歩き続ける力をくれる、とっておきの山ごはん

晴れでも雨でも食べるのだ。 #7

2020.11.09

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」奥村さんが食べた、「とっておきの山ごはん」とは。読んでいると山の澄んだ空気まで伝わってきて、なんだかおなかがすいてきます。


麦茶、キャラメル、カップラーメン……。あらゆる食べものや飲みものを、とびっきりのご馳走に変えてしまう場所がある。山だ。「なぜ山に登るの?」ときかれたら、「そこにおいしい食べものがあるから」と答えてしまうかもしれない。

山で食べるごはんは、格別においしい。透明に澄んだ空気、目の前にひろがる雄大な山々、疲労感と表裏一体のたしかな充足感。何を食べても何を飲んでも「うまい!!」と感嘆せざるをえない条件が、ばっちりそろっている。

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そこに手作りのぬくもりが加われば、ひとの味覚を超越するくらいのおいしさに達してしまう予感がしていた。その予感が確信に変わったのは、登山に出発する朝、福島県随一のおにぎり屋さんに到着した瞬間だった。

そよそよと風が吹くさわやかな秋晴れの休日、夫と妹と3人で登山にでかけた。行先は福島県、安達太良山(あだたらやま)。郡山市内のビジネスホテルに前泊し、レンタカーで登山口へと向かった。

この環境下で半年以上ものあいだ大好きな登山をがまんしていた夫は、秋からしっかりと対策をとりつつ登山を再開した。家にこもりきりだった頃を思うと、みちがえるようにいきいきしている。

そんな夫が意気揚々と作成してくれた登山計画に盛り込まれていたのが、地元民に愛される老舗のおにぎり屋さん『たけや』での昼食の調達だ。福島の食材をふんだんに使った絶品おにぎりをテイクアウトできるという。朝7時、開店と同時に訪れたところ、すでに人が並んでいるほどの盛況ぶりだった。

店先に到着するやいなや、ショーケースにずらりと並んだおにぎりたちが私たちを温かく出迎えてくれた。暖簾をくぐってお店に入り、メニューを確認。梅、鮭、生姜、昆布、味噌、たらこ、わかめ、おかか……名物とうわさの「味ごはん」もおいしそうだ。しかも、どのおにぎりも110円か120円という手ごろさ。全部は食べられないとわかっているのに、どれも買いたくなってしまうから困る。

さらに店内では、唐揚げやきんぴらごぼうなど手作りのお惣菜を発見した。きわめつけに、お団子や大福、おはぎまでもが、こちらをじっとみつめているではないか!

ああもう、どうしよう。たまらん。

悩みながらレジに並んでいるあいだにも、厨房からはできたてのおにぎりが次々と運ばれてくる。元気に声をかけあいながらテキパキと仕事をさばいていく店員さんたちの立ち姿はすがすがしく、凛とした朝の空気にぴったりだった。

私たちは結局、おにぎり5個とおいなりさん2個、お惣菜を4パック、こしあんとずんだのおはぎをひとつずつ購入した。若菜色の和紙でふうわりと包まれた手作りおにぎり。車のなかでひろげてみて、あまりの美しさに息をのんだ。

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左から、赤飯、たらこ、味おこわ、高菜、鮭

午前8時前、私たちは登山口に到着した。私も妹もドライブ中は気分が高まっていたけれど、高いテンションを保てるほど山は楽な場所じゃない。登りはじめて10分も経てばさっそくじわりと汗をかきはじめた。

防寒具や食糧を背負い、でこぼこの坂道や岩場を何時間も歩き続ける登山。正直なところ、私は登る行為そのものを「楽しい!」と思ったことは一度もない。砂利や泥に足をとられるわ、疲労がたまるわ、息があがってくるわで、何度経験しても「このつらさに何の意味があるのだろう」なんてぐずぐずと考えてしまう。

けれども山には、背中を押してくれるものもあふれている。

それは木漏れ日や苔だったり、

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小川のせせらぎだったり、

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燃えさかるような紅葉だったり、

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いっしょに登っている人の声だったりする。

たいていの場合、それはとつぜんあらわれる。ふとした拍子にであう、きらりとひかるもの。道をあかるくしてくれるもの。その一つひとつを拾い集めて、歩く力に変えていく。ときには立ち止まり、目を凝らし、耳をすませて。

さらに今回は、おにぎりというとっておきのごほうびが控えていた。

最高のお昼ごはんが私たちを待っている。歩き続ければ、果てしなくひろがる空の下、広大な大地をででーんと見渡しながら、思う存分に食べられるんだ。ばくばくと、豪快に。

頼りがいのある「ごほうび」たちは、つらいときには道しるべのように作用した。

それでも疲労がたまってくると、まわりをみる余裕も考える余裕もなくなってくる。「山の呼吸!」と人気アニメのセリフをもじるゆとりのある夫以外は、話すことすら苦になり無言になったりもしたが、どうにか歩き続け、昼食にこぎつけた。見晴らしのいい休憩所と、その先の山頂。2回にわけて、おにぎりとお惣菜、おはぎをありがたく頂いた。

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大きな岩の上に腰をおろし、ふう、とひと息。やわらかいおにぎりを両手で包めば、腹の底からよろこびと興奮がむくむくと湧き上がり、冷えた体がじんとあたたまっていく。

まずは高菜のおにぎりをがぶりっ。

「……あー……う、うま……」

絶句した後、ため息混じりの声がでた。

食べたとたんに体にびびびっと電流が走り、水と養分をぐんぐん吸い上げていく植物のように、心がのびやかにみずみずしくなっていく。

高菜のしゃきしゃきした食感と出汁の旨味。ごはんの絶妙なにぎり加減と塩加減、天然の甘み。中に入った梅のこりっとした歯ごたえと酸味。すべてがあわさって、どうしようもなく旨い。

しっかりとしたつぶ感がありながら、口のなかでほろほろとほどけていくおにぎりは、山頂にたどりついたばかりの私を一瞬にしてさらに天に近いところまで連れていってしまった。夫と妹にも食べてほしい!結局1個を3人でわけた。

ほかのおにぎりも、お惣菜の煮物やきんぴらも、毎日食べたい!と唸ってしまう極上の味だった。シンプルな料理を、どうしてこんなにもおいしくつくれるんだろう。早朝からせっせと仕込んでくれたであろうおにぎり屋の店員さんたちの姿を思い浮かべると、また気持ちがほくほくしてくる。

おはぎは最後にみんなで食べた。あんこの素朴な甘さが疲れた体に染みわたり、やさしさを食べているような気がしてくる。これ以上のおはぎにはもう出会えないのではないか。それはひとくち食べたら忘れられない、あらゆる存在を包みこむようなやさしさだった。

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歩いて、歩いて、食べて、また歩く。山に登るという行為はあまりにも単純で、地道で、ごまかしが一切きかない。どんなにきつくても、転んで泥だらけになっても、私の足で歩ける人は私ひとりだけだ。山にいくと、その事実を否応なしに突きつけられる。

その一方で、山は、けっして偽りのない、ほんものの美しさとおいしさに巡り逢える場所でもある。壮大な自然のなかでは、私の一歩なんて微々たるものでしかないけれど、それでも歩き続けて顔をあげると、こんな絶景が目に飛び込んでくることだってあるのだ。

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そこで食べるごはんは、わざわざ形容する必要もない、奇跡のような味をしている。

また、歩こう。

そう思わせてくれる山ごはんが存在する限り、私はこれからも、夫の登山についていってしまうのだろう。そして山からおりてきたら、地続きの生活をまた、歩くのだ。

奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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