部屋がぐちゃぐちゃに汚れても、手づかみ食べをさせたほうがいい理由
アイスムの「五感をひらくレシピ」などでも人気の自炊料理家・山口祐加さんは、現在妊娠中。出産を控え、気になるのは離乳食のことです。自炊料理家として活動する山口さんは、周りから「離乳食をがんばって作りそう」と言われるものの、離乳食のレシピ本を開いてみて、扱う食材や調理法の指示の多さにくらくらしてしまったそう。そんな時に、小児科医の工藤紀子さんが書いた『離乳食は作らなくてもいいんです。』(時事通信社)を読み、「この方に話を聞いてみたい!」と感じたのがこの対談のはじまりでした。後編は市販のベビーフードの活用や好き嫌いへの対応、遊び食べについて工藤先生に伺います。聞き手は、9ヶ月(対談実施時点)の子を育てるライター・崎谷です。
お話を伺った人:工藤紀子(くどうのりこ)さん

小児科専門医・医学博士。順天堂大学医学部卒業、同大学大学院小児科思春期科博士課程修了。栄養と子どもの発達に関連する研究で博士号を取得。日本小児科学会認定小児科医専門医。現在2児の母。クリニックにて、年間のべ1万人の子どもを診察している。一時渡米した際に第二子を授かり、アメリカでは市販のベビーフード利用が当たり前であることを知って、医学的根拠を元に市販品の活用を勧める『小児科医のママが教える 離乳食は作らなくてもいいんです。』を2017年に出版。2025年に「完全版」として増補改訂版を出版。
手作りよりも市販品は衛生管理の面で安心
山口祐加
(以下山口)
工藤先生が書かれた『離乳食は作らなくてもいいんです。』を読んで、栄養面や安全面からも市販品を使うメリットがあることがわかりましたし、自分ではベビーフードを買うのもいいことだと思っているんですけど、料理家ということもあって周りからは手作りを期待されているような気がしてしまうんですよね。
工藤紀子
(以下、工藤)
料理家さんが市販品を購入される場合は、「こういう食材の組み合わせがあるのか」「この時期はこのくらいの固さであげたらいいのか」と、研究する対象として買ったらいいんじゃないかと思います。そうすると気持ちも楽じゃないですか?
山口
たしかにそうですね。
崎谷
私が市販品のほうがいい、と思ったのは、離乳食の初期に白身魚を食べさせた時です。離乳食講座で習ったのは鯛の刺身を買ってきて、少量を茹でてすりつぶすみたいな方法でした。でも、いくらすり鉢ですりつぶしてもテキストに載っているようなペースト状に全然ならないんですよ。
工藤
そうそう、ぱっさぱさですよね(笑)。
崎谷
裏ごししても変わらないし、とろみをつけるといっても限界があるし、どう考えてもあんまり食感の良くないものが出来上がって、案の定子どもはあんまり食べませんでした(笑)。そこで、「白身魚ペースト」みたいな市販品を買ったら、とろっとしていて食べやすそうだったんです。これはかなわないなと。初期食はもう魚系の手作りをやめようと思いました。
工藤
市販品はなめらかですよね。レバーもそう。レバーは子どもの成長に必要な鉄分や亜鉛が豊富に含まれているから、食べさせたい食材なんですけど、新鮮なレバーを少量購入して、牛乳に漬けて臭みを抜いて、衛生的に調理して…と自宅でやるのはかなり大変です。そして、できたものがおいしくない(笑)。
崎谷
わかります、大人でもちゃんと調理しないと食べられない人が多い食材なのに、赤ちゃんが食べられるようにするのは至難の業です。
山口
レバーはちゃんと火が通っているかどうかも確認しないとダメですよね。
工藤
加熱もしっかり行う必要があります。また精肉を扱う時は、触った手で蛇口や調理器具、食器にふれないとか、包丁やまな板をすぐに洗浄・消毒するとか、生肉から出た水分が他の食材や調理器具に飛び散らないように気をつけるとか、衛生管理を徹底するのも大変。私はすごく気になってしまい、使い捨ての手袋を着けて調理していました。その点、市販品は徹底的に衛生管理された環境で作られているし、無菌状態で容器に充填されるので、開封してすぐに食べさせるのであれば食中毒のリスクは極めて低いと考えられます。
