17歳、夏、鹿児島。

わが家の笑顔おすそわけ #6「思い出の旅」〜5歳さんの場合〜

LIFE STYLE
2020.08.19

17歳の夏。僕は青春18きっぷを握りしめて鹿児島を目指していた。

キッカケは雑誌に載っていた一枚の写真だった。

好きだった旅紀行のページに、真っ赤に染まった海の写真が載っていた。鹿児島県の離島、硫黄島で撮られたもので、その写真から僕は目が離せなくなった。

硫黄島の海底からは硫黄が湧いていて、それが科学反応を起こして海を赤くしているのだそうだ。その旅紀行を何度も読み返しているうちに、実際に見てみたいという気持ちが高まって、夏休みに鹿児島の硫黄島にいく旅の計画を立てた。

青春18きっぷは鈍行列車ならどこまでも行けるというお金がない若者にとってはめちゃくちゃ便利なきっぷ。小さい頃、祖父が青春18きっぷを使って電車に乗るところをみて「青春でも18でもないのに大丈夫なのか?」と思っていたが、18歳以外の老若男女もちゃんと使える。

青春18きっぷ、電車の旅

夏休みになると僕は、ザックに寝袋と服を何着かだけ持って、さっそく鹿児島を目指した。

東京から鈍行列車を乗り継ぎ、20時間以上掛けて鹿児島まで辿り着いた。フェリー乗り場にはザックを背負った大学生たちがそこらへんの床で寝ていた。 明日はついに硫黄島だ。わくわくした気持ちで夜を明かした。

硫黄島へと向かう船に乗り込んだときの興奮を今でも思い出す。

「船出」という言葉には「新たなる場所に向けて出発する」という意味があるが、知らない世界を目指して海に出るところに人生を感じた。気分は『HUNTER×HUNTER』のゴンだったし、『ワンピース』のルフィだった。僕はその後の人生で何度となく旅に出ることになるのだが、この時の船出の高揚感が忘れられなかったのだと思う。

硫黄島に近づくと、写真で見たまんまの赤い海が広がっていた。

「うわ〜写真の通りだ〜」

高校生だったので安直な感想ではあったが、雑誌で見ていた光景が実際に目の前に広がっているのを見ると、本物だ!本当にあったんだ!とめっちゃ素直に感動した。

雑誌で見たこの海を実際に見たいと思ってここまでやってきた。赤い海にも感動したが、それと同時に、見たいと願い、そしてそこまで辿り着いたこの旅自体にふるえる思いがした。

硫黄島の港で赤い海をずっと眺めながら、「完全に『金田一少年の事件簿』に出てきそうなだな〜」なんて思っていた(マジでそのくらいに海が赤い)。

赤い海を見てすっかり満足したが、高校生だった僕の旅計画は、ここまでしか立てていなかった。普通、旅行って宿泊先から探すものだが、この島に来ること自体が目的だったのでそのほかのことは何も考えていなかった。

ところがとりあえず売店でカップラーメンを買ったところ、そのお店のおばちゃんと仲良くなり、「部屋があるから泊まっていいよ」と言ってもらい、あっという間に宿泊先が決まった。

今考えると「人の好意に対してどんだけ素直に甘えるねん!」とツッコミを入れたくもなるけど、そこは若者の特権である。おばちゃんの広げてくれた懐に、僕は思いっきりダイブした。

おばちゃんは「遠慮しないで泊まっていきな〜」と言ってくれたものの、僕もタダで泊めてもらうわけにはいかない。そこで「ここで働かせてください!」と願い出たわけです。リアル千と千尋の神隠し。なんなら千と千尋の神隠しの公開前の話ですから、僕こそが元祖『千』だったかもしれません。しかもおばちゃんは島の温泉&温泉プールの管理をしていて、掃除の手伝いをさせてもらうことになったのです。いや、温泉で掃除の仕事って…。むしろ僕は『千と千尋の神隠し』の原作だったかもしれない。

僕は一宿一飯の恩義を返すために25mプールをピカピカに掃除した。 真夏の離島で汗を掻きながら温泉掃除をしている僕は、活き活きとしていたと思う。雑誌の写真をキッカケに鹿児島の離島にやってきて、なぜかプールの掃除をしている。こんな状況になることを誰が想像しただろうか。でも「生きてる」って感じがしたし、人生の楽しさって予測不能なところにあるんじゃないかと、17歳ながらに思った。

大人になると意外と、「行きたい場所に行ってみる」ということはなかなかできない。

高校生だった僕には縛られるものが何もなかったので自由に行動できたのかもしれない。でもその後も色々な場所に行ってみることになったのは、あの高3の夏の旅がキッカケだ。

自分の未来の予測が全部ついてしまったとしたら、随分退屈な人生になるだろうなと僕は大人になった今でもそう思うのだけど、未来の予測がついてしまいそうな時は、旅に出たくなる。

息子を連れて二人で東北旅行に行ったり、九州へ行ったり、今でもまだ見ていない景色を求めてあちこちへ行っている。そして息子たちは家に帰ってくると「今度はどこにいく?」と僕に聞いてくる。

いずれ息子たちが一人で旅に出るようになる。僕がお供ができるのもあと何年もないだろう。そう思うとさみしい気持ちもあるが、一人旅の楽しさを一番知っているのは他ならぬ僕なので、旅から帰ってきた息子に向かって「おかえりなさい」というシーンを想像するのも楽しい。そんなことを思いながら、今年の夏はどこに行くかを考えるのであった。

この記事をシェアする
アイスム座談会