「心の調子」を整える、ひとり時間

わが家の笑顔おすそわけ #3 「ひとり時間」〜甘木サカヱさんの場合〜

2020.05.15

小学生の娘が寝静まったのを見計らい、まだ起きている中学生の息子や夫、同居の義父母にひと声かけて家を出る。なるべく街灯の多い明るい道を選んで、一人でてくてく歩く。たいていはヘッドホンで音楽を聴きながらだけれど、ときには夜の住宅街の、家々から漏れ聞こえてくるお風呂やテレビの微かな音や、虫の声などに耳を傾けながら歩くこともある。
健康のためのウォーキング、と家族には伝えているけれど、実際のところ、夜のひとり散歩は私にとって、身体よりもむしろ心の調子を整えるのになくてはならない習慣だ。

もともと社交的な性格ではないので、大勢で長時間過ごしていると、どんなに楽しい時間でも後からどっと気疲れしてしまう。丸一日他人と賑やかに過ごしたら、そのあとできれば三日間くらいは一人で静かに過ごしたい。
独身の頃はそれでもよかったが、結婚して子どもが生まれると、そうも言ってはいられなくなった。

乳幼児の育児は24時間いつでもオンコールの当直勤務みたいなものだ。
義父母と同居するようになり、少しずつ子どもを預けて外出できるようになったのは本当にありがたかった。それでも子どもが小さなうちは、気が向いたときにふらりと家を出るわけにはいかない。
下の子が寝かしつける必要もなく朝までぐっすり眠れるようになり、そして「健康維持のウォーキング」が、主婦が1人でふらふら歩きまわるのにうってつけの大義名分だということに気づき、ようやく夜のひとり時間を確保できるようになった。

ヘッドホンから聞こえる音楽のリズムに合わせてひたすら両足を交互に前に出していると、仕事や家事の慌ただしさでごちゃごちゃに散らばった頭の中身が、少しずつしんと静まっていく。日中の、次々にやってくる人間関係の問題や片付けなくてはならないタスクや、それに対する感情を一つずつ吟味する。
そうしてやっと、私が今日いちにちイライラしていたのはあれが原因だったんだな、とか、子どもに対してあの言い方はなかったな、明日ちゃんと謝ろう、などと整理をつけることができるのだ。
もちろん、これはかなりうまくいく日の場合で、ずっとモヤモヤした思春期みたいな気持ちのままに家を出て、やみくもに勢いよくずんずん歩いて、すっきりしないままに帰宅することもよくある。
そんな日は、若いころによく聴いていた音楽がやけに感傷的に耳に響いたりもする。

ここ1年ほどの夜の外出には、ウォーキングに加えて、書き物仕事の場所を変えて気分転換するため、という大義名分も加わった。
手帳とノートパソコンをリュックに詰め込んで、少し離れた駅前の、ちょっとした繁華街にあるファストフード店へと歩く。人もまばらな店内でしばらく集中して仕事をして、帰り道はまた散歩して帰る。
ただのウォーキングと違って、ひと仕事終えたのだという言い訳が立つので、つい帰りに寄り道して一杯飲んでいくという、まるで昭和のサラリーマンのような癖ができた。
帰宅してから飲めばいいようなものだが、仕事終わりに立ち寄って飲む一杯は格別なのである。
今なら、酔って帰って奥さん方から冷たい目で見られる波平さんとマスオさんの気持ちがよくわかる。寝静まった家族を起こさないよう、泥棒のように忍び足で帰宅する気持ちもだ。

はじめのうち、私が立ち寄るのはチェーンの安居酒屋だったのだが、学生さんの集団客がちょっと賑やか過ぎたりして辟易していたところに、あるとき顔見知りのママさん集団とニアミスして気まずい思いをして、ここは私の安住の地ではない、と気づいた。

それからは、居心地よくひとり時間を過ごせる店を求めてあちこち探し歩いた。
女一人でカウンターで飲んでいると、若くも綺麗でもないところが却って気安く感じるのか、中高年男性にしばしば声をかけられたりする。こちらは賑やかに過ごしたい訳ではなく、当然だが出会いを求めてもいない。ひとりで飲みたいからひとりで来ているのだ、というだけのことを角が立たないようにやんわりと説明するのも面倒だ。
気分的には角を立てたって一向に構わないのだが、万が一激高されると厄介だし、家が近所なので、甘木さんとこの奥さんが深夜に飲み屋で男ともめていた、などと変な噂が立っても困るのである。

そんな経験をつむうちに、主婦のひとり飲みに最適な店の条件がわかってきた。
まず第一に席数の少ない、個人経営の店であること。そして店主がきちんとすべての席に目を配っていて、行儀の悪い客はきっぱりと断ってくれること。
そういう店は常連の客に愛されているのは言うまでもないが、かといって特定の常連客がやたらと幅をきかせているようなのもちょっと居心地が悪い。店主があまりに話好き、詮索好きなのも個人的には困る。
そんな面倒な条件をすべて満たす店を、長いことかかってついに幾つか見つけ、隠れ家的なショットバーや、女将さんが1人で切り盛りしている小料理屋に立ち寄るようになった。

常連と呼べるほど足繁く通っているわけではないが、店主に顔と名前を憶えてもらい、好みに合ったお酒やつまみを勧めてもらって、ゆっくりと飲むのは至福の時間だ。
私は子どもから「お母さん」と呼ばれるのも、ママ友から「〇〇ちゃんのママ」と呼ばれるのも、仕事中にお客様から「店員さん」と呼ばれるのも決して嫌ではない。それでもたまにこうやって、属性抜きの個人名のままの飲んだくれでいられることが、何にも代えがたいガス抜きの時間になっている。
最近、夜に飲みに行くことが難しいご時世となりしばらく自粛をしているが、なじみのお店の経営を心配することしかできないのが歯がゆく、楽しく酔える日が一日も早く戻ることを願ってやまない。

子どもが産まれたばかりの頃、寝不足で常にもやのかかったような頭で、一人でふらりと出かけることなんて夢のまた夢のように思っていた。
あの時の自分と、そして今現在どうしても一人になれない状況にいるひとたちに、毎日お疲れ様、そして自分が思うよりもきっと早く、少しずつ自由がもどってくるからね、と伝えたい。

甘木サカヱ(よく眠りたまに色々考える主婦)

義父母と同居する二児の母。気力体力ともに常に赤ゲージの、生活力の低い主婦ライター。
絵本好きが高じ、蔵書は約1200冊。
Twitterでは「よく眠りたまに色々考える主婦」の名前でフォロワー約9万3千人(2020年2月現在)。
少しでも家事をラクにこなすため、今日も夢想と試行を繰り返す。

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イラスト:かわべしおん

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