何度も口にすると食べられるようになる

何を食べてもこんな顔をするので「離乳食芸人」と呼んでいた(提供:編集部 虫明)
山口
あと、離乳食で好き嫌いが出てくることがあると思うんですけど、いろいろな食材を食べてくれないことをどのくらい気にするべきですか? 例えば「納豆しか食べない」みたいな子がいるとして、そういう場合はとりあえず納豆を食べさせておけばいいのか、もっといろいろな食材からたんぱく質をとらせたほうがいいのか、どっちなんでしょうか。
工藤
食べないことでお母さんが苦しくなってしまうくらいだったら、納豆だけ食べさせる時期があってもいいと思いますが、私としては、できるだけいろいろなものを食べてさせてほしいと思います。離乳食の時期に多くの種類の食材を食べた子のほうが、5歳の時点で好き嫌いが少なくなっていたというデータもあります。親が、食べないからといって食卓に出さないと、子どもの選択肢を狭めることになってしまうんです。
山口
私の母はセロリが嫌いで全然食卓に出てこなかったので、私はセロリがあまり食べられないんだと途中まで思っていました。でも自分で料理するようになったら、すごくセロリが好きだということに気づいたんです。自分のあまり好きじゃない食材も、子どもは好きかもしれないので、まんべんなくいろいろ食べさせることが大事なんですね。

工藤
一度食べさせて、食べなかったり吐き出したりしてしまっても、何度も食べるうちに食べられるようになることもあるんですよ。そもそも、知らない味は「新奇恐怖」としてこわいものと感じられるし、味のなかでも「酸味」や「苦味」は、腐っていることや毒であることを教えるサインでもあるので、本能的に受け入れられないのが当然。赤ちゃんが新しい食べ物を受け入れるまでに、平均して8回から12回、場合によっては15回程度繰り返し試す必要がある、という研究結果もあるんです。
崎谷
そんなに!
工藤
私たちも、ビールなど苦味があるものは、最初からおいしいとは思っていなかったはずです。でも、仕事終わりに会社の皆で飲むとか、お風呂上がりに飲むとか、楽しい雰囲気で飲む機会を繰り返すと、だんだんおいしいものに思えてきた。そんな経験はありませんか?
崎谷
たしかに、ビールってシチュエーション込みで楽しむところから入った気がします。
工藤
離乳食の新しい食材も、少しずつでいいから何度も食卓に出して、一口でも食べられたら肯定的な反応をする。この積み重ねで、いろいろな食材が食べられるようになると思います。少しでも食べた時は、親は俳優になったつもりで「やったね! 食べられたね!!最高!!!」とオーバーリアクションで反応しましょう(笑)。
この時、ニコニコしていることがポイント。子どもは必ず親の顔を見ています。これは「社会的参照」といって、生後10ヶ月頃からすでに、まわりの反応を見て状況を判断しているんです。私も今、皆さんの反応を見てしゃべっていますが、ここで皆つまらなさそうだったら、「この話を続けていてもいいのかな?変えたほうがいいかもしれない」と考えたりするわけです。そういうことを、赤ちゃんもやっているんですね。
食べたことがないものを口にして「なんだこれ? 食べてもいいのかな?」と思った時に、親がニコニコしていて、喜ぶ反応をしていたら、「食べてよかったんだ」と思う。逆に、食べなかったり、食べて吐き出した時に、親が怒ったりがっかりしたりとネガティブな表情・反応をすると、「食べちゃいけないものだったんだ」と思ってしまう。だから、演技でも子どもが食べる時はニコニコしていたほうがいいんです。
崎谷
食べてくれない時も、手作りと市販品では気持ちが違いますよね。手作りを食べてくれないと、よりがっかりしてしまう。
工藤
