愛する町の甘味処にて、サンデーを食べる秋。

晴れでも雨でも食べるのだ。 #19

2021.11.09

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は、久々に富山に帰省した奥村さんが、子どもの頃よく立ち寄った甘味処「わかば」を訪れます。あの頃から変わったもの、変わらないもの…。時間の持つ優しさを、思い出させてくれます。


コスモスが揺れる秋晴れの日。思い出の土地をめぐる散歩旅に出た。2年ぶりに富山の実家に帰省し、次回いつ来られるかもわからないので、懐かしい場所を片っぱしから歩いてみようと思ったのだ。

いちばんのお目当ては、甘味処「わかば」。しっぽまで餡子がたっぷり入ったたいやきが有名な老舗で、新宿区若葉に本店、富山市にのれん分けをしたお店がある。小学生のころに住んでいた町の商店街の一角にあり、母と妹とよく一緒に立ち寄った。

人生で初めて出会い、初めて好きになった「甘味処」。私の甘味好きの原点ともいえるその店に、20年近くぶりに訪れた。

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私たち家族が「わかば」に訪れるのは、きまって夕暮れ時で、歯医者さんからの帰り道だった。すぐ近くに私と妹が通っていた小児歯科があり、その行き帰りに必ず店の前を通ったからだ。

「フッ素をしたので、30分は食べたり飲んだりしないでくださいね。」

歯をすみずみまできれいにしてもらい、こう忠告されたばかりだというのに、「歯医者の帰りといえばわかばでしょ」という暗黙の了解のもと、私たちは甘味処に向かった。

紺色の暖簾に書かれた「たいやき」の文字や、ソフトクリーム型のオブジェを見ると、私はいつも、複雑な気持ちになった。なんだか悪いことをしているような気になって、罪悪感を覚える一方、ダメと言われているからこそなおさら魅力的に思えて、どきどきしてしまうのだ。

「フッ素したから持ち帰りだよ。」

母に言われ、「ほんとはすぐに食べたいのに……」と恨めしくメニューを見る。

寡黙なおじさんが焼いてくれるあつあつパリパリのたいやき、棚にずらりと並ぶ艶やかな串団子や草団子、冷凍庫に陳列されたカラフルなソフトクリームやサンデー。

学校も歯医者さんも終えて緊張がとけ、ぺこぺこにお腹をすかせた私は、「30分経てば食べられるから!!」と自分に言い聞かせ、まばゆいおやつの誘惑と懸命に闘った。

そんなわけで、小学生のころは「わかば」に何度も連れて行ってもらった割に、店内で食べた記憶はほとんどない。だから今回は、席に座ってじっくり味わうのが楽しみだった。

実家から30分以上歩いて店の前にたどり着くと、力強い筆致でたいやきが描かれた看板と、あんみつやソフトクリームのレプリカが並ぶ夢のようなショーケースに迎えられた。

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「わあ……懐かしすぎる……」

胸がいっぱいになり、しばらく外観を眺める。長らく会っていない旧友に会うときのようなほのかな緊張感を覚えつつ、ゆっくり店の扉をあけた。

店頭にはやっぱりつやつやのお団子が並んでいて、たいやきを焼くおじさんの真剣な横顔があった。変わったのは冷凍庫の位置と、おじさんの白髪の量と、串団子の種類。あとは、私の体が大きくなって、冷凍庫のソフトクリームが昔よりも小ぶりに見えることくらいだろうか。

変わらぬ店の雰囲気に安心し、同時に月日の流れをしみじみと感じた。

この日、私が頼んだのは、昔いちばん好きだったメニュー「サンデーソフトのチョコレート味」。甘いチョコレートソースがたっぷりかかったソフトクリームは、さんさんと光を放っていて、運ばれてきたときはそのボリュームに「えっ、すごい!」と少し腰がひけた。

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持ち帰り用のサンデーよりもずっと大きくて迫力があり、しかもフルーツがたくさんのっている。

そうか。あのころは、持ち帰り用くらいのサイズ感がちょうどよかったんだな。

大きなサンデーを頼めるようになってしまったことに若干のさみしさを感じながら、まずはひとくち頬張った。すると、あまりの懐かしさに手が止まる。

あー、これだ……!そうそう、この味だわあ……。

大きさは違っても、味はまったく同じ。とろとろのチョコレートソースとひんやりしたソフトクリームがまざりあい、ノスタルジックな甘さで口の中がいっぱいになる。

濃厚なカカオの香りがするわけでもなければ、ナッツでおしゃれに着飾っているわけでもないシンプルなサンデーは、わたしをそのまま、小学生のころに引き戻した。

かちかちに凍ったサンデーソフトを、わくわくしながら店の冷凍庫から取り出したこと。

妹を自転車のうしろに乗せた母といっしょに、商店街を走って家に帰ったこと。夕焼けに染まる町と立山連峰の山並みが、うっとりするほどきれいだったこと。

家についたら時計から目を離すことなく、30分の経過を今か今かと待ちわびたこと。解禁された瞬間にサンデーソフトの蓋を勢いよくあけたこと。

次から次へとよみがえってくる記憶は、どれも愛おしいものばかりだ。

わたしにとって「わかば」は、幼いころに親しんだ大好きな町を象徴する店であり、食べる楽しみやわくわく感を詰め込んだ、おやつの缶詰のような存在でもあるのだと思う。

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サンデーソフトを完食した私は、たいやきとお団子をテイクアウトし、どっしりと大きな手提げを持って店を出た。帰り際、冷凍庫を見ながら「懐かしい〜」とつぶやいていたら、お店の人が微笑んでくれた気がしてうれしかった。

しあわせな重みを感じながら、思い出の土地を歩いていく。

通っていた小学校、夏休みに入り浸った小さな図書館、放課後に遊んだ公園、ラジオ体操をしていたお寺、友達が住んでいた家、私たち家族が住んでいたアパート……。

商店街の店は少なくなり、学校も児童館も改築され、公園からはぞうさん型のすべり台がなくなっている。昔は巨大に見えた建物は、ひとまわりもふたまわりも小さく見える。

でもどの場所にもおもかげはあり、ただそこにいるだけでいいよ、と包み込んでくれるような、のんびりと温かい町の雰囲気も消えてはいない。

私が育った町は、今もちゃんとやさしかった。

試しにしゃがんで町を眺めてみる。ほんの少しだけ、あのころ私の目に映っていた冒険に満ちた世界がよみがえった気がした。

計10キロ、5時間近く歩き、日が沈むころに私はようやく帰宅した。さっそく持ち帰ってきたお団子をどーんと広げ、家族みんなで分けて食べる。

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歩き疲れてお腹をすかせた私は思った。

今はおやつを好きなときに好きなだけ食べられる。30分待つ必要もない。
なんて自由なんだろう。

さらに、お団子をぱくぱく食べる家族を見ながら、こうも思った。

昔は買ってもらってばかりだった。でも今はこうして、私が家族におみやげを買って帰れる。

冒険だらけの毎日ではないけれど、大人になるのもいいものだ。

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奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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