モーニングを公園で。

晴れでも雨でも食べるのだ。 #25

2022.05.27

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は、奥村さんが最近始めた「朝の散歩」について。朝の美しさを知ると、憂鬱な夜も少しずつ、乗り越えていけるのかもしれません。


朝の散歩をはじめた。7時頃、出勤する夫と一緒に家を出て駅に向かい、夫を見送ってから1、2時間歩いて家に帰るというものだ。天気のいい日に、きまぐれで実行している。

おにぎりと水筒を入れた小さなリュックを携えて、あるいは途中のカフェで買ったサンドイッチと紅茶を手にぶらさげて、まだ人の少ない通りや公園をゆっくりと歩く。木陰のベンチで朝ごはんを食べる。凛とした朝の空気が体のすみずみまで行き渡り、自分がまるごと新しくなったような気がする。

それがとっても気持ちよくて、朝が少しだけ好きになった。

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私はもともと、朝が苦手だ。夫の出勤日は6時すぎにいったん起きるようにしているが、朝ごはんのおにぎりを渡して見送ったあとは、てきぱきと行動できた試しがない。

二度寝。うたたね。毛布にくるまってだらだら仕事。だらだら家事。目は半分もひらいていない。血圧が低く、気圧の変化にも弱いので、起きていてもぼーっとしていて、夢の中にいるみたい。頭も体もお昼になってようやく働きはじめる日が多い。私の中で、朝は活動するための充電時間になってしまっていて、もったいないなあと思っていた。

そこで思いついたのが、朝の散歩だ。

朝日を浴びて体を動かせば、きっと頭が冴えてくるはず。

一念発起、朝が早い夫と一緒に家を出てみることにした。

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散歩に出かける日の私は、ふだんの3倍速で動く。

6時に携帯のアラームが鳴ると、もう朝!?ありえない!!といつものごとくうんざりするのだけど、あなたは今から散歩に行くのよ、公園でおいしいモーニングを食べるのよ、素敵でスペシャルな朝を過ごすのよ、と呪文のように自分に言い聞かせると、ちょっとだけいい気分で起き上がることができる。

すでに起きて出勤準備をしている夫に、「今日も散歩に行く!」と宣言してからごはんをレンジで温め、目をこすりながら歯磨きをして、顔を洗い、夫のおにぎりを握る。テンションを上げるため、春の陽気に似合う明るい色の服に着替える。髪をささっと適当にまとめ、麦わら帽子をかぶれば準備完了だ。

「遅刻しちゃうよ、早くして!」

先に玄関を出た夫を早歩きで追いかけ、アパートのエレベーターで追いつく。にたにたしながら夫のとなりを歩く。たまにくくくっと声が漏れる。やけに楽しそうな私を見て、変な人だね、と夫はあきれたように笑う。

「今日はどこに行くの?」
「決めてなーい。」
「あの通りを歩いてみても気持ちいいいかもね。」

会話をしながら駅へ向かう。夫の早歩きは、私にとっては「早早歩き」。ついていくのが大変だけれど、それもまた朝という感じがしていい。

夫と別れると、わたしは一気にのろまになって、朝の街を観察する。

青く透き通ったビル、開店前のカフェの看板、だれもいない路地。昨日と今日で大きく変わったものなど、ほとんどないはずなのに、朝の澄んだ空気に包まれた街は生まれ変わったかのようにぴかぴかだ。

街も人間と同じように、夜になると眠るのだろうか。
真夜中に静かに呼吸を繰り返す街のイメージを思い浮かべ、私の心は穏やかになる。

街の一部としての自分という存在。街と共に目覚めていく心と体。
朝の散歩では、そんな不思議な感覚を味わえる。

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街並みを楽しんだら、公園へ。

まずは入り口で大きく深呼吸をして、すがすがしい空気を吸い込む。綺麗なものを見過ごしてしまわないように、ますます五感を研ぎ澄ませる。

温かいドリンクを片手に持ち、しっとりと水気を含んだ地面を一歩一歩踏みしめていく。足元では落ち葉がミシミシと鳴り、ときどき砂利がこすれあい、生まれたての音がする。

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草や土の匂い。砂利の感触。小鳥のさえずり。水たまりに映る空。
朝の公園の主役は自然だ。人間が会話をする代わりに、光や風や木々、ありとあらゆるものがささやきあっている。

自然が織りなす世界をできるだけ邪魔しないように、わたしは大事に大事に歩を進める。
一本の木にも、一枚の葉にも、数えきれないほどたくさんの色が存在し、その日の天気や光の当たり具合、風の方向によって見え方がまったく違う。

葉っぱからきらりと滴り落ちる朝露。はっと息を止めてしまうほど美しい木漏れ日。
そういう一瞬の輝きに出会うたび、世界が愛おしくなっていく。

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緑の並木道を通り抜けたら、お待ちかね。モーニングの時間だ。
木陰のベンチに腰かけ、サンドイッチやおにぎりの包み紙をあける。

起床時から空腹だが、散歩のあとは、ますますぺこぺこ。
しかも、春の陽気の中、気持ちいい朝風に吹かれながら食べるとなれば、そりゃあおいしいに決まっている。

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豪華な朝ごはんを用意する必要はない。
ただ公園に持っていくだけで、いつものパンもごはんも、格別な味になる。
朝の空気というフレーバーによって、あらゆるものがごちそうに変わるのだ。

起きてよかった。歩いてよかった。
心の底から思い、晴れた空を見上げる。

朝のピクニックを終える頃には、街や公園が活気づいてくる。

通勤途中の会社員、本を読みながら学校に向かう小学生、部活の朝練に向かう中学生、ブルドッグを散歩させている人、ベビーカーの親子連れ。土日だと、少年野球チームの練習試合や、消防団の訓練風景を見かけることもある。神社に行けば、境内の落ち葉を掃除している神主さんにも出会う。

みんなすごいなあと思う。全員が光って見える。
私にとっては、みんなみんな、超すごい。アメイジングだ。

一人ひとりの、たった一日しかない今日がはじまる。私はその様子を目撃している。それが奇跡に思えて、うれしくなる。私はいつだって、この世界の目撃者であり、当事者なのだ。シャキッとせねば、とも思う。

「ばっちこーい!」
小さな球児のかけ声に励まされながら、背筋を伸ばして家路を歩く。
家に帰ると、いつもよりちょっとだけ、がんばれる。

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朝がこわい。

私にも、そう思っていた時期があった。今でもたまにある。
朝は、希望と絶望が入り混じった時間だ。

学校がこわい。仕事がこわい。街がこわい。世の中がこわい。人がこわい。
このまま朝になってしまうことが、とてつもなくこわい。

そんな夜を積み重ねてきた。
これからもきっとあると思う。

でも私は、朝の美しさを知っている。
そのことが、やがてやってくる憂鬱な夜を、少しでも穏やかにしてくれたらいいなと思う。

明日からもきまぐれに、朝の空気とモーニングのおいしさを体に染み込ませていこう。

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奥村まほ

1992年、富山県生まれの文筆家。中央省庁とIT企業での勤務を経て、フリーで執筆・編集を軸に活動中。なにげない日常の煌めきや食べ物の記憶を言葉と写真で切り取るのが趣味で、おやつとミルクティーとスパイスカレーをこよなく愛す。note(https://note.com/kiizukimaho)では食べ物や暮らし、生き方にまつわるエッセイを投稿している。ポプラ文庫『夜更けのおつまみ』にエッセイ掲載。

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