1冊の絵本から始まる幸せな休日

わが家の笑顔おすそわけ #4 「食べものの本」〜shin5さんの場合〜

LIFE STYLE
2020.06.12

以前、連載を執筆させていただいたアイスムで、またコラムを書くことになりました。
テーマは「私の好きな本」。小説やエッセイ、絵本や漫画など何でも読みますが、特に好きなのはごはんが出てくる物語。本の中の世界で、食べられないはずの料理がおいしそうに見えたり、いい匂いがするようなお話が大好きです。今回は家族と過ごす日常の中から、おすすめの1冊を紹介したいと思います。


雨の日の日曜日。ベランダの草花がしっとりとしている。
窓を開けると、湿った雨と土の匂いが、強い風にのって部屋に流れ込んだ。

今日は朝から、こどもたちと外で遊ぼうと決めていた。玄関にはバトミントンのラケットと砂遊びセットが置いてあり、しゃぼん玉用の石鹸水を満タンにした容器や、芝生の上に敷く厚手のキャンプシートも用意してあるほど楽しみにしていたのだ。

朝早くから、僕とこどもたちが公園にでかける日は、妻はゆっくり10時ごろに起きて簡単なお弁当を作って家を出る。お昼前に合流したら、外でお昼ごはんを食べ、またこどもたちと遊び、家に帰ってお風呂に入ったら夕方には疲れて寝てしまう。そんな休日の予定だった。

昨日の夜に一緒に準備した小学生の双子は落ち込み、3歳になった娘は気にせずおままごとを続けている。

「天気予報は晴れだったのにね。残念だね。」

こどもたちにそう言いながら、玄関の荷物を横目にゆっくりとキッチンに移動した。

落ち込んでいても仕方ない。冷蔵庫を開け、さっと朝ごはんの支度をする。
目玉焼きとソーセージを焼く匂いに、高校生の長男と、妻が起きてきた。

フルーツ

雨の日は、のんびり本を読んだり部屋の掃除をして過ごす。
ふとソファーを見ると、3歳の娘をはさむようにして双子が絵本を読んでいた。

ぐりとぐら。のねずみの双子が森の中で大きなたまごをみつけて料理を作る物語。
ずっと昔からある絵本で、こどもたちや僕と妻も好きな1冊だ。

「ぼくらの なまえは ぐり と ぐら
 このよで いちばん すきなのは
 おりょうりすること たべること」

わが家の双子は、そのフレーズをいつまでも覚えていて、元気よく読みはじめる。絵本の世界は、雨を忘れさせてくれる魔法がある。憂鬱な梅雨の時期も、台風の日も、外にでかけられない時に、こどもたちが静かになるのはこっそり悪さをしているときか、絵本を読んでいるときだ。


そんな光景をみながら、キッチンで乾いた食器を戻していると、長男が牛乳を飲みにやってきた。

男子高校生ともなれば、肩が並ぶほど身長も高い。長男が幼いころは、妊娠中の妻が入院しているとき一緒に料理をしたこともある。もう10年以上前のことだ。懐かしい。

牛乳の口ひげをつけたままの長男も、絵本を読む声を聞いていた。

「懐かしいね、ぐりとぐら。パパと二人だけでカステラケーキ作ったよね。」

「よく覚えていたね。パンケーキミックスで作ったのに、失敗したっけ。」

「でもおいしかったよ。ママが喜んでくれて嬉しかったの覚えてる。」


ぐりとぐらの絵本を読んで、一緒にカステラを作ったのを思い出した。

フライパンでパンケーキのように作ればいいのか、オーブンで焼いたらいいのか分からず、少し焦げてしまったカステラケーキ。シングルマザーだった彼女と結婚して、初めて家族になったステップファミリーの僕たちは、よく遊んでよく失敗してよく笑っていた。息子が調子にのって怒られるときは、僕も一緒に怒られた。

絵本の物語や、一つの料理だけでタイムスリップしてしまうほど、思い出がたくさんある。

ぐりとぐら

「ぼくらの なまえは ぐり と ぐら
 このよで いちばん すきなのは
 おりょうりすること たべること」

森の動物たちみんなで食べる甘いカステラは、ふわふわしていて、しっとり甘い。

冷蔵庫をあけて材料があることを確認すると、妻もキッチンにやってきて製菓用の泡立て器や粉ふるい器を出してくれた。

「これから作るんでしょ?今度は失敗しないように教えてあげよう。」

「助かるよ。こどもたちにも手伝ってもらおう。」

「私も久しぶりに、ぐりとぐらのカステラケーキ食べたくなっちゃった。」

カステラケーキ

家族みんなで作った、ぐりとぐらのカステラケーキ。

材料を混ぜて、オーブンで焼くだけなのに、甘い香りが部屋に広がっていく。オーブンの様子が気になるこどもたちは森の動物のようで、ときどきキッチンにやってきて中をのぞいて楽しみにしていた。

焼きあがりのカステラはとても熱い。少し熱を冷ましてから切り分けると、こどもたちは満足そうに食べ始める。

「懐かしい味がする。やっぱりおいしいね。」
「今度はジャムをいれてみようよ。」
「バナナいれたらもっとおいしくなりそう!」
「パパ、もっとたべたい。」

1冊の絵本から始まる幸せな日常。

家の中にいる小さな森の動物たちが、口いっぱいにカステラを頬張る姿はとても可愛らしい。
気がつくと、さきほどまで降っていた雨は止んで、雲の間から太陽の光が差し込んだ。
こどもたちは瞳を輝かせて喜び、コーヒーを飲む僕をじっと見つめてくる。

このカステラを食べ終えたら、少しだけお散歩をしよう。

虹のかかる芝生の上でしゃぼん玉を飛ばして、絵本のような雨上がりの世界で遊ぶこどもたちの笑顔を、写真に残したいと思った。


ご紹介した本

ぐりとぐら

『ぐりとぐら』
中川 李枝子 作, 大村 百合子 絵(福音館書店)

詳細はこちら


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