そうなんです。作ったものを食べてくれないと「私の作り方が悪いのかな」と自分を責めてしまいがちです。でも、市販品だったら「今日は食べたくないんだね」とか「たしかにこれ、あんまりおいしくないね」と言える。こうした点においても、私は市販品の利用を勧めているんです。
最終的な目標は子どもの自立。存分に練習してもらおう


「あちゃー♪」ではないのである。でも妹はお兄ちゃんと一緒だとよく食べた(提供:編集部 虫明)
崎谷
できれば一緒に食卓を囲むのがいいのかなと思っているのですが、離乳食の時間って、1日2回だったり、後期で3回食になっても4時間おきとかだったりして、親の食事の時間と合わないんですよね。それはどうしたらいいんでしょうか。
工藤
私は、できればなるべく親も一緒に食事をとってほしいと思っています。人は模倣しながら学ぶので、子どもは親がもぐもぐしているのを見て、口の動かし方を学んでいくんです。だから、支えがあれば座れるようになったら、離乳食を始める前から、食事の時間はハイチェアに座らせて一緒に食卓に並ぶことをおすすめします。離乳食は用意しておいて、子どもが食べ物に興味を持って、よだれが出るなど食べたそうにしていたら、最初のひとくちをあげてみる。そうすると、進みがスムーズです。
崎谷
今は、土日に6時半、10時半、14時半といった時間で食べていて、その時間に食事はできなくとも、目の前でバナナなど軽いものを食べるようにしています。それでもいいんでしょうか。
工藤
いいですね。ぜひ続けてください。その4時間ずつというのは、保育園での離乳食やミルクの時間に合わせていますか?
崎谷
はい、そうです。
工藤
私は、その4時間ずつのミルクの時間に合わせて離乳食をあげずに、親の食事の時間に合わせて食べさせるスタイルでいいと思っています。やっぱり、赤ちゃんも一人で食べるのってつまらないんですよ。私たちも「見てるからひとりでごはん食べなよ」と言われたら、食べづらいじゃないですか。
山口
こわいですよね(笑)。じゃあ、親も一緒に食べたほうがいいんですね。あとは遊び食べで悩んでいる親御さんも多いと思うのですが、それはどうしたらいいんでしょうか。
工藤
遊び食べは必要なステップなので、なるべくさせてあげたほうがいいんですよね。
崎谷
うちの子は、まだ親がスプーンで食べさせている段階なので、遊び食べはないのですが、友だちの子どもが食べ物をぶん投げている写真などを見て、「その時期がやってくるのか…」と戦々恐々としています(笑)。
工藤
やってくる、かもしれません。でもそうなったら、いっぱい触らせてあげてください。手づかみ食べをよくした子のほうが、偏食が少なく、バラエティに富んだ食材を食べられるようになる、という研究結果もあるんです。一人で食べられるようになるのも早い。
なぜかというと、手や顔についた食べ物を親がいちいち拭いて、触らせないようにしていると、子どもは食べ物は汚いもの、良くないものだと思ってしまうんですね。そうではなく、たくさん食べ物に触れて親しむ時間をつくってあげたほうがいいんです。もう、納豆とか食べさせたら髪の毛もぐちゃぐちゃになりますよ。うちの子は、オムツ1枚でお食事してました。それで、食べ終わったらそのままシャワーに入って、出かける準備をするんです(笑)。
崎谷
そんな技があるんですか。
工藤
ぐちゃぐちゃになるのは、その時期だけなんです。そのうちちゃんと食べられるようになります。だから、その時期は安心して失敗させてあげる。うまく食べられないのは当然なので、「お、今日もがんばって練習してるな」くらいの気持ちでいてください。まあ、後片付けやシャワー入れる時間で、親は遅刻しちゃったりするんですけどね…。


ぐちゃぐちゃになるのはもう仕方ないと諦めて、写真を撮っておけば10年後には宝物に(提供:編集部 ナカツジ)
山口
食べ物を投げたりする時期のハックとして、SNSで大きなプラスチックケースの中で食事をさせるというのを見たんですけど、それはどう思いますか?
