懐かしの昭和カラフル菓子と祖父のこと

わが家の笑顔おすそわけ#24「思い出のお菓子」〜甘木サカヱさんの場合〜

2022.02.28

今は亡き母方の祖父は、お菓子が大好きな人だった。

そう書くとなんだかかわいらしい感じだが、祖父のお菓子好きは、当時幼かった私の目から見てもちょっと常識外れなレベルだった。

今から40年ほど前の話である。いい大人が、日がな一日お菓子の袋を手放さず、甘いお菓子ばかり食べていたのだから。

それでごはんが入るお腹の余裕があるわけもなく、しばしば祖母に「お菓子を食べすぎるからごはん食べられないんだよ!」と、まるで子どものように叱られていた。

それにもめげず、祖父は暇さえあれば(そしてリタイア後なので大抵は暇なのだった)お菓子をむしゃむしゃ食べていた。

孫にはめっぽう甘い祖父であったが、私がお菓子を食べていると、「じいちゃんにも一つくれや」と幼い子のお菓子にまで手を伸ばさずにいられなかったのだから、筋金入りの甘党、もはやスイーツジャンキーである。

祖父の名誉のために言うと、決してケチなわけではない。特に初孫で、目に入れても痛くないほどかわいがってもらった私は、よく祖父の膝に乗ってお菓子のご相伴に預かった。 

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そんなわけで私にとって、懐かしのお菓子、思い出深い菓子と言われて真っ先に思い出すのは、祖父と一緒によく食べた、昭和の香り漂う菓子たち。中でも印象深いのは、カラフルな砂糖菓子だ。

動物ヨーチ、四季の花…砂糖衣を纏ったビスケット

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私が特に喜んで食べたのは、動物ヨーチという、さまざまな動物の形のビスケットの裏面に、パステルカラーの砂糖衣をかけたお菓子だ。

ビスケットのサクサクとした歯ごたえに、糖衣のカリカリとした食感と甘さ。
そして何よりもかわいらしい見た目が大好きだった。

私が幼い頃はかなりメジャーどころのお菓子だったと思うのだが、ここ最近はめっきり見かけなくなってしまった。まだ買えるのだろうか…と調べると、メーカーは全国でも指折り数えるほど少ないながら、現在でもちゃんと作られ続けているとのことだった。

ところが、私の行動圏内のスーパーをもれなく回っても、どうしても動物ヨーチを見つけることができない。

困った私は、おそらく日本一有名な菓子専門店、上野アメ横にある巨大なお菓子屋さん、「二木の菓子」へと足を運んだ。

まさにお菓子のデパート。いくつもに分かれた建物をぐるぐると歩き回り、一生分のお菓子を見たのではないかと思った頃、私はついに探し求めた動物ヨーチに巡り合うことができた。

びっくりするほど大きな袋で、業務用では(なんの業務?)と思われるほどの量だったけれど、久しぶりに見る動物ヨーチは当時と変わらぬ優しいパステルカラーで、見ているだけでウキウキとしてくる。

そして偶然だが、動物ヨーチの隣に並べられていた、もう一つ懐かしいお菓子とも出会うことができた。

小さな楕円形のビスケットに、これまたカラフルな砂糖衣をかけたお菓子だ。食感はサクサクと軽く、素朴な甘さが後を引く。れんげの花のようなトゲトゲとした見た目に、幼い頃の記憶が一気に蘇ってきた。

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「四季の花」。昔は名前なんて気にしていなかったけれど、そんな風流な名前のお菓子だったのか。

これまた大容量のパックではあったけれど、懐かしさには抗えず、いそいそと買い物カゴに入れた。 

食べるチョーク!?バナナの形の「フローレット」

すでに二つもお目当ての菓子に出会ってほくほくの私だが、わざわざアメ横まで足を運んだのには、もう一つ目的があった。

動物ヨーチを上回るSレア昭和カラフル菓子、まさに幻のお菓子探しである。

再び店内をぐるぐる歩き回り、ようやくその姿を見つけた時には、まるで数十年ぶりに幼馴染にあった時のような感動さえ覚えた。

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その名は「フローレット」。

しかしフローレットは、ちょっと説明の難しい砂糖菓子だ。

形は小さなバナナ型で、色はカラフルなパステルカラー。食感はかなり硬いが、口溶けはよい。

クリスマスケーキに乗っているサンタクロースの砂糖菓子の、密度を少し落としたような…と言うのが一番近いだろうか。

幼い頃に食べて以来、売られているのを一切見かけたことがなかったので、てっきりもう手に入らないと思っていたのだが、ネットで検索をしてみると、わずかに一社、九州のメーカーだけが現在でもフローレットを作り続けているということだった。

