家事しない漫画家と主夫が作る食卓――桜沢エリカさん一家の食卓
人気漫画家・桜沢エリカさんは、第一子が生まれたことをきっかけに、家事を夫にまかせて漫画に専念。エッセイ『家事しない主婦と三世代の食卓』(集英社)では、夫や桜沢さんだけでなく、大きくなった子どもたちの作るメニューも紹介されています。家族関係の変化につれて、食卓もゆっくりと変わっていくーー。そんな桜沢さん一家のごはんについて語っていただきました。
人気漫画家と専業主夫のもと、自由にのびのびと育った子どもたち
ーー現在、桜沢家はパートナーが日々の料理を担当されているそうですね。桜沢さんご自身は、どのくらいの頻度で料理をしていますか?
お料理はそんなにしていないかな(笑)。でも、先日出演したテレビ番組(テレビ東京『わたしのヒュッゲ』)では、娘のために作っている野菜スープを紹介しました。
夏は暑いから最近は作っていないんですが、寒い時期の朝は冷えがつらいだろうから、温かいものを飲んでほしいと思って。そしたら娘から好評でした。普段あまり台所に立っていない分、「もっとこうしてあげたらいいのかな」ということは意識して、時間のない中でも実践していきたいですね。
ーー桜沢さんのパートナーである青木武紀さんは長年専業主夫でしたが、外に働きに出るようになりました。家族内の家事分担も変わりましたか?息子さんと娘さんも成人し、お子さんたちが作った料理も紹介されていますね。
娘は好き嫌いが激しくて、自分のごはんは自分で作ることも多いんです。でも、家族のごはんは作ってくれない(笑)。息子は遠距離恋愛している彼女がいて、東京にその子が来る時は朝から晩まで甲斐甲斐しく彼女のごはんを作っています(笑)。
ーー桜沢さんご夫婦を見て育っているからこそ、ジェンダーバイアスにとらわれていないのかもしれませんね。コミックエッセイ『家事しない主婦と三世代の食卓』では「子どもたちも大きくなって家族揃っての食事が減っても、クリスマスのようなイベントごとは家族で食卓を囲みたい」と話すエピソードがありました。実際はどうでしょうか。
普段は二人とも遊びに出たらそのままって感じなんですけど、「今日の晩ごはんは○○だよ」って言うと帰ってくるんですよね(笑)。
ーー素敵な関係だと思います。
でも、なかなかうまくいかないこともあって(笑)。最近、娘がアルバイトから帰ってくる時間に合わせて、夫が予め夕食を用意していたんです。けれど、料理を温め始めたら「彼氏とお茶するから、遅くなる」って連絡がきて。夫は残念そうな顔でコンロのスイッチを切ってました(笑)。
多忙な中で出産。自分が働き、夫が専業主夫という選択は「それしかなかった」
ーー近年、働き方も多様化して男性側が主に家事を担うケースも増えています。しかし桜沢さんの世代だと、男女の役割も、まだ根強かったかと思います。桜沢さんは、そういった先入観をすぐに手放すことはできましたか?
私はすぐに慣れました。でも、わが家と同じように妻の方が外で働いているパターンだと、自分自身が家事をできていないことに負い目を感じている女性は周囲にもいますね。
ーー桜沢さんは、なぜすぐに切り替えられたのでしょうか?
付き合っている頃は、私が彼にごはんを作るのが楽しい時期もありました。でも、子どもが生まれてからは、仕事が忙しい中、おっぱいをあげるだけで精一杯で、家事まで手が回らなくなってしまって。「選択肢がそれしかなかった」って感じでしたね。
ーー桜沢さん、もともと料理が好きだからこそ、パートナーの家事のやり方が気になることはありませんでしたか?
いえいえ。なんせ、忙しかったから(笑)。でも、たまに様子を見に行くと驚くこともありました。茶碗蒸しを作る時に、だしの中に卵を割って落としていたことがあって。私は卵をといてからだしを加えるのが基本の手順だと思っていたので、ビックリしちゃって。でも、「おもしろいね、でもこれはこうするといいよ」と、説明したら納得してくれました。
ーーそういう場合のパートナーへの伝え方って難しいですよね。とはいえ、改善もしたいですし、コミュニケーションのコツはありますか?
