誰かが作ってくれるていねいな味に救われた、大掃除の日
ーー「麒麟食堂」のナポリタン

テイクアウトのある風景 #1

LIFE STYLE
2020.03.05

「今日はごはんをつくるのがちょっとしんどいな」という日は、きっと誰にだってある。そんなときおいしい「テイクアウト」のお店を知っていると、気持ちが少し、軽くなります。そういった「テイクアウト」のお店は、その土地の生活を彩り、「家族の思い出の味」にもなっていくのかもしれません。

そんな「テイクアウトのある風景」を、写真家の中川正子さんに写真と文章で綴っていただきます。第一回は、中川さんが住む岡山の「麒麟食堂」。大掃除でクタクタの中川家に舞い込んだテイクアウトのごはんは、どんな風景を作り出してくれたのでしょうか。


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専業主婦だった母は1日3食きっちり作る人だった。外食というのは年に数回のハレの日に限っており、食事は家で、が当たり前の毎日。日々各地を飛び回り仕事するようになったわたしは、彼女のようには行かない時もある。けれど、母の背中の景色はずっと消えない。ごはんは暮らしの背骨というかんじがしている。これからの人生あと何回食事ができるか、なんて大袈裟だけれど、シンプルでいいからできるだけ、丁寧に作られたものをおいしく、食べたいし食べさせたい。

外食する気分じゃないけれど、作れない・作りたくない、そんな日。でもおなかは規則的にすく。そんな時においしい持ち帰りのお店が近所にあったらな。そんな願いが叶ったのが2年前。かつてより大ファンだった洋食屋「麒麟食堂」がクローズして岡山市じゅうが悲しみにくれていました。そこに朗報が。持ち帰り専門の店として再オープンするというもの。洋食屋時代にアイコニックだったあの、細麺で作られた芸術的ナポリタンはどうなったんだろう。ふわふわのチーズが夢のように散っていた、あれ。

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お店は小さな小さな小屋。両脇の建物に挟まれてスリムにちんまりと佇んでいます。店頭でも注文はできるけれど、人気店、そしてその場で作ってくださるスタイルゆえ、電話での予約がベター。「12時ごろ取りに伺いたいのですが」「その頃ものすごく立て込んでいるので12:15はいかがでしょう」「わかりました」「では12:15ぴったりにできあがりますので、12:16ごろのお渡しになりそうです」刻むなぁ。そう、電話予約はいつもこんなかんじ。11:57、なんてご指定いただいたこともあります。12時ではなく11:57。いい。そしていつもぴたっとものすごく正確に仕上げてくださる。食べごろを逃したくないので遅刻は厳禁。自転車を立ち漕ぎしてダッシュで向かう。

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斜めにならないように水平を保って急いで帰る。ほかほかなうちに食べたい。蓋を開けると、そこにはかつてのお店でいただいていたのと寸分変わらない、美しさしかないナポリタンが現れる。完璧ならせんを描いて鎮座している。羽根のように散っている繊細なチーズもそのままに。つい、感嘆の声が出てしまう。家族が頼んだのはオムライスとかしわ弁当。オムライスには自家製の絶品デミグラスソースがかかっており、卵に包まれたチキンライスも滋味深い。かしわ弁当は鶏肉とごはんだけというストイックなお弁当。研ぎ澄まされた味にファンも多いと聞きます。あと、洋食屋時代からの定番メニュー、三色サラダ。これがまた、なんともよいのです。人参を千切りにしたもの、ゆで卵を刻んだもの、あとポテトサラダ。どれも引き算の味付け。ほどよい塩加減に酸味。洋食を引き立てる薄味三姉妹です。焼き菓子もしみじみとおいしい。

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年末できなかった大掃除を年始に敢行したある日。家中の本をリビングに積み上げ、その圧倒的な量にほんとうに終わるのかとやや絶望ぎみになっていたあの日。気づけば夫が麒麟食堂に電話をしてくれていました。ファインプレーすぎる。ずっと根つめてやってるのはよくない。ちょっとブレイクしよう。すさまじい様相の部屋を脱出してベランダに避難し、家族3人で麒麟食堂パーティーを開催しました。うどんを茹でる気力すらなかったわたしの五臓六腑にしみわたる、確かな技術に裏付けられた妥協のない味。誰かが作ってくれた丁寧な食事は、ひとを心底元気づける。いつも以上に、そう思いました。男子達も貪るように食べている。その後もりもり片付けが進んだのは言うまでもありません。

麒麟食堂、岡山市中心に流れる旭川からちょっと行ったところにあります。駐車場はなし。路駐は厳禁ですので、自転車で行くのがオススメです。春には旭川の土手でのんびり食べるのもよいですね。

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店舗情報

麒麟食堂
岡山県岡山市中区森下町7-17
080-289-5274
営業時間 10:30〜 売り切れ次第終了
電話受付 8:30〜
定休日 木曜
Twitter @dosankomaster

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