ふるさとの冬を連れてくる、ゆずの香りに願いをのせて。

晴れでも雨でも食べるのだ。 #8

2020.12.07

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は奥村さんの元に富山の実家から届いたたくさんの果物から、祖父母の家で過ごした大晦日の記憶を辿ります。「当たり前」で、「ふつう」だったけれど、振り返ると愛しい記憶。みなさんにもそんな記憶、ありませんか?


今年も冬がやってきた。

富山の実家から届いた大きな段ボールを両腕に抱え、いそいそとキッチンへ向かう。さっそく箱をあけると、ビニール袋にごろごろ入ったゆずとキウイで埋め尽くされていた。風雨に負けず、しぶとく生き延びてきたからだろうか。一つひとつの実に、えもいわれぬ迫力と貫禄がある。ところどころ傷があったり、土がついていたりと、ワイルドな佇まいだ。

もぎたての果実は、甘酸っぱい香りをキッチンいっぱいに漂わせ、自然の力強さと、あたらしい季節の到来を教えてくれた。

さて、どうやって食べよう。

大量のフルーツをいかに無駄なく食べ尽くすか。これは私に課せられたミッションであり、ささやかな楽しみでもある。

「今年は何個いる?」

毎年、秋のおわりになると、母から電話がかかってくる。祖父母の家で育てているゆずやキウイが収穫の時期を迎えるのだ。最近は高齢の祖母を手伝って、父と母がいっしょに手入れをしている。とりわけ、樹齢50年ほどのゆずの木は、草刈りなどの作業に労力がかかるらしい。

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祖父母の家の野菜やくだものには、幼いころから親しんできた。夏休みに遊びにいくたび、庭の畑でとれたトマトやきゅうりを食べていたし、お正月におせち料理として登場した自家製のかぶら寿司(塩漬けにしたかぶに塩漬けにしたブリを挟んで発酵させた北陸の郷土料理)や紅白なますには、ゆずの皮が入っていた。

ゆずは料理以外にも活用された。冬至の風習として有名な「ゆず湯」である。

祖父母の家で過ごす大晦日の夜はいつも、新聞で紅白歌合戦の曲順をチェックしながら、お風呂に入るタイミングを妹と話しあった。家族全員で天ぷらがのった年越し蕎麦を食べ、ゆず湯で体の芯までじんわりとあたたまったら、パジャマ姿で紅白歌合戦を鑑賞する。それが、私たち一家の大晦日の定番だった。

冬の北陸。木造一軒家の廊下は、凍てつくように寒い。肌を刺す冷たい空気のなか、全身をぶるぶると震わせ、まっしろな息を吐きながら脱衣所に向かった。ちいさなヒーターのそばで寒々と手をさすり、一刻も早くあたたかい湯に浸かりたい一心で服を脱ぐ。風呂のドアをあけ、ぽかぽかの湯気とともにやってきたやさしいゆずの香りを吸い込むと、心の底からほっとしたものだ。

湯に浸かり、ぷかぷかと浮かぶゆずを眺めるひとときの、静寂とおだやかさ。それはちょっぴり神聖な感じのする、平和ですこやかな冬の空気だった。

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ゆず湯からあがると、私たちの目はテレビに釘付けになった。好きな歌手の出番を逃さないように注意しつつ、ときどきお笑い番組にチャンネルを回し、お腹をかかえて笑う。紅白歌合戦がおわると『ゆく年くる年』の除夜の鐘に耳を澄ませ、その一方で黄色い歓声が飛び交うジャニーズのカウントダウンライブもちらちら見る。リモコンを持つ手が忙しかった。祖母や両親は「あんまり夜更かししないようにね」と私たち姉妹に一言声をかけ、一足先に寝室へと向かった。

そうこうしていると、元旦はあっというまにやってきた。新たな年を迎える前は、突然何かが一変するかのような予感でそわそわしていたけれど、それはいつも気のせいだった。私たちの気持ちなどおかまいなしに、あっさりと年号は切り替わる。

「あ、年、変わった。」

心は師走に置いていかれたまま、“0:00”の時刻表示をふたりでみつめた。

何も起こらない祖父母の家で、何も起こらない年越しをする。

そんな風景が、あのころは当たり前のように、たしかなものとしてそこにあった。

でも、当たり前のものは、いつのまにか当たり前でなくなる。

上京した私は地元から足が遠のき、祖父母の家に泊まりにいく機会は年々減った。祖父が亡くなり、祖母も高齢になり、盛大に餅つきをしたり大量のおせち料理を囲んだりすることもなくなった。手入れの負担を減らすため、畑も少しずつ縮小している。

家族全員で過ごす大晦日やお正月は、いつしかめずらしいものになり、懐かしさと切なさを胸に呼び起こす思い出となった。幼いころはたいして興味がなかった庭や畑を、都会暮らしに慣れてはじめて美しいと思うようになった。ひとり暮らしの冬に、実家から送られてくるゆずの香りが沁みるようになった。

祖父母の家があまりにも素敵な場所であるということ。そこで過ごす冬はびっくりするくらいあたたかいこと。みんなで何事もなく年を越せることが、どれほど幸せなのかということ。どれも、最近やっとわかってきたというのに。

今年は一度も帰省できずにおわりそうだ。

だからこそ余計に、届いたフルーツを大切に食べたい。祖父母や両親が手塩にかけて育ててきたふるさとの大地の恵みを、手間をかけて使い切りたい。

意気込んだ私は、苦手な料理をがんばることにした。キウイはまだ硬いので、まずはゆずを使ってみよう。さっそくレシピを検索した。

最初に作ったのは、ほんのりとゆずが香る紅白なますだ。祖母や母がよく作ってくれた定番のおせち料理である。塩もみした大根とにんじんを、砂糖と酢、ゆず果汁で和え、ゆずの皮で彩る。さっぱりとした常備菜ができた。

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次は煮物。ゆずの皮は、鍋物とも相性がいい。豚バラと大根といっしょに煮ると、ゆずの爽やかな香りと出汁の香りの相乗効果で食欲をそそられた。あざやかな黄色が添えられると見た目も華やかだ。

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砂糖で煮詰めて乾燥させると、おやつのゆずピールになった。まさに今この文章を書きながらつまんでいるが、手が止まらないので困っている。

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ゆずを丸ごと使い切るために、ジャムも作った。手作りだと、砂糖を加減できるのがうれしい。トーストに塗ったり、朝食のヨーグルトにトッピングしたりして活用している。

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果汁が余ったときは、はちみつと混ぜてお湯を注ぎ、ホットドリンクに。ポン酢やドレッシングにしたり、ハイボールに混ぜたりしてもおいしそうだ。

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こうしてゆずはさまざまな姿に形を変え、残り3個となった。カットして冷凍しようか、はちみつに漬けようか。はたまたぜんぶお風呂に浮かべてしまおうか。贅沢な悩みだ。

ゆずを料理している最中、その香りに包まれながら思い浮かべたのは、大晦日のゆず湯であり、元旦の手作りおせちであり、北陸の冬のにおいであり、軍手をはめてゆずの木を手入れする祖父母や両親の背中だった。やすらぎをくれるゆずの香りは、私にとってふるさとの香りそのものなのかもしれない。

次はいつ帰れるだろう。

 

ゆずはちゃんと使ってるから。キウイもちゃんと食べるから。ちゃんとあたたかくしてるから。

とにかくみんな、元気でいてよ。

奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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