ある日、煮物系の味の濃いおかずが三つくらい並んでいたことがあって(笑)。やっぱり、作っていると「自分の食べたい味」ばかりになっちゃうことってありますよね。でも、それは私たちが言葉にしないと気づかないから、ふわっと「今日何作るの?」って聞いて、「それとそれは味が似てるから、私これ食べたい」ってこっちからリクエストしています。相手への感謝を忘れなければ、甘えるくらいがいいと思うんです。
こまめな感謝の積み重ねが夫婦円満の秘訣
ーー20年以上連れ添った間柄でも感謝を忘れない夫婦関係なんですね。
感謝は「こまめに伝える」が一番です。私は自宅で仕事をしているのでずっと家にいるんですけど、本当に夫と顔を合わせるたびに「ありがとう」と伝えるくらいのイメージです(笑)。そういう姿を見ているせいか、子どもたちも自然と何かあると「ありがとう」と言ってますし、どんな時も言葉で伝えるのが良いんじゃないでしょうか。
ーー素敵です。
でもね、そんなに上手にいく時ばかりでもなくて。昔は私が仕事中に「これ食べたい」って言うと作ってくれたんです。だけど、今は彼も外に働きに出ていることが増えて、忙しいんですよ。だから以前みたいに急に食べたいものをリクエストすると、「それは下ごしらえがあるから前の日から言ってくれないと」と作ってもらえないことがあります(笑)。
ーー働き方が変わると、家事運用もどうしても変えなきゃいけないですものね。
けど、最近ビックリしたことがあって。先日、「夫も仕事だし夕食は簡単なものでいいや、そういえば冷凍庫に作り置きの餃子があったな」と思って「今日は餃子でいいんじゃない?」と伝えたら、夕方、夫が帰ってくると台所から、包丁の音がトントントン……と聞こえてきたんです。「冷凍餃子でいいんだけど」と声をかけたら、「俺もそう思ったけど、あれを焼いたら結局なくなっちゃうから、作っておこうと思って」だって!すごいなと思いました。
桜沢家の食卓を支えるスタメン調味料は?
ーー桜沢家のキッチンに絶対に欠かせない調味料を教えてください。
岩手県の佐々長醸造の「老舗の味 つゆ」という濃縮のだしを20年くらいずっと使っています。歌舞伎座の向かいの岩手県のアンテナショップで、たまたま見かけたものを買ってみたらすごくおいしくて。うどんやそうめんみたいな麺類から、天つゆなんかにも使ってます。
ーースパイスに凝る一方で、手軽な濃縮だしもうまく使っているんですね。
だし、とるの大変じゃない?私は凝り性なので、本気でやろうと思ったら、やっぱり鰹節から削りたくなっちゃうから危険なんですよ(笑)。この「老舗の味 つゆ」に出会ってからは、「こんなおいしいものがあるなら手をかけてだしをとらなくてもいいじゃない!」って思えるようになったんです。
ーー料理の価値観を変えてくれる調味料だったんですね。他にも愛用しているスパイスや調味料はありますか?
山椒は欠かせないですね。私、疲れて何も作りたくない時のために、冷蔵庫に鰻をストックしているんです。それを食べる時や、しじみの味噌汁を飲む時だとか、ちょっとしたものにも山椒の粉をふることが多いです。宅配の野菜をとっているので、そこで一緒に頼んでいます。
ーーお野菜の宅配を使う理由は?
おいしくて安全なものを食べたいからですね。たしか、代官山に住んでいた頃にポスティングされていたチラシで知ったのかな。あれから20年くらい継続しています。
「“安い”ってこういうことか!」
ーー桜沢さんは、広尾や代官山に住んでいた時期が長いと伺っています。その辺りってスーパーなどの食材を買う場所も少ないイメージがあります。お野菜の宅配サービスを使っていたのもそれが理由かと思うのですが。
手頃な値段のスーパーがありませんでしたから。今は成城に住んでいるんですが、引っ越してきて驚いたのが、「スーパーの値段」なんですよ。「“安い”ってこういうことか!」みたいな(笑)。
ーー成城も物価は安くはないですけど、代官山や広尾に比べたらお手頃なのですね。それで料理の幅が広がったということはありますか?
夫は倹約家なのですごくときめいていて、OKストアやオオゼキをハシゴしてますね。私はついつい便利だから駅の近くの成城石井で買い物しちゃうんだけど、「また石井(で買い物して)!」と叱られるんです(笑)。
変化する家族、変化する食卓
ーー息子さんが生まれてパートナーが専業主夫になり、娘さんも生まれ、桜沢さんのお母さまと三世代同居していた時期もあり、現在に至るまで紆余曲折を経ていると思うのですが、パートナーとの関係に大きな変化はありましたか?
そこまで大きな変化はないけれど、母と4年くらい同居していた頃は、夫も母も家事などの価値感の違いからストレスを感じていたようで、私は私で二人の間に入ることが多くて、すごく大変でしたね。その後同居をやめたら皆スッキリしたのか、夫も「もっとお母さんに優しくしてあげなよ」とか言うんですよ(笑)。
ーー程よい距離感が大事なんですね。そして息子さんと娘さんも成人して、今後はおそらくパートナーと二人で過ごす時間も増えていくと思われます。食卓はどう変化していくと予想していますか?
どうなのかしらねえ?今は私は更年期、夫は健康のためにお酒をやめているので、ゆくゆくはごはんのおいしい居酒屋や焼き鳥屋だとかに行くことが増えたらいいと思ってます。夫は「外食はもったいない」っていうかもしれませんけど(笑)。