」

 

……!!平日夜に外食?いつぶりよ?最高じゃん!!

午前中からずーっと低調だった気分が、うなぎのぼりに上昇していく。

 

「ご飯の時間まで仕事しててもいいなら行く」

平静を装って答えてから、いつもとは桁違いのスピードで最低限の化粧をし、髪をささっと整えた。ちょっと気を抜けば、にやけた顔が鏡に映る。

「このくらいで浮かれるなんて、どれだけチョロい人間なんだ私は」

心の中でつぶやいてから、チョロくて上等、と思った。なんてことのない毎日を楽しむには、チョロいくらいがちょうどいいのだ、きっと。

 

玄関を出ると、小雨が降っていた。私は赤い折り畳み傘を開き、「このくらいならいいや」と言って傘を差さない夫の頭が濡れないように、腕を斜め上方にぐいと伸ばして歩いた。地面を濡らす雨が、星屑みたいにきらきらしている。

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夫といっしょに電車に乗り、「またあとでね」と途中下車する。幸運なことに、目的地に向かう途中に、以前ふたりで住んでいた街があった。はじめて一緒に暮らした思い出の土地だ。

今日はこの街で、おいしい夜ご飯を食べよう。

私たちはそう決めた。

電車から降りると、昔よく訪れた喫茶店に向かった。せっかくだから贅沢しようと、アイスロイヤルミルクティーに加えてチョコチップスコーンも注文し、パソコンを開く。

絵に描いたように完璧な水曜日の午後だ。こわくなってしまうくらいに。

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赤と白を基調とした明るい空間に身を置き、上機嫌で仕事を進めた。こざっぱりとした雰囲気も、お店を切り盛りするご夫婦のなごやかな会話も心地よい。紅茶にのったきめ細かいフォームミルクには、作り手の人柄がそのままあらわれているような気がした。

「18時半にそっちにつくよ」
夫からメッセージが届き、そわそわしてしまう。集合場所は駅前。結婚する前、ときどき仕事帰りに待ち合わせて飲みに行ったことを思い出した。

代金を支払い、ご夫婦それぞれに伝わるように「ごちそうさまでした」を二度言った。ふたりのまなざしは相変わらずやさしい。名残惜しい気持ちに駆られていたら、店から出た後、傘をひらくのが遅れてしまった。

雨に濡れるのもたまにはいいな、と思った。

駅のエスカレーターの下で夫を待っていると、あの頃に戻ったような気分になってくる。次々と降りてくる人の群れから、水色の半袖シャツを探すのだ。絵本からウォーリーを探しているときみたいな高揚感があった。

 

いた!

夫を見つけて駆け寄り、傘を差し出す。「なつかしいねえ」「いい街だったよねえ」と話しながら、商店街を通り抜けた。雨といっしょに、あの頃の記憶がぽろぽろと降り注ぐ。

ランチに行って、本屋に寄り、余裕があればカフェに行く。最後に商店街の魚屋、肉屋、八百屋を回って夕飯の食材を買いあつめ、家に帰る。これが私たちの土日の定番コースだった。

それを夫が勝手に「ゴールデンルート」と呼びはじめ、「今日も結局ゴールデンルートか、飽きちゃうね」なんて当時は笑いながら言い合っていたのだが、いまとなっては、その顔なじみのお店をめぐる休日がひたすら尊く感じられる。空気に金粉をまぶしたような、淡くも眩しい色の映像となり、「ゴールデン」の名の如くこうこうとよみがえってくるのだった。

 

私たちが向かったのは、住んでいたアパートのすぐ近くにある小さなイタリアン。休日のランチや、仕事帰りの夕食によく利用した店だ。

もくもくと調理する男性シェフと、動きに無駄のない女性の店員さん。ふたりとも寡黙だが、料理の味や盛り付け、ふとした所作から、たしかな腕とこだわり、そしてまごころがダダ漏れだった。

その職人気質で控えめな感じも、うす暗い照明も、ジャズやボサノヴァのゆったりとしたBGMも、疲れた心と体にぴったりで、居心地のよさにすっかりハマった。

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なつかしい看板がみえてきた。軒先のメニュー表を見て、「変わらないねえ〜」と夫が笑う。店内の雰囲気も店員さんの顔つきも、変わっていなかった。「ああ、よかった」と胸をなでおろす。

外出自粛の影響を受けているだろうから、内心、ずっと心配していたのだ。心配なのに、何もできないのが歯痒くて、もどかしかった。

今日はお腹いっぱい食べよう。

私たちにしてはめずらしく、コース料理を注文した。前菜の盛り合わせに、好みのパスタとメイン、デザートがついてくる。

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ああ、この味。落ち着くなあ。

夫もきっと同じように感じていたと思う。サラダのドレッシングも、ゴルゴンゾーラのチーズも、舌に刻まれた記憶の味と重なった。

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世の中の変化によって、この店にも、実際にはさまざまな苦悩や変化があったにちがいない。でも、長年続けてきた仕事に淡々と向き合うさまと、変わらぬ穏やかな味わいは、それを微塵も感じさせなかった。

地に足をつけ、自分の信じる道を歩んできた人々の佇まいは、凛としてうつくしい。惚れ惚れすると同時に、背筋が伸びる思いがした。

食べ終わり、挨拶しようと心の準備をする。と、同時に、びしっと姿勢を正して直立する夫の姿が目に入った。彼は深々と頭を下げ、「ごちそうさまでした」と言った。威勢のよい、きりりとした声が響く。私も急いでお辞儀をし、「ごちそうさまでした」と続けた。

そう、こういうところよ。こういうところが、ずるいんだった。

夫にまで惚れ惚れしてしまうとは。誤算だった。

 

正直なところ、その街で暮らした日々を「しあわせに満ちていた」と言えば嘘になる。仕事ではたくさん思い悩んだし、体調を崩したり、夫との関係が上手くいかなくなったりもした。この店でも何度か涙を流したことがあったっけ。

けれどもこうして時が経ち、たまに戻りたくなる大切な場所として記憶に深く刻まれている店があることは、しあわせだとはっきり言える。

そういう小さな記憶の光に支えられて、私も夫も、いまを生きられるのだ。

「また、必ず、会いに行きます」

私は電車に揺られながら、訪れたお店の人の顔を次々と思い浮かべた。
それから、すっかり暗くなった愛する街の姿と、夫の横顔を、心の中でなんども抱きしめた。

奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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