その春に行けないけど
母になったその日の自分に、11年後の自分から手紙を書くとしたら、何を伝えるでしょうか。noteとアイスムで実施した「あの日母になった私へ」コンテストで入賞したスイスイさんのエッセイは、出産直後の「私」へ、11年後の「私」がそっと語りかける手紙です。思い出すのは、大きな出来事よりも、あとから胸に残る小さな日常なのかもしれません。
2014年3月19日。あの日。
初めて子どもを産んだ私へ。
かなり情報が多いかもしれないけど一気に伝えるから聞いてほしい。嘘かと思うこともあるかもしれないけど信じてほしい。
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出産おつかれさま。自分の腰が岩になってそれをハンマーで砕かれるような痛みだったよね。でも会陰切開はしなくて済んだし、スルッと生まれた瞬間かなり気持ちよかったよね?あなたはそこから一年半後、その感覚をブログみたいなものに書いて、それをきっかけにエッセイストデビューします。意味わかんないと思うけど本当にそうなるからなんとなく覚えといてください。
今は病室に赤ちゃんといますか?それならあと4時間後くらいにララハウスのチーズケーキが病室に10個届きます。あなたの父親が、あなたが世界で一番好きなそのチーズケーキを、大量に買って持ってきてくれるけど、ララハウスはその2年後突然閉店してしまって二度と食べられなくなるから、目いっぱい食べて欲しい。これは本当に。
それで、家族みんなが帰ったあと。赤ちゃんと二人きりになるはじめての夜中。突然あなたは恐ろしくなります。椎名林檎が初めて子どもを産んだとき、9.11が起こり、飛行機がビルにぶつかる映像に涙が止まらなくなり息子を思って曲を作った気持ちを、あなたは初めて急に理解します。それであなたは、その夜、何時間も号泣します。大丈夫と思って落ち着いてもまたすぐに涙がでる。この小さい生き物に何かあったらどうしよう、テロが今起きたらどうしようって、体感したことない巨大な不安にどうしようもなくなります。でもそれほどの状態は入院中くらいで、ホルモンバランスの問題だから安心して欲しい。それより自分が起きるたび隣に“赤ちゃん”がいることにびっくりして毎回新鮮に「赤ちゃんだ!?」と驚くけど、それはそこから3ヶ月くらいずっと慣れないです。
退院するとき、外が春の風になっていて、そのあたたかさと匂いはそこから11年経っても忘れません。
あなたは退院してからしばらく実家で、お母さんに手伝ってもらって子育てをします。インターネットで見た「蛍光灯が赤ちゃんの目に良くない」という情報を信じて実家中の蛍光灯をLEDに変えたくなります。でも、なんと「1ヶ月検診」の病室がめちゃくちゃ蛍光灯だらけです。ていうか先に安心させたいのだけど、あなたの赤ちゃんは11年経った今もすくすく元気です。小6です。今は2025年10月17日なんだけど、まさに修学旅行2日目です。班でリーダーになって、京都をタクシーで巡っています。今ってタクシーでグループ行動するんだって。ちょっとネタバレしすぎたか。話を戻します。
そういえば産んで10日間くらい、赤ちゃんの命名の締切に追われます!画数を調べて辞書とかインターネットを見まくって最後まで「この名前でいいのか?」と悩み倒して頭がおかしくなります。でもその名前で良いです。今その赤ちゃんは、その名前にまつわるニックネームでたくさんの友達に呼ばれています。友達たくさんできるよ。おもしろい子だよ。
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2年後に弟ができます。突然最大のネタバレでごめんだけど、あなたがさっき産んだばかりの初めての赤ちゃんをAと呼びます。そして次男をBと呼びます。(あ、2人目も男の子です。)
