ここにしかない味。チェンマイで、丸鶏にかぶりつく。ーーSPチキン メインビジュアル

ここにしかない味。チェンマイで、丸鶏にかぶりつく。ーーSPチキン

中川正子さんとめぐる、旅と食。

LIFE STYLE
2023.06.05

写真家の中川正子さんが、旅をしながら出会った食の風景を写真と文章で切り取る、「中川正子さんとめぐる、旅と食。」今回は、チェンマイの旅第二弾。「半分外」の、丸鶏のお店を訪ねました。旅をしながらでしか味わえないものが、そこにはあったようです。


丸鶏が絶品だから絶対行ったほうがいい。チェンマイに詳しい友人が教えてくれた。肉をそこまで食べるほうでもないから、どうかな。首をひねるわたしに「だまされたと思って行ってみて」と彼は言う。きっと食べたことがないうまさだから。

丸鶏か。食べたことない。食べ切れるだろうか。その日は朝ごはんを抜いて備え、早めのランチへ。アメリカの友人宅でターキーの丸焼きを出してもらったことはある。あんなかんじかな。

img_takeout_022-02

地図を頼りに向かう。タイ名物とも言える電線のカオスの中に文字が見えた。SPチキン。通りに面して、つやつやと焼かれた「ガイヤーン」と呼ばれる鶏が並び、ゆっくりと回っている。ずらりと並ぶ鶏が、「ここがおいしい店だ」って大きな声で語っているようで、看板よりも雄弁だ。しかし、まだ午前中だというのに店内はもう、お客さんでいっぱい。

img_takeout_022-03

好きなとこに座って、と(たぶんそう言ってるのだろう)促され、席へ。カウンターには分厚いまな板となたみたいに大きな包丁がある。

img_takeout_022-04

オーダーが入ると鶏がさっと運ばれてきて、パンっと勢いよく縦に半分に切られる。その力強さは、「ぶった斬る」という表現のほうが近い。続いて、カンカンカンとすばやく横に5等分ほどに。幅が広い包丁でそれらが器用にすくいあげられ、滑るように皿へ。その様子の写真を撮ったけれど、想像以上に速い。スポーツを撮るようなシャッタースピードじゃないと追いつかない。

img_takeout_022-05

おいしそうに焼かれた鶏を目の前にして考える。わたしには丸々一羽は多すぎる気がするな。ハーフを注文。カオニャオっていうもち米が合うんだよ。あとソムタム。友人に勧められたままに注文してみる。

img_takeout_022-06

ソムタムはパパイヤのサラダ。大きなすり鉢で、その場で作られる。ピーナッツとレモンと砂糖と。あの茶色い液体はきっとナンプラー。目にも止まらぬ勢いで、材料が次々と鉢に放り込まれていく。コンコンとたたき混ぜる音がリズミカルで心地よい。作っているひとは、自動操縦みたいな滑らかさで手を動かし続けてる。一日何皿作ってるんだろう。

img_takeout_022-07

教えてもらった通り「辛さ控えめ」って伝えてみたけど伝わってるかな。ぺッが「辛い」、ニノーイが「少ない」って意味だったはずなんだけど。

この日は気温が33度くらいあった。大きく開いた店の間口からいい風が入ってきて、じわりとかいた汗を冷やす。タイのこの、半分外みたいな店の作りは気候にぴったり。

img_takeout_022-08

Tシャツとサンダル姿の地元のひとが慣れた様子でひっきりなしに入ってくる。Uber Eatsのようなサービス「Grab」のバイクも何台か店の前で待機。人気店だ。鶏は大量に並んではいるけれど、足りるのかな。

わたしの鶏がつやっと誇らしげに(そう見えた!)運ばれてきた。ソムタムともち米も。鶏を口に運ぶ。想像以上に皮がパリっとしていて驚く。肉はとても柔らかく、その食感のコントラストたるや!そのままでもおいしいし、添えられた酸っぱくて辛いソースを少しつけてもいい。

img_takeout_022-09

ソムタムは爽やかで辛く甘く、そして酸っぱい。実にタイらしいその組み合わせが、肉ととても合う。で、もち米。ローカルの方のまねをして箸じゃなくて手で。辛味を和らげてくれるし、すべてをまとめてくれる。なんなの、これ、ベストの組み合わせ。昼から飲んじゃうとふらつくから炭酸を頼んだ。でもほんとうはきっとビールが正解だよね、うんうん、わかってる。

img_takeout_022-10

エアコンがない店内で、汗をかきながら食べ続ける。ハーブとかにんにくに漬け込まれ焼かれた地元の鶏。調味料とナッツを和えたパパイヤ。そして蒸したもち米。どれも極めてシンプルで、完璧な調理法に思える。いま、身体がほしいものが全部ここに揃ってる。

img_takeout_022-11

午前中からチキンなんて食べられるかな。そんな懸念がうそのように、ガツガツ、食べる。自然の恵みをダイレクトにいただいているという感覚がある。それはきっと丸焼きというビジュアルのせいもあるのだろう。最低限の手だけを加えた、おいしくてありがたい食べ物。お皿に残ったニンニクの香りの汁をもち米できれいにぬぐう。ああ、至福。

ベタベタになった手を水道で洗う。鏡がなくて確認できないけど、きっと顔も汗でてかてかしてるだろう。それにしても、ハーフじゃなくてフルでもいけちゃったな、これは。ぜんぜん、まだ食べられる。食べたい。

img_takeout_022-12

この味を日本で再現することはできるかな。ふと思った。レシピはきっとシンプルだからできないことはないだろう。でもこの環境で食べて初めて、この食事は完成するような気がする。南国のこの暑さと、風と、半分外みたいな店の作りと。食べたことがないおいしさ、と友人は言った。ほんとうに、その通りだった。

img_takeout_022-13

日本に暮らしていたら、世界中のものがなんでも手に入るような錯覚に陥ることもある。でも、ちがう。遠くに出かけて、汗をかき、初めて体験できることってある。このチキンはまさに、そんな味でした。

店舗情報

SPチキン
9/1 Sam Larn Soi 1, Phra Singh, Chiang Mai 50200

この記事をシェアする
アイスム座談会