春の芽吹きを知らせてくれる、ひだまりみたいな公園ランチ

晴れでも雨でも食べるのだ。 #11

2021.03.12

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は、公園で食べるテイクアウトランチのお話です。どんな時でも春はちゃんとやってくることを、公園ランチは教えてくれるようです。


「今日はテイクアウトにするけど、一緒に食べる?」

2月初旬、日曜日のお昼ごろ、ランニングを終えた夫から電話がかかってきた。天気がよいので、外でテイクアウトランチを食べようというのだ。

「13時半に公園で」
「はーい」

電話を切り、窓の外に目を向ける。あたたかい日差しが降り注ぎ、木々もアスファルトも乳白色に光っている。空の色は明度が高く、風はいかにもやわらかそうだ。少し前まで「寒くて外では食べられないね」と言っていたはずなのに、外で食べなきゃもったいないと思えるほど、その日の午後は春めいていた。

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さっそく自転車に乗って公園へ。コートを羽織らず走らせていると、あまりの身軽さにひゅう〜っ!と叫びたくなってくる。頬をさすように冷たかった冬の風は、羽毛のようにやさしい感触に変わっていた。

いまからごはん。公園でごはん。おいしいランチを食べるんだ〜。

思わず歌い出してしまいそうな高揚感に包まれたまま、自転車のペダルを勢いよく漕いだ。

公園近くのカフェでレモンスカッシュを購入し、あたりをうろちょろしていると、夫の青い自転車がこちらに向かってくるのがみえた。ランニングウェアに身を包んだ夫は、太陽の光を浴びてまぶしそうに目を細めている。

「久しぶりだから5キロしか走れなかったよ」

言葉とは裏腹に、満足そうな口ぶりだった。うららかな風に吹かれながら快晴の空の下を走るのは、さぞかし気持ちよかったことだろう。

心地よい疲れに、テイクアウトのランチがじわじわ効いていくのだ。運動をしていないわたしよりも、ずっとおいしく感じるにちがいない。花粉が飛び交う時期、わたしはランニングを控えているが、少しだけうらやましくなってしまった。

公園では、河津桜がつぼみをつけていた。その胸に光を大切に抱いているかのような、丸く大きくふくらんだつぼみだった。

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木のベンチに腰かけ、夫が大好きなスリランカ料理店『バンダラランカ』でテイクアウトしたランチを取り出す。ひざの上でトレーのふたを開けると、エキゾチックなスパイスの香りがむんっと立ちのぼった。

揺れる木漏れ日のなかで、すべての食材がひだまりに包まれ、あまりにも晴れやかな色をしている。わたしはなんだか安心し、同時にしみじみしてしまった。

「今年もちゃんと、春がやってくるんだなあ」と。

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そういえば去年の春先も、同じベンチで同じランチを広げていた。

なかなか外食ができないけれど、大好きなお店のメニューを存分に味わいたい。

そんな願いを叶えてくれたのが、このプレートランチだった。テイクアウト営業を始めたことをホームページで知り、「やったじゃん」「よかったねえ」と言い合いながら、自転車をたくさん漕いだ。その日の心が浮き立つような嬉しさは、いまでもよく覚えている。

2種類のライスと8種類のおかずがたっぷり詰まったスリランカスタイルのランチは、華やかでボリューミーで、見つめるだけでも元気がでる。その場をぱっと明るくしてくれる、食べものが持つ豊かな色彩とエネルギーに、わたしはいつも驚かされる。

チキン、レンズ豆、南瓜、大根、人参、春菊、ビーツ、ココナッツ……。カラフルな食材を大胆に使ったカレーや副菜は、どれも自然の旨みが見事に引き出されていて、食べていると広大な大地を走り回っているような気分にすらなってくる。

このランチを食べるたび、わたしは自分が生きものであることを実感できた。

スパイス料理、イタリアン弁当、カフェのサンドイッチやデザート。2020年はテイクアウトランチに何度もお世話になった。苦境に立たされている飲食店を応援したいという想いももちろんあったけれど、実際には、家にこもる毎日に花を添えてくれるおいしい料理の数々に、わたしたちのほうが助けられていた。

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特に、公園のベンチで食べていると、季節の移り変わりを直接肌で感じ、自分と世界との結びつきを確認できた。家にいるときよりも五感が研ぎ澄まされ、たくさんの刺激と安らぎを受け取っていたように思う。

季節の花や草木の澄んだ香りに満ちた空間で、陽光を浴びてふんわりと輝いている食べもの。それを作ってくれたお店の人たち。食べているわたしたち。同じ時間に同じ空間でのんびりと佇むすべての人たち。木の枝の上で自由にさえずる鳥や虫たち。

皆、密接なつながりがあるわけではないけれど、ゆるやかに世界を共有し、やさしい時間をつくりあげていた。

2月の下旬、公園の河津桜が満開になった。

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世の中のペースに乱されることなく、ひっそりとつぼみをつけ、凛とした花を咲かせる桜の姿に、わたしはなんだかほろりとした。

テイクアウトしたスパイスランチとドリンクをひざの上に広げ、一気に華やいだ公園を見渡してみる。

幸せいっぱいの表情でツーショット写真を撮るカップル。補助輪つきの自転車に乗った子どもと、その様子を必死に追いながらカメラに収める両親。桜の木の下で、静かにほほえむ老人。

それぞれの人生の断片が見え隠れする公園で、わたしはわたしの、夫は夫の休日を過ごし、桜は桜として美しく咲いている。

手元にはあたたかいごはんがある。

「今年もちゃんと、春がやってくるんだなあ。」

わたしはありがたさを噛みしめながら、もっと自由にごはんを楽しめるときが早く訪れますようにと願いながら、色鮮やかな自然のめぐみを黙々と頬張った。

奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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