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崖の上を点々と歩いた先に

特別企画

PEOPLE
2026.02.03

母になるとは、いつ、どこで、決まるものなのだろうか。
本田すのうさんのこのエッセイは、その問いに「ひとつの日付」ではなく、点々と続く時間の感覚で応えます。不安や責任、愛しさと弱さが入り混じる日々を点々と辿りながら、母になっていく過程を静かに描いた一篇です。


私が母になったのは、どの日だっただろう。

産婦人科でエコーを初めて見た日か、
妊娠検査薬に「┃」が出た日か、
それとも子どもが欲しいと食事に気をつけ始めたその日からか。

長男がこの世に誕生した日は11年前の4月7日だけれど、私が自分を「母になった」と感じたのは、その日ではない気がする。

それまでの私にとって「母」というのは自分の親のことであり、自分自身がその「母」というものになることを「変身!今日から私はお母さん!」とすんなり受け入れられたわけではない。

私はただ、小さくて、すぐ泣いて、おっぱいを飲むことすら下手くそで、1分でも目を離したら死んでしまいそうな、そんな弱々しい生物を、生かす役。

「うんちが手についた!」
「乳首噛まれた。」
「……息してる?生きてる?」
「おしっこ顔にかけられたぁぁ」
「眠い!寝れない!」
「腕が限界!でも降ろせない!」

泣き言ばかりだった。

「嬉しい」や「楽しい」という感情より、不安と緊張と責任と重圧の方が大きかったと思う。いいお母さんになろう、なんて、思う余裕すらなかった。

長男が生まれて2ヶ月頃に書いた日記がある。初めての育児で、夜中に泣きながら書いたものだ。

また今日も眠れない。寝ようとすると急に身体中がムズムズかゆくなってくる。昼はストンと落ちるように眠れたりするけど、息子の声で目が覚める。先週に続き、今週も眠れない。
いつも朝は元気でがんばろうと思うのに、昼すぎて夕方になってくると力尽きて、夜はグッタリ。息子の泣き声に対応するのがやっとで、夫との会話はぼんやりしている気がする。何を話したのかあまり覚えていない、うつろだ。
ほんの些細な事にイライラして、態度に出てしまう。

育児は試練だ。ものすごく綺麗な花が咲いている崖の上を歩いている気分。花はキレイ、美しい。ずっとこの花を見ていたい。だけど一歩足を踏み外すとまっさかさま。その恐怖に怯えながら花を見続けている。逃げ道はない、みたいな。情けなくて、弱い。息子は本当にかわいい。その反面、日中2人きりで過ごすことは息が詰まってしまう。話しかけても反応してくれる訳じゃないし、突然泣き出して泣き止まなくて困ることもある。お風呂で泣くと声がぐわんぐわんに響いていじめているように思えてしまう。「泣かせてもいい」と言われても無理なんだ、現実問題。
抱っこしても10分で腕が限界。それでも泣いている時はお手上げ状態で、またいじめている気分になる。つらい。

笑った時、お話ししようとしている時、寝ている時、言葉で言い表せないくらいかわいい。なのになんだろう、表裏一体。

プラスの感情とマイナスの感情が1日のうちにドサドサーっと入れ替わりにやってくる。対処不能。

母親失格にならないようにギリギリのところで踏ん張っている。

あと少し。首が座ったら少しずつお散歩して気を紛らわそう。お座りができるようになったらお風呂も楽になる。離乳食が始まればおっぱいの回数が減る。(ちょっとさみしい)
少ししたら寝返りして、意思が伝わるようになって、そうこうしているうちに歩き出して喋り出して、幼稚園に行ったら昼間別々になる。

あっという間だ。こんなにべったりで何をするにも私がいなきゃダメなのは今だけ。楽しもう。かわいいと思った分だけ言葉にして伝えよう。…寝よ。

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(原文)

最後は決意表明のように終えた日記だったけれど、この頃を思い出すと胸がギュッとなる。

母になることを望んだくせに、思い描いていたお母さん像とあまりにも違う自分を責めた。こんな愚痴を言うべきではないと、誰にも言えずに日記に閉じ込めていた。「大変なこともあるけど息子はかわいいよ」と、外では無理に笑って。

11年経った今なら、この頃の私になんて声をかけるだろうか。もしも未来から過去へ手紙を届けられるなら、なんて書こうか。この企画をきっかけに、あの日母になった私へ手紙を書いてみようと思う。

11年前の私へ

あなたが長男を抱き、眠れない夜をひとつ越えるごとに、私は母になっていきました。息子と一緒に泣いた分だけ、強くなりました。

腕なんかもう、ムキムキです。5キロの長男を10分抱っこしたら腕が限界だとあなたはメソメソしていましたが、今は15キロの三男を30分おんぶして歩くことができます。「変身!」っていきなり筋肉ムキムキになった訳ではありません。10分しか出来なかった抱っこの時間が日に日に伸びていったのです。二男、三男と3人抱っこすることで逞しくなりました。あなたの日々の積み重ねのその先に、今の私がいます。

オムツをかえた回数分、濡れたシーツをかえた分、作った食事の分、並んで歩いた分。その全部がグラデーションみたいに私を「母」へと変えました。

11年前のあなたはもう、立派にお母さんでした。
愚痴が9割の日記の中で「息子はかわいいけど…」と、呟いたその一言だけで11年間、母ってものをやれているんです。

長男も二男も三男も、今もずっとかわいいです。…あとの9割はまた愚痴になりそうなので割愛します。

今日、3歳の三男にぶどうの皮を剥いてタネを取って食べさせました。肘までびしょびしょになりながら「私、お母さんになったなぁ」と思いました。ありがとう。よくがんばりました。

私はいつ母になったんだろう、とずっと考えていた。ハッキリと「あの日」と断言できるような日が思い浮かばないな、と思っていた。

夜間救急に駆け込んだ日や発表会の日、誕生日、色々な日が思い浮かんで、どれが「母になった日」なのか一言では言い表せないぞ?と困ったような気持ちもした。

でも今日みたいに、ふとした瞬間。

自分の分のブドウは一粒もいらないから全部子ども達にあげたいと思った日や、手を繋いで一緒に雲を見て「あの形なにに見える?」「うーんとね、ゾウさん!」なんて会話を交わした日。

私が母になった日を思うと、グラデーションしていく日々の、点々のひとつひとつなのかもしれないと、そう思った。

#あの日母になった私へ

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