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「すみません」が「ありがとう」に。ーあの日、母になった私へー

特別企画

PEOPLE
2026.01.20

母になった実感を持てないまま、母になった。そんな感覚から始まったちさとさんの子育ては、思った以上に、これまでの暮らしの延長線上にありました。それでも外に出ると「すみません」と言わずにはいられない場面がある。そんな日常の中で、その言葉がふと置き換わる瞬間を描いたエッセイです。


多くの人がそうなのかもしれないけれど、母親になる実感をもてないまま、母になった。

だからなのか、妊娠中や出産直後は「母になれば変わらなければいけない」と漠然と何かに追われるような気持ちになっていた。

しかし私は、生後4ヶ月の娘を保育園に預けて仕事に復帰し、1歳10ヶ月になった今は趣味の旅行にもさんざん付き合わせている。

子どもができたら「子どもファースト」で生きなければいけないと思っていたけれど、いざ子育てがはじまると、仕事や遊び方の選択肢が年齢に応じて変化していくように、とても自然に、子どもあっての選択肢が「さもありなん」という顔で存在するだけ。

子どもがいる暮らしは、思った以上に、これまでの暮らしの延長線上にあった。結局は、自分が主語のまま、日々の選択を重ねている。

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お出かけ好きの遺伝子を受け継いでくれた(今のところ)

ただ。
ただ一つだけ、圧倒的に変わったことがある。

それは、見ず知らずの人に謝ることが増えたということだ。

電車に乗るのも、エレベーターに乗るのも、ベビーカーを押していれば時間がかかってまわりの人に迷惑がかかるし、公共の場で子どもが走り回っては、周囲の人にぶつかることもある。
すみません、すみませんと、息をするかのごとく謝る癖がついた。

ある意味での「社会的弱者」になったように感じた。

今日私、何回謝ってるんだろ。街を歩いていて赤の他人に迷惑をかけるなんて、今までにそうなかった現実を受け入れられず、しんどくなることが続いた。それでも買い物だって、公園に行くのだって、社会とつながる必要がある。

一歩外に出れば”すみませんの世界”だ。

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そんな中、娘と二人で飛行機に乗って旅をすることになった。宮崎にいる友人に会いに行くことになったのだ。

初めてのワンオペフライト。1歳半の娘を連れて、公共交通機関を使い片道5時間という距離を移動するということは、私にとって富士登山に挑むような感覚だった。

早速、行きの電車移動でハプニングは起きた。どんぐりにはまっている娘は、始終どんぐりを手に”ニギニギ”していた。

どんぐりがずっと娘の手中におさまっているはずもないのだが、ここで私が無理やりやめさせると、火がついたように泣くことは目に見えている。

案の定、電車の揺れとともに、娘の手からどんぐりがこぼれ落ち車内をタタタタターーーと転がっていった。

リアルどんぐりコロコロ。
どんぐりころころどんぶりこ。
電車で転がりさあ大変。

突然はじまったどんぐりのランウェイにざわつく車内。
「あー転がっちゃったね〜また拾おうね〜」
と、平常心を装って取り繕う私。
そんな私の気持ちを知らず「コロコロ(どんぐりのこと)きれちゃった(転がっちゃった)」
と、今にも泣き出しそうな娘。

乗客全員にスライディング土下座をしながら、車内に所構わず散らばるどんぐりを拾いに行こうか考えていたところ、向かいに座っていたご夫婦がサッと立って、車内の反対側まで転がっていったどんぐりを拾って、娘に渡してくれた。

「わ、わ!ありがとうございます!!」
思わぬところから救いの手がさしのべられ、私は赤べこのように頭をさげながら、お礼の言葉をただただ繰り返した。

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散歩に出ればお土産はいつもどんぐり

ほっとして空港にたどり着いたところ、娘が今度はホームに寝転がりストライキをはじめた。

背中にはバックパック、右手にキャリーケース、左手に泣きわめく娘。果たしてこのまま搭乗口まで辿り着くのかと途方にくれる。

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もう一歩も歩きませんぞ状態

すると、一人の女性が「お手伝いしましょうか?」と声をかけてくれた。
なんとこの日、二度目の救世主。私はしばし呆気にとられた。

「え、あ、あ、ありがとうございます!!」
赤べこのように頭をさげながら、なんとかお礼の気持ちだけを伝える。

「大丈夫?歩ける?」と声をかけられた娘は、先程までの態度が嘘のようにすくっと立ち上がり、初めてのおつかいのような頼もしい姿でお姉さんに着いて歩き出した。

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わが家の守り神「赤ベコ」

搭乗口に着くと、そこではCAさんが助けてくれた。「助けてもらった」のハットトリック。飛行機に乗り、エンジン音を子守唄にして一瞬で夢の中に入ってくれた娘を横目に「ふーーー」と息を吐く。そこで気がついた。

あれ、そういえば。
今日の私、「ありがとう」しか言ってない。

いつの間にか「すみません」の癖は、「ありがとう」に変わっていたらしい。

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搭乗口を目前にして現れたラスボス

あの日、母になった私へ。

母になるということは、見ず知らずの誰かに、「ありがとう」という機会が増える、ということかもしれません。

「すみません」に疲れることもあるけれど、世間は思ったほど冷たくないと気づく瞬間が、いつか訪れるはず。

母になったら「ありがとう」が増えた。
そういう人生にしていきたいですね。

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