楽しいおにぎり弁当

わが家の笑顔おすそわけ #12 「おにぎり」〜ぼくさんの場合〜

LIFE STYLE
2021.02.20

書籍撮影の仕事中、担当さんに「おにぎりを作る意味がわからなくて…」と言われ、ぼくはうまく返事をすることができませんでした。それまで「作る意味」なんて考えたことがなくて、考えてみても「食べやすい」くらい。むしろおにぎりは中に入れる量に限りがあるため、おかず大好き人間のぼくにとって、ちょっぴり損した気持ちになる存在ですらありました。「自分もわざわざ握ることはないですねぇ」と、差し障りのない返事をしてぼくはその日の撮影を終えました。

幼い頃のぼくは「食」がとっても細かったそうです。自分の中でもうっすらと記憶にあって、咀嚼や嚥下が下手なうえに、食事以外のことに興味が行ってしまい、食べ終わるまでに時間がかかっていました。ぼくの父親は友達から恐れられるほどに厳格なのですが、そんな父から毎日のように「早く食べなさい」と叱られていると、食事自体に恐怖を感じるように。幼稚園に入る頃には、「今、食べたくない気分…」と、食事前に泣きだすことが多くなっていました。

幼稚園から持ち帰ってくるほとんど残した弁当を見て、母親はひたすら悩んだそうです。そこで思いついたのがキャラ弁(おにぎり)!当時、キャラ弁を持ってくる子供は少なくて、持っていくとヒーロー的な存在になれました。

蓋を開けた瞬間、とろろ昆布を巻いたトトロや、鰹節をまぶしたクマさんなどのおにぎりが顔を出し、友達がワッとぼくの周りに集まってくる。母がそんな素敵なおにぎりを持たせてくれるようになってから、ぼくの中でごはんの時間が少しずつ楽しい時間に変わっていきました。

小学校に上がり、給食が始まる頃には食事の恐怖もすっかり消え、陸上部に所属した中学時代には、早朝の朝練・放課後の練習で運動量が爆発的に増え、食欲も凄まじかった(一食に袋ラーメン3袋は軽く食べていた…)ため、母親が毎朝おにぎりを持たせてくれました。具はいつも同じで、塩をよく効かせた紅鮭のおにぎり。運動で汗をかくという理由からなのですが、それが本当においしくて、よく友達と取り合いになっていました。自分が食べられないこともしばしば…(笑)。3年生になる頃には毎日4〜5個作ってもらっていましたが、今思うと「鮭代、馬鹿にならなかっただろうな…」と、少し申し訳ない気持ちになります。

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月日は過ぎ、ぼくは社会人に。前にも書いた通り、アニメ会社に勤めている頃は帰宅できないほどの激務だったので、深夜のコンビニおにぎりには大変お世話になりました。

そして、独立→結婚を経て、二人の子供に恵まれた今。つい去年の10月のことです。2歳を迎えた我が家の長男が、保育園で初めて遠足に行くことになりました。コロナの影響で遠出はできないし、安全のためにお弁当は保育園で食べるそうですが、遠足には違いありません。ぜひとも思い出に残るようなお弁当を作ってあげたい!と、遠足へ行く本人以上にテンションが上がっている自分(笑)。早速その日のうちに、息子の大好きなバイキンマンのお弁道箱やお弁当袋などをネットで購入しました。

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遠足当日。夜行性のぼくが、その日だけは目覚ましが鳴る前の5時に起き、弁当を作りました。

ちょっとでも楽しいお弁当になれば…と、彩りに気を使ったり、タコさんウィンナーにバイキンマンのピックを刺したり。中央にはアンパンマンのおにぎりをドドーン(鼻の部分の紫色に手こずり、バイキンマンおにぎりは作れませんでした。)

気に入ってくれるかな…と、少しの不安が入り混じったお弁当を息子に持たせて園まで送りました。その後も、今頃食べている時間かな…とそわそわ。

でも息子は満面の笑みで帰宅し、きれいに食べ切ったお弁当を渡してくれました。正直、今まで作ったどんな料理よりも楽しく、緊張し、嬉しかった…。

こんな風に改めて思い返してみると、おにぎりは「自分が食べるため」というよりも、「食べる相手に笑顔になってもらうため」に作るものなのかもしれません。

きっと、あの頃の母も「お昼ごはんの時間が少しでも楽しいものになるように」と、気持ちを込めてキャラ弁を作ってくれていたのだと思います。

もしまた担当さんと仕事をご一緒する機会があったら「おにぎりは作った相手を幸せにするのかもしれない」と伝えたい。そして、来年から幼稚園が始まる長男に、楽しいおにぎりが入ったお弁当を持たせてあげたい。そう思うのです。

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