あのころの私はきっと、全力でチョコまみれだった。

晴れでも雨でも食べるのだ。 #10

2021.02.12

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は、バレンタインのお菓子作りの思い出です。キッチンを盛大に散らかしながら作る、あの「友チョコ」。同じ記憶を持つ人も多いのではないでしょうか。


バレンタインデーがやってくる。街中がハートでいっぱいになる日。一般的には「大切なひとにチョコレートをプレゼントする日」。甘酸っぱい青春時代を思い出すひとも多いかもしれない。

けれども、私にとってのバレンタインを表現するとしたら「一年に一度、全力でお菓子を作り、チョコやクリームまみれになる日」だと思う。

特に思い出深いのは、小中学生のころに夢中になった「友チョコ」作りだ。友だちと交換する分、父に渡す分、それ以外の家族で分ける分とをかねて、強い意気込みと周到な用意でお菓子作りに臨んだ。

子どもながらに葛藤した経験は、一から何かを作りあげることがどれだけ大変で、同時にどれだけ心を躍動させるものなのかを教えてくれた。

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お菓子作りはいつも、レシピ本をうっとりと眺めるところから始まった。実家の本棚には母が若いころに買ったスイーツレシピ本が置いてあり、私は日頃からそれを甘美な夢の世界に浸るような気持ちでめくっては、時間が経つのも忘れて眺めていた。そして毎年、バレンタインが近づくと、ますます読み耽った。

「本からお菓子が飛び出してきたらいいのに……」

ケーキ、パイ、クッキー、マフィン、ゼリー、チョコレート……。そこには洋菓子店に並ぶような完成度の高いお菓子がずらりと並び、甘い匂いまで漂ってくるようだった。眺めているだけでよだれが止まらなかった。

きらびやかな写真のとなりには、アーモンドパウダーやバニラビーンズ、ラム酒といった、お洒落なカタカナ語の材料名が記されている。私にはそれらが一体どんなものなのか全くわからなかったが、わからないからこそ余計に妄想がふくらみ、あこがれは募るばかりだった。

私もかっこよくておいしいお菓子をつくってみせる……!!

同じレシピでつくれば、この写真と同じ見た目の優雅なお菓子ができあがる。そう信じて疑わない自信過剰気味の私は、どのスイーツをつくろうかと吟味した。

バレンタインだからやっぱり王道のトリュフや生チョコがいいかなあ。でもブラウニーやタルトもおいしそうだなあ。

家にある調理器具をチェックしたり、スーパーで材料を買い揃えられるかを考慮したりしながら、真剣に候補を絞っていった。

作るものを決めたら買い出しへ出発。両親は基本的に放任主義で、私のお菓子作りには口も手も出さなかったが、材料費だけは惜しまずに出してくれた。

材料のメモを片手に、板チョコだけで10枚近く、さらに生クリーム、無塩バター、ココアパウダー、ベーキングパウダー、ナッツなど必要なものを次々とスーパーのカゴに入れていく。家にある分だけで足りないようであれば薄力粉や砂糖も買い足して、全部で3,000円前後と子どもにしてはなかなか高額な買いものになった。

「お菓子の素」がどっさり入ったスーパー袋を持って家に帰り、さっそくキッチンとテーブルいっぱいに食材と調理器具をひろげる。

「よーし、つくるぞ!」

この瞬間は、おそらく一年でもっともいきいきしていたのではないかと思う。

粉の重さをはかってふるいにかける、生クリームを泡立てる、板チョコを細かく刻む……。華やかなスイーツが完成するまでには、数えきれないほどの地味な工程がある。今思えばどれも楽しさよりもめんどくささが勝ってしまう気がするが、当時はその一つひとつにあっと驚いたり感心したりしていた。

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小麦粉にバターや砂糖、卵を加えて混ぜるだけで、もったりとしたクリーム色の生地ができる。卵白を根気よく混ぜ続ければ、ふわっふわのメレンゲが立つ。板チョコを刻んで湯煎し生クリームを加えれば、シルクのように艶めくガナッシュができる。それらを焼いたり冷やしたりすれば、あこがれの、まばゆいお菓子が完成する。

異なる物資を絶妙な割合で混ぜ合わせ、力や熱を加えることで、ただの白い粉、ただのどろどろの液体にしか見えなかったものはみるみる変化し、心を惹きつけてやまないスイーツへと変貌を遂げていく。それはとても不思議で好奇心をそそる過程であり、同時に爽快感を覚える光景でもあった。

私は魔法使いになったような、化学者になったような、そんな誇らしい気持ちで、キッチンという舞台に立っていた。

でも、お菓子作りは楽しいことばかりではない。調理後はいつも地獄のような片づけタイムが待っていた。まな板にはチョコやバターが図太くこびりつき、ボウルもヘラも泡立て器もクリームでべったべた。何度も味見をしたからか、口のまわりもべったべた。服には茶色いシミができていた。キッチンやテーブルの周辺は、そこだけ雪が降ったかのように粉だらけ。散らばる時は一瞬なのに、後始末はおそろしいほどやっかいだった。

しかも、どれだけ苦労して作っても、かならず成功するとは限らないところがまた世知辛い。うまく生地がまとまらない。きれいに焼きあがらない。こうした失敗はめずらしくない。意気揚々とオーブンから取り出したのに、「写真と全然ちがうじゃん!」とがっかりすることだってあった。成形したクッキーやマフィンの生地をオーブンに入れる時も、チョコレートを冷蔵庫に入れる時も、心の底からわくわくしたが、同じくらいに祈るような気持ちだった。

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待っているあいだは何も手につかず、キッチンとリビングを行ったり来たり。いくら熱い視線を送ったところで出来栄えは変わらない、と頭のなかではわかっているのに、気になって仕方がなくて、数分おきに様子を確認した。常にやきもきしていたので、できあがった時は歓喜よりも安堵と疲れをどっと感じたのを覚えている。お菓子作りをした日はぐっすり眠れた。

できあがったお菓子は、100円ショップで買ったラッピング用の袋や容器に入れ、リボンで丁寧に結んだ。世界にひとつしかない私のお菓子。何時間もかけて選び、準備し、作りあげたお菓子。冷蔵庫にそっとしまい、学校に持っていく分はスクールバッグに入れ、潰れないように大事に運んだ。早く渡したい!とうずうずしながら。


しかし、家でも学校でも、お菓子を配るのは拍子抜けするほどあっというまだった。そして、友だちからもらった大量の手作りチョコを食べ尽くすのもまた、あっというまだった。交換する時は「ありがとう」と言い合うし、家では「ごちそうさま」と言ってもらえたが、それもやっぱり、驚くほどあっというまなのだった。

かけた時間もお金も苦労も、いともかんたんに、見えなくなってしまうんだ。

私はそれを痛感した。

でも、自分の手でお菓子を作り、だれかに食べてもらった経験そのものは、大きな歓びと自信になり、やわらかな記憶として心に残った。

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料理はあまり得意ではないが、この記憶のおかげか、お菓子作りは今でも割と好きだ。めんどくさがる気持ちに一時だけ蓋をして、今年も挑戦しようと思う。

あのころの純粋な楽しさを思い出させるために、バレンタインはやってくるのかもしれない。

奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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