大人になっても、びっくりドンキー。

晴れでも雨でも食べるのだ。 #12

2021.04.12

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回はあの「びっくりドンキー」を訪れます。大人になってから食べる「びっくりドンキー」のハンバーグはどんな味がしたのでしょう。みなさんには忘れられないファミレスの味、ありますか?


子ども時代に愛した食べもののひとつに、ファミリーレストランのごはんがある。ハンバーグ、ステーキ、オムライス、アイスクリーム、パフェ……。大好きなもので溢れた空間は多幸感に満ちていて、なんだか特別な感じがして、うきうきしながらメニューを選んだ。今でもときどき無性にファミレスのごはんを食べたくなるのは、ジャンキーでおいしいからというだけでなく、その頃の興奮を覚えているからなのではないかと勝手に思っている。

なかでも特に好きだったファミレスは、びっくりドンキーだ。「びくドン」の愛称で親しまれるハンバーグレストランは、まるでファンタジー小説や映画のように、日常とは一線を画した夢の世界へといざなってくれた。

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びっくりドンキーの存在を知ったのは20年以上前のこと。わたしはまだ幼稚園児だった。当時住んでいた札幌市はびっくりドンキーの本拠地ということもあり店舗数が多かったので、ドライブ中には必ずといっていいほどその独創的な建物と派手な看板に出会った。

一度目にしたら忘れられない変わった店名、「び」の濁点を「!!」で表現したインパクトのある看板、海外のテーマパークにある、魔女が支配するお城のような不思議な外観。国道沿いで、それらは明らかに浮いていた。

一体あれは何!?

わたしは車の窓から興味津々で見つめた。

「ここ、何やってるとこ?」
「レストランだよ」 
「ドンキーって何?」
「ロバだよ」 

両親とこんな会話をした気がするが、行きたい!と言った記憶はない。なぜならびっくりドンキーは、魅惑的であると同時にあまりにも得体の知れない存在だったからだ。

だって、自ら“びっくり”と名前をつけるくらいなのだ。どんなハプニングが待ち構えているかわからない。どんな料理が出てくるかわからない。無防備な子どもが入店するには、それ相応の決意と覚悟が必要だった。

見てみたい!でも、怖い……。

未知の世界への好奇心と警戒心がせめぎあい、わたしはいつまでたっても車の中から看板を見つめるばかりだった。

そんなびっくりドンキーが身近な存在になったのは、小学校高学年の頃だ。引っ越し先の近くに店舗があり、両親がときどき連れて行ってくれるようになった。

ずっと気になっていた謎のレストランへの入店。はじめてディズニーランドに行くような期待と興奮でドキドキしながら足を踏み入れた感想は、

「わあ!!ここ、やっぱりテーマパークじゃん!!」

だった。

木の質感を大切にした温かみのある内装も、アンティーク調の小物や飾りも、外の世界がほとんど見えない店の構造も、おとぎの国そのものだったのだ。

しかも、メニューが書かれた大きな木の板は扉の形になっていて、店員さんの手によって「ようこそ、びっくりドンキーへ!」といわんばかりに華麗に開かれる。そして開かれた扉の向こうには、ハンバーグやデザートで埋めつくされたユートピアが広がっている。

期待を裏切らないどころかひょいと超えてくるびっくりドンキーに、わたしはすっかり心酔した。

テーブルに運ばれてきたハンバーグは、それまで目にしてきたハンバーグとは違う見た目をしていて、またもやびっくりした。

薄いし、デミグラスソースも照り焼きソースもかかっていない。おいしいのだろうか?と心配になるほどシンプルだ。

でも食べてみると、舌によく馴染むやわらかい味がした。

何なんだこの味は!?

食べても食べてもその味の正体はわからなかったけれど、手と口は休むことなく動き続け、150gの塊をぺろりと平らげてしまった。さらにはデザートドリンクやアイスクリームも完食し、お腹も心もぱんぱんに満たされた。

当時のわたしは、転校したばかりで憂鬱な日々を過ごしていたが、びっくりドンキーでハンバーグの匂いに包まれているあいだは明るい気持ちになれた。そこは、細部までこだわり抜かれた空間とやさしいおいしさで夢の世界に連れて行ってくれる、心の砦のようなレストランだったのだ。

しかしその後、わたしの心は次第にびっくりドンキーから離れていくことになる。

中高生になると店の雰囲気を子どもっぽく感じるようになり、上京すると、あんなに好きだったファミレスそのものを心のどこかで軽んじるようになった。都会にはお洒落で個性豊かな店がたくさんあり、選択肢にすら入らなくなっていったのだ。帰省時に家族で食事をしようという話になったときも、ファミレスなんて嫌だと主張することが多くなった。

でも、都会に少しずつ慣れてくると、大事なのは店を上手に使い分けることだとわかってくる。ファミレスやファーストフードの便利さや安定感、コストパフォーマンスの良さに助けられ、魅力を感じる機会も多くなった。

そして何より、懐かしさを覚えるようになり、味そのものが恋しいと思う瞬間が増えた。食事の値段とか、珍しいかどうかとか、お洒落かどうかとか、そんなこととは別の次元に、舌の記憶や家族の記憶が存在しているのだった。

つい最近、妹と「びっくりドンキー、最高だったよね」という話をした。その日から食べたい気持ちが募り、先日、上京後はじめてびっくりドンキーを訪ねた。何年ぶりかもわからない、あのハンバーグとの再会だった。

都会のびっくりドンキーは、地方の郊外のような大規模な店舗ではなく、外観はあまり楽しめなかったものの、内装はやはり独特の世界観で統一されていて、ついにんまりした。メニューの板の扉がさっと開いたときは、「おお〜」と拍手しそうになった。

子どもの頃に戻ったみたいに、そわそわしながら料理が運ばれてくるのを待った。

ハンバーグとごはんとサラダが1枚の皿に盛られた定番のバーグディッシュプレートがやっくると、「これこれ!!」と興奮し、サラダの盛りつけを見て「あーこの感じ、変わってないな〜」とじみじみし、ハンバーグをひとくち食べて「うわー、懐かしい」とため息をつく。

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最後に大きなジョッキに注がれたいちごミルクを飲んだ時は、めちゃくちゃ甘い!びくドン最高!と叫びかけた。

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ひとりランチであんなに楽しく心の中で歓声をあげたのはひさしぶりだった。びっくりドンキーは、大人になってもやっぱりテーマパークだったのだ。

実家にはしばらく帰れていないが、いつかまた家族がそろったときには、びっくりドンキーに行ってみるのもいいなと思う。みんなそれぞれ歳をとって、丸くなって、大人になって、懐かしいねえ、と言い合いながら、あの独特なハンバーグをむしゃむしゃと食べるのだ。

きっとそれは温かくって、春みたいにやさしい。想像するだけで、泣いてしまいそうだ。

奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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