工藤
「食事は、家族と一緒に食卓について楽しむもの」、という考え方から外れるので、私はおすすめしないですね。自分に当てはめても、大きな箱の中で一人で食べさせられるのは嫌じゃないですか?
山口
たしかにそうですね。じゃあ、その時期にぐちゃぐちゃになるのはもう仕方ない、と。
工藤
床にビニールシートを敷いたり、体を覆うエプロンを着せたりとある程度の工夫はできると思いますけど、投げたりする分にはもうしょうがないですね。ぐちゃぐちゃになったらもうシャワーです。
山口
親に心と時間の余裕がないと、なんとかしてシャワーに入れなくてもいいように、と考えてしまうんだろうな…。大変だろうなぁということだけは今から想像できます。
工藤
その気持ちもわかるんですよ。朝は時間がないですし、納豆が髪につくのはなるべく避けたいと私も思います。でも、ぐちゃぐちゃになっても自分の手で食べる経験を積んだほうが、将来的には一人で食べられる子になるんです。親の最終的な目標って、子どもの自立だと思うんですよ。そこに持って行くには、離乳食の時から安全性を確保した上で、失敗しながら何度も挑戦してもらったほうがいいんですよね。
苦い経験から「誰にも私のような思いをしてほしくない」と離乳食の本を書いた
山口
工藤先生も、お子さんが離乳食を食べなくて大変だったのでしょうか。
工藤
上の子の時は「毎日栄養満点の離乳食を作って食べさせないと」とガチガチに思っていたので、大変でしたね。ある日、娘が離乳食を全然食べなくて、投げたり吐き出したりして、周りも娘自身もものすごく汚れてしまいました。お風呂場に連れて行っても、ぐずって服も脱がせてくれなくて…。その時、自分の中の何かがぷつっと切れて「なんで食べないの!」とお尻を叩いてしまったんです。
山口
それはもう、反射的にですよね…。
工藤
いっぱいいっぱいだったんです。小児科医で、しかも大学院で栄養と子どもの発達について研究したのに、離乳食を食べさせることもできないなんて。ダメな母親だというレッテルを貼られたようで、みじめでした。誰もそんなこと言ってないんですよ。でも自分で自分を責めてしまって…あ、ダメだ、この時のことを思い出すと今でも泣けてきちゃう。それまで絶対に自分は虐待なんてしないと思っていたのに、意外と身近にそのリスクを感じて「これはまずい」と思いました。
その後、第二子をアメリカで産んだ時に、アメリカでは市販の離乳食が当たり前のように使われている実態を知りました。手間がかからないのはもちろん、栄養面や安全面からも市販品がいいと実感したのです。何より、買って食べさせることで心の余裕ができた。そこで、娘に当たってしまった私のような経験を、もう誰にもしてほしくないと思い『離乳食は作らなくてもいいんです。』を書いたんです。
山口
そうだったんですね…。最後に私も含め、これから離乳食を始める親御さんに何かメッセージはありますか?

工藤
離乳食が始まるのって、生後5〜6ヶ月くらいなんですけど、その頃の母親ってまだ出産のダメージがやっと回復してきたくらいの時期なんです。そこでお世話も離乳食づくりも完璧にやらなきゃと思うと、とてもつらくなってしまう。そのくらいの時期は、自分の体はまだ完璧に回復していないことを受け入れて、いろいろな人やものの力を借りていきましょう。その選択肢の一つとして、市販品を買うことも視野に入れてほしいですね。
山口
体がしんどいのに、作ったこともない離乳食を作るのって大変ですよね。これで合っているのかどうかもよくわからないし。その上食べてくれないと、追い打ちをかけられるような気持ちになるでしょうね。そういう時に、工藤先生のご著書を読んだら、きっと救われるような気持ちになると思います。手作りしてもいいし、買ってきてもいい。自分の性格や生活スタイルに合わせて柔軟に考えれば良いということがよくわかりました。今回は本当にありがとうございました!