このお菓子をご存知の方は、かなりご年配か、それでなければ私のように祖父母世代の人にもらって食べていたのではないかと思っていた。

しかしネットの情報では、若者に人気のASMR動画(様々な食べ物の咀嚼音などを高性能マイクで録音した動画)で、「食べられるチョーク?」などと取り上げられ、現代のお菓子にはない食感と、レトロ感溢れるかわいらしい見た目が話題になったようなのだ。

確かに、チョークを食べたらまさにこんな食感だろうな…若い人の発想は斬新だ。

さて、数十年ぶりに手にするフローレットは、素朴なバナナの造形が懐かしい。味は五種類の色に合わせてバニラ、ストロベリー、オレンジ、バナナ、クリームソーダ味だそうだ。

私の記憶違いでなければ、その昔はどの色もバナナ味だった気がするのだが、フローレットも時代に合わせて進化してきたということだろう。

さらに同じ館内で、「金平糖」と「三角ハッカ」の二つの懐かしい飴菓子も見つけることができた。

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金平糖は今でもめずらしくはないものの、口の中でコロコロと転がる感触のおもしろさ、そしてカリカリと噛み砕く楽しさがいつまでも色褪せないおいしさだ。

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三角ハッカはビビッドな色合いがオシャレ。口の中でほろりと解け、ハッカのスーッとした香りが涼やかだ。

たくさんの戦利品を両手に抱え、私は幸せな気持ちで帰途についた。

帰宅してすぐ、小学生の娘が「それ何?食べていいの?」と飛びついてきた。

娘にとっては見慣れないお菓子がほとんどだが、見た目のカラフルさに好奇心が抑えられない様子だ。

はやる様子の娘をなだめながらパッケージの写真を撮った後、さっそく家族みんなで菓子盆を囲んだ。

義父母は、どの菓子も、しきりに懐かしい、懐かしいと顔を綻ばせていた。
娘も初めはもりもりと食べていたが、しかし、少し経つと手が伸びなくなってしまった。
「もういらないの?」と聞くと、「全部お砂糖の味だからなぁ」とのこと。

…なるほど。実は私も、薄々感じてはいた。

色とりどりではあっても、これらのお菓子は基本的に、みんな素朴な砂糖味なのである。
現代の、さまざまな風味のクオリティの高いお菓子に馴染んでいる娘の舌には、少々単調に感じられたに違いない。

改めて目の前のカラフルなお菓子を眺めていると、祖父があれだけお菓子好きだった理由が少し分かった気がした。

第二次世界大戦では陸軍に従軍し、復員してからはまるで抜け殻のように無気力になってしまったという祖父。

でも、子どもの頃から物の乏しかった時代に生き、その後もなかなか経済的に恵まれることがなかった祖父の目に、砂糖をたっぷり使ったカラフルな菓子たちは、もしかすると夢のように素敵なものに見えていたのではないだろうか。

当時は今のように、数えきれないほどの種類のお菓子があったわけではない。まして田舎町のこと、祖父の家から程近い小さな食料品店で買えるお菓子の種類は、ごく限られていただろう。

そんな中でパッと目を引くカラフルな菓子たちが、ずっと戦中を引きずり続けていた祖父の心を、日々慰めていてくれたのではないだろうか、と。

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見た目が美しく、そして容赦無く甘い砂糖菓子たち。

甘さこそが豊かさ、贅沢さだった時代を私はよく知らないけれど、今回のテーマが、亡き祖父と私を少しのあいだ繋げてくれた気がして嬉しい。
まだまだたくさんある砂糖菓子は、仕事や勉強に疲れた頭の糖分補給にはぴったりだ。少しずつ大切に食べたいと思う。

甘木サカヱ(よく眠りたまに色々考える主婦)

義父母と同居する二児の母。気力体力ともに常に赤ゲージの、生活力の低い主婦ライター。
絵本好きが高じ、蔵書は約1200冊。
Twitterでは「よく眠りたまに色々考える主婦」の名前でフォロワー約9万3千人(2020年2月現在)。
少しでも家事をラクにこなすため、今日も夢想と試行を繰り返す。

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イラスト:かわべしおん

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