Aが2歳になる頃、Bが生まれます。つまり、Aが一人っ子でいられる期間は約2年です。そして、母になって最初の2年、全然ママ友ができないあなたは結構悩みます。もっと他の子と遊ばせたほうがいいはずだよな…と落ち込みますが、今となればそれはラッキーです。あなたは児童館に馴染めず、その代わりAと毎日イオンに行って抱っこ紐のなかのAに話しかけ続けます。フードコートのおうどんも、その子は食べられるようになります。ストローも上手に吸えるようになります。そのうちコップも両手で持って、スプーンもフォークも使います。トイザらスでトーマスのおもちゃめがけて「おーどん!(ゴードン)」と歩きます。いつのまにか自分で靴も上手にはいて、長袖もちゃんとぬげます。そういう小さなひとつひとつを、あなたは毎日見ることができます。
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ちなみに、なんでこんな手紙を書こうと思ったかというと、昨日「スレッズ」にもらったコメントがきっかけでした。「スレッズ」というのは消毒されたツイッターです。それで39歳になってあなたは、なぜか急にスレッズに過去の写真を投稿します。それが昨日の私です。
この写真を数年ぶりに載せたのです。

AとB
これは2020年。小1と年中。とてもかわいい子たちだよね。世界中で脅威的ウィルスが流行って、家から出られなくなっている頃に撮った写真です。学校も幼稚園もずっと休みだから毎日家の前で水鉄砲をしたりレゴをしたりする中で、光のようなおやつ時間でした。この写真投稿に昨日たくさんコメントが入り、そのひとつが以下のものでした。
“これ!!!数年前にTwitterでみて忘れられなくて、私も息子が生まれたのでこんな写真撮りたいな〜なんて最近思ってたんです!!!また出会えた!この子達も大きくなってるんでしょうね〜🥰🥰🥰”
何気ないコメントでした。これを私は今朝6:00に目覚めてすぐ読みました。「この子達も大きくなってるんでしょうね〜」というやさしい一文をみたとき、急に、私の体はドローンになったように離れ、今を客観視したのです。
ああそっか、この子達は、すごい、ほんとに、大きくなったよな、と思った。しかも今朝私長男のことを起こしに行こうとしちゃって、ああちがう、修学旅行いってるんだ、って思って、それで、ああ、これからどんどん大きくなるんだ、起こしに行ったりとか、しなくて良くなってくことが、どんどん増えるんだ、って思ったら急にこの「この子達も大きくなってるんでしょうね〜」がめちゃくちゃ自分に広がって広がって止まらなくなって、ほんとにほんとにほんとにほんとに“ほんとに大きくなった”って思ったら気持ちが沸き出そうになって、あなたに全部こういうことを伝えたくなったのでした。おっぱいをあげながら眠ってしまう夕方とか、夜中の熱とか、ちいさいカートをスーパーで押す背中とか、「さーとーさーだじょ」ってトレンディエンジェル斉藤さんの真似してきたりとか、いちごばっかり食べてなんどもなんどもおかわりと言ってくれたりとか、家の階段で上手に座っておやつパン食べたりとか、お店の人に深くおじぎしたりとか、ウルトラマンとか、入園式とか、劇の発表のながいセリフとか、卒園式とか、ランドセルに激デカ図鑑2冊入れて毎日登校したりとか。
今は10月で、秋になりはじめていて、コメダで急いでこれを書いてる。その春に行けないけど、この秋にもいつか来れなくなる。
AとBはおもしろい。自分たちの好きなことが何かすごくわかっている。毎日かなりケンカしている。校庭と4階の窓からそれぞれが中指立てて叫んでましたって面談で先生に言われた(先生爆笑してた)。Aは最近自分の部屋で眠るようになった!Bはいつも私にくっつきながら異世界転生アニメを見てる。ユニバが大好きで、こないだはなんと2人だけでフライングダイナソーに乗ってた!写真をたくさん撮ってほしい。多すぎるってくらい撮って、あと動画もたくさん残して。iCloudはすぐ有料にして。いつかこの秋にきたら、私みたいに昔の写真を見返しまくって、気まぐれにどこかに投稿して。ありがとうね、おめでとう。母になったあなたへ。
おわり
#あの日母になった私へ

さーとーさーだじょ
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追記※「ドローン」が当時浸透していないかもしれません。めちゃくちゃ遠くから撮れる飛行型カメラです。