どうしようもない夜は、ジャムを煮詰めて。

晴れでも雨でも食べるのだ。 #21

2022.01.14

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」
年末。「やるべきこと」に追われ、なんとなく気分の晴れない日々を過ごす中、実家から届いたゆずでジャムを作った奥村さん。ジャムを煮詰めていく工程が、大切なことを教えてくれたそうです。


12月のとある夜、私はショックを受けていた。実家からもらったゆずが、傷んでしまっていたからだ。つやつやしていた外皮はぼこぼこになり、ところどころ黒くくすんでいた。

私はすぐさまジャムのレシピを調べ、包丁とまな板を取り出した。夜9時を過ぎていた。

4年前から、毎年ジャムを作っている。

祖父母の家で採れたキウイやゆずが段ボールで送られてきて、どうやって食べようかと悩んだときに、検索すると必ずジャムのレシピにたどり着いた。

「うーん、ジャムかあ。おいしそうだけど、めんどくさそう……。でも一気にたくさん消費できるのはいいな。腐らせるくらいならやってみるか。」

そんな気持ちでトライしたのが最初だ。

けれど、やってみると夢中になった。出来上がったジャムはつやつや輝いていて、いつまでも眺めていたいと思ったほど。しかもなかなかおいしかったので、得意な気分になって、ねえ、見て!食べて!どう?と興奮しながら夫に話した。

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それからはもう、ジャムに頼りっぱなしだ。

フルーツが届いたら、「10個はそのまま食べて、2、3個は料理に使って、残りはジャムだな」と、おおよその計画を立てるのが毎年の習慣になった。

でも、2021年は違った。

年の瀬が迫る中、あれもしなきゃこれもしなきゃと焦っていた私は、届いたゆずを一度確認したっきり、ずっと放置していた。新聞紙で包むことも、保存袋に入れることもなく、もともと入っていた袋にごろんと入れたまま、外気に触れる状態で。

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最初は見惚れるほど立派なゆずだった。色鮮やかで、つるっとハリがあり、力強さがあった。いきいきと爽やかな香りもした。若草色の葉っぱがついた大きなゆずを見て、いいゆずだなあ、と微笑んだりもした。

けれども興味は続かなかった。

そのうち使おうと思っているうちに5日経ち、10日経ち、気づいたときには2週間が経過していた。

体調を崩した人の顔色が悪くなっていくように、ゆずはどんどんくすんでいった。シャープな形をしていた葉は茶色くしなびて、ふりかけのように袋の底に散り散りになった。

祖父母と両親が育ててくれた貴重なゆずなのに。しかも、例年よりも不作で状態の良いゆずが少ない中、美しく育った6個をわざわざ選んで送ってくれたのに。

傷んでしまったゆずを見て、私はただただ悲しくなった。
そのとき思い出したのは、昔の自分だ。

私がフルーツを能動的に食べられるようになったのは、最初の職場を辞めてから一年後。転職し、日々の生活に余裕が出てきて、勤務後の時間や休日を気楽に楽しめるようになってからだ。それ以前は、衣食住すべてが今の何倍も適当で、はちゃめちゃだった。

「キウイ送ったら食べる?」と聞かれたらとりあえず「うん」と答え、「◯個くらいでいい?」と確認されたらとりあえず「いいよ」と返したが、届いた荷物は放置した。しばらく経って食べなきゃ……と義務感に駆られて何個か食べても、結局一部は腐らせてしまった。袋いっぱいのいちじくを一つも食べずに腐らせて捨てたこともある。

考えることを避けているから、最初からもらわないという判断ができない。保存方法を調べる気力も、使い切る工夫をする意欲もない。そもそも食べること自体がめんどくさい。だからといって人にあげるのもだるい。

投げやりな返事をし、投げやりに消費し、結果、食べものを無駄にする。捨てるタイミングになってから、なんてもったいないことを……と後悔して自己嫌悪に陥り、でも仕方ないよね、と開き直る。いつもそうだった。

当時は、とにかく疲れていたのだと思う。それに、「暮らし方」がわからなかった。学生時代までは遊びと勉強で精一杯。社会人になったら仕事で精一杯。生活に向き合わないまま20代半ばを迎えた私が突然フルーツを手にしても、持て余すのは必然だった。

生活には、自分の意思と行動が必要だ。どんなに些細な家事や炊事も、自分が動かなければどうにもならない。外部の人やモノに委託する場合も、調べて選択してお金を払うという主体性がいる。

衣食住において、大人になってもずっと受け身でいたら、家の中はどんどん詫びしくなって、自己放任に限りなく近づいていく。

放置されて干からびていくフルーツは、自分自身に放置されていた私にそっくりだった。

ジャムを作ろう。

くすんだ色のゆずを見てはっとした私は、すぐさまレシピを調べ、包丁とまな板を取り出した。夜9時を過ぎていた。

まずはゆずを半分に切って果汁を絞り、薄皮と外皮に分ける。

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外皮を刻んだら何度か茹でこぼして苦味を減らし、薄皮と果汁、砂糖を加えて煮詰める。

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大きな鍋の中でゆずがくつくつと煮立ち、菜の花のようにやさしい色になる。さらには美しい艶を帯び、真夏の太陽のように鮮やかなオレンジ色へと変わっていく。

静かな夜のキッチンに、甘酸っぱい香りを含んだ湯気がゆらりと漂う。ごろっとしていたはずの果実が、とろとろのジャムに変身する。

木べらでその感触を確かめていると、心の中が透き通り、温かくなり、綿菓子のようにやわらかくなっていった。

出来上がったジャムは、まぶしかった。

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ジャムが綺麗だ。きっと私も、大丈夫。

謎の自信がみなぎった。

2021年の下半期は、ずっとぐずぐずしていた。なんとなく気が晴れない。何かを始めようとしても体が動かない。そんな日が多く、薄暗い森の中を歩き続けているみたいだった。

自粛生活が2年目を迎え、隠れていたストレスが徐々に表に出てきたのかもしれない。何事も中途半端な自分に苛立ち、これからどう生きていこうかと真剣に悩み始めたからかもしれない。隣の芝生が青く見え、目の前の幸せが見えづらくなった。

年末はやるべきことがいくつも押し寄せ、今年のうちにあれをしようこれをしようという焦りも急に出てきて、何からどう手をつけていいやらわからなくなって立ち往生した。

でも、ジャムを作ってみたら、頭も心もすっきりした。

一つひとつの工程を着実にこなして、煮詰めていけば、こんなにも鮮やかな色艶と味が出て、美しいジャムが出来上がる。

どうしようもない夜に、小さなあかりが灯った気がした。

奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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