山本周五郎『石ころ』の主人公のように。メニューを一つにしぼった店主の思いーー「麒麟食堂」、再び

テイクアウトのある風景 #14

2021.11.17

写真家の中川正子さんが写真と文章で綴る、「テイクアウトのある風景」。今回は、この連載で最初に取り上げた「麒麟食堂」を、再び訪れます。今年の夏、メニューが「かしわ弁当」のみになったそう。なんとも思い切った決断の裏には、店主の揺るぎない思いがありました。


麒麟食堂が変わったよ。今年の夏、岡山市の仲間の間で衝撃が走った。この連載でも最初に取り上げさせてもらった、近所の持ち帰り専門の洋食屋。それが、あの伝説のナポリタンもない、デミグラスソースのかかったオムライスもない、「かしわ弁当」だけの店になった、と。

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理由が記されていない突然の発表に、どよめきは大きかった。さまざまな憶測も。「せめて2、3品にすればいいのに」、そんな意見だって聞こえた。

ごはんの上に、焼かれたかしわが乗っている弁当だけを売るというそのストイックさ。派手さとは無縁、噛み締めるほどにおいしいあの弁当だけに絞ったそのわけを知りたいなと思った。

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いつものようにLINEで時間指定をしてお弁当を取りに向かう。多くは語らない白川夫妻に、お話を聞いてもいいか尋ねてみる。快諾してくださったので弁当を受け取りつつお話を。

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「山本周五郎の『石ころ』って小説、読んだことありますか」

話を始めてくれた白川誠博さんはいきなりそう言う。白川さんは20代の頃、人に勧められて読んだそれをもう、400回は読み直したという。今でも月に数回、つい、手に取るのだと。何度読み返しても発見があると言う。

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主人公の多田新蔵は無名の武士。何も語らず手柄も取らず、ただ自分の仕事をする。名を求めず、立身栄進も望まない。ものを語らないあまり、周りからの理解も得られない。でも、それを意に介してないように見える。なんせ、何も語らないからわからない。戦場から持って帰ってくる何の変哲もない石ころをただ、穏やかに大切にしている。でもそんな彼は、実は…。そんな話。

「そんなふうに生きたいんです。」

400回読んでいる白川さんは、こんな簡単な要約にはおさまらない、行間にあるものを繰り返し感じているのだと思う。彼も同じく多くを語らないから、わたしたちは推測するしかない。そしてこれはかしわ弁当の話。武士の生きざまとは何の関係が?

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今回、彼に聞かせていただいた毎日は、こんな感じ。

毎日朝は3、4時には起きて仕込み。忙しいときは2時台に起きる。もも肉の毛や骨を取り、大量の筋を処理する。焼いて、切る。硬いから切り方にも工夫がいる。やっと近頃、ベストな切り方を見つけたような気がする、と。

 

なんと一品のお弁当のために、3時起きですって。想像を超えていた。マイペースにやるために一品にしぼり、のんびりやっているのか、などと思っていたわたしが甘かった。それを、毎日毎日。ずっと毎日。メニューが多かった日々は一体どうしていたんだろう。天を仰ぎたくなる。「職人はみんなやってることです」と、穏やかに言う白川さん。

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岡山の肉屋さんから仕入れ、岡山産の米を使い、自分たちも家で使う気に入った天然塩で味をつける。実山椒と青唐辛子のしょうゆ漬け、柑橘類が乗っている。妥協のない、ミニマムなかしわ弁当的宇宙。お値段は600円。

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北海道で育った白川さん。祖父母は洋食屋さんを営んでいた。名前は「麒麟食堂」。おばあちゃんがシェフで、おじいちゃんは買い出しから下準備までマルチにやる。黙々と作り続ける祖母の姿に、子どもながらに「もうちょっと愛想良くすればいいのに」と思うこともあったそう。そのくらい、彼女はただただ、自分の仕事をやっていたという。

そんな環境で育ち、5年生になった頃には「音楽と料理で生きていく」と決めていたそう。5年生って、わたしの息子と同い年。早い。

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地元のホテルで和洋中の修行をしたあと、お金をためて東京へ。そこから音楽の仕事を始める。妻の京子さんと出会い、いくつかのタイミングが重なって彼女の地元、岡山へ行くことにしたそう。生き方を変えよう、と思って。

縁があって洋食屋さんを始め、お客さんの声に答えサービスを広げる。メニューを増やし、朝も夜も開けたりもした。業務用の食材などは使わずすべて手作りのため、休みなどなく、ギリギリの日々。「自分たちの暮らしを大切にしたい」という気持ちがどこかにあった。自分たちに適したかたちを考えて、その結果テイクアウトに変えた。

そして今。とうとう、かしわ弁当だけの店になった。

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「僕らはいい仕事をして、お客さんにその労働対価を払ってもらって。50/50なんです」

取りすぎもしないし、サービスもしすぎない。なるだけリーズナブルに提供したい。そのためのやり方をずっと模索してきた。自分たちの暮らしを大切にして、無理のないようにして、いい仕事をしたい。それが、今のこのかたち。

白川さんは、「いい仕事」って何度も言う。
いい仕事ってなんですか、白川さんにとって?

自分が「いい仕事」って思えるかどうですね。と彼は言う。ひとからの評価とかじゃなくて、自分が。ただ、黙々とやることをやるだけ。僕としてはそういう生き方で最後までいきたいなと。

白川さんがそう言う側で、京子さんが深くうなずいている。

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誰が見ていても、見ていなくても。評価されても、されなくても。あたりまえを貫き通すって、とても力のいることだ。同じことを日々、ずっと繰り返す。褒められるためじゃなくて、自分の生き方として。求道者のよう。そんなことを言うと白川さんは、そんなかっこいいものじゃないですよ、と静かに笑った。かっこいいけど、かっこいいと言われたくてやっているわけじゃない、ほんもののかっこいいひとの笑い方で。

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多くを持ち、どんどん広げていく生き方に、限りを感じているひとも増えているように感じる。大胆に思えるほどにごっそりと削ぎ落とし、誰に頼まれたわけでもないのに、どこも手を抜かない現代のもののふ、白川夫妻のやり方。効率なんて言葉とは無縁で、名声や富にも興味がない。でもとても満ち足りた顔をしているふたり。変わりゆく世界の片隅で暮らす、ふたりの哲学がつまったお弁当だと思った。

だ!か!ら!そんな大袈裟なものじゃないんですよ、って彼らがすぐさま言うのはわかっているけど。いただきます。今日は柚子胡椒合わせちゃう。噛むごとに、しみじみおいしい。わたしも自分の生きる規模をあらためて、見直してみようかなとも思う。帰りに拾った石ころを見て、思いました。

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店舗情報

麒麟食堂 かしわ弁当の店

岡山市森下町7-17
(国道沿い、青い三角屋根横の小屋)
086-289-5274

営業時間 10:30~14:30(売り切れ終了)
定休日 木曜日

twitter @dosankomaster

中川正子

写真家。カリフォルニアに留学し写真を始める。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々のスライス、美しいランドスケープを得意とする。写真展を定期的に行い、雑誌、広告 、書籍など多ジャンルで活動中。2011年3月より岡山を拠点に、国内外を旅する日々。最新作は『Rippling』ほかに写真集に『新世界』『IMMIGRANTS』『ダレオド』などがある。文章執筆の仕事も多数。fua accessoryとのコラボレーションで短編「モキク」を発表。開設したオンラインストアも好評。

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