城崎の名店寿司をめぐる親子の物語。旅の余韻は「かに寿司」のお持ち帰りでーーをり鶴

テイクアウトのある風景 #9

2021.02.10

写真家の中川正子さんが写真と文章で綴る、「テイクアウトのある風景」。前回に引き続き、今回も城崎(兵庫県)へ。今回は親子二代で営む寿司の名店「をり鶴」を訪れました。明石で修行した父と、東京は銀座で修行した息子。二人はカウンターに並び、それぞれの寿司を握ります。アットホームで、でも凛とした佇まいのこの寿司屋にはどんな物語があったのでしょう。


寿司はうれしい。芸術的な寿司は心もおなかも麗しく満たされる。でもそういう寿司屋さんはドキドキもする。おいしい!って全身で表したり(やりがち)、友人とその気持ちを共有し合ったり…、そういうのを控えながらエレガンスを(わたしなりに)心がけて、いただいたりしたこともある。

親しい友人家族が城崎に越してから、この地を訪れることが増えた。徒歩圏内にすばらしい温泉とおいしいお店が並ぶだいすきな街。いい寿司屋あるから行こうよ、と美食の彼らが言う。今回すごいカジュアルな服しか持ってきてないけど大丈夫?そう尋ねるわたしに、心配ないと言いながら連れてきてくれたのがここ「をり鶴」でした。

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磨き上げられたカウンター、凛としたたたずまい。でもいらっしゃい、と声をかけてくださった親方の笑顔がなんだかアットホーム。それが第一印象。若い方とベテランの方が、二人並んで握っている。

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その日のめくるめく時間は忘れられない。気取らない会話とともにテンポよく出てくるネタはどれも新鮮で、絶妙な味わいの江戸前の寿司。城崎だけど江戸前なんだな。名物の但馬牛の寿司もいただいてもう、大満足。そういえば一切緊張してないな。こんなカジュアルな態度でよかったんだろうか。でもみなさん、そんなかんじ。笑顔でリラックスして食べる、極上の寿司。そして都内でいただくよりぐっとリーズナブル。そんな時間が忘れられず、その後も城崎に行くたびに通うように。

今回、ひさしぶりに訪れた城崎でお昼からいただくことにした。今日はブリとかヨコワとかカニとか。ああ、最高。昼から日本酒が進んでしまうではないか。

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友人の紹介でまあくんと呼ばせていただいている谷山正利さんはわたしと同い年。屈託のない笑顔からいつも健やかさが溢れ出てるひと。彼にこれまでのことを改めてお聞きする。

末っ子長男の谷山さんはおじいさまの代から続くこの店を、いずれ継ぐだろうという意識はあった。でも若い時は遊びたい盛りで、スキューバダイビングをしたりしたあと、一流の寿司を見たいと東京へ。和食を7年やったあと、「銀座久兵衛」に入り、そこで絵に描いたような修行時代を過ごす。シャリ切り、ゴミ出し、鍋洗い…。タコシンク、という持ち場があって、それはタコのぬめりをひたすら取るという役割なんだって。すごいな。

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笑顔で振り返る彼だけど、始発ででかけて終電で帰る、4〜5時間睡眠の日々。そこでの2年でさまざまなことを吸収した。板前によって握り方は違う。誰が握ったかは寿司の形でわかるそう。そんなの知らなかった。そうやってすべてを、目で盗む。

そうして、城崎に戻って父と並んで握る日々が始まる。「明石菊水」で修行したお父さまの大きめのシャリやネタに対して、彼のは江戸前の小さめ。一口で完結する寿司が好きだという。「まあくんが帰ってきてから寿司が小さくなった」なんてことも言われたりした。でも彼は自分が好きだと信じる寿司を曲げなかった。父とは当然ぶつかることも多く、でも「意地でも」自分のやり方を貫いた。

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広くはないカウンターの中で静かに行われていた、父子のたたかい。こちらからは見えなかったけどそんなことがあったんだな。お父さまは彼の寿司を、谷山さんは自分の寿司を、それぞれ握る日々。

彼が戻ってきてから3、4年のある日。若いお客さんが「俺は大将の握った寿司が好きだ」と大きな声で言った。そのお客さんにお父さまは「そんなこと言うもんじゃねえ」と一喝し、帰ってもらったそうだ。そんなピリッとした空気、ここで目撃したことないからよっぽどのことだったんだろう。でも、「その時、父に認めてもらえたようでうれしかった」と彼はにっこり話す。

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2017年に代替わりしてからも二人で並んで握ってる。お互い、改まって話したりはしないそうだけれど、今日のこんな話もお父さまに丸聞こえのところで、大きな声で彼は教えてくれた。認め合ってるからできるんだろう。すてきな関係。

城崎という、日本全国だけでなく世界中からひとびとが訪れる街。温泉と食をコンパクトな街でそぞろ歩いて楽しんでる。「マニアックみたいな寿司屋ではないからほどほどでいいんです」という彼だけど、美しい仕事ぶりに「ほどほど」は感じられない。やることはきっちりやる。でもひとに緊張を強いるようなお店にはしたくない。彼のその気持ちは、店内についているテレビにも現れている。お茶の間みたいな空気と研ぎ澄まされた寿司のコンボ。ほんとすき。笑顔も最高だし。

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そうそう、これはテイクアウトの記事。この高揚はカウンターでしか経験できないけれど、なにか、をり鶴のスピリットを持ち帰りたい。そんなわたしのようなひとのために、この季節のお楽しみ、カニちらしがあるのです。お父さまの代から変わらずある味。べにずわいガニを使っているので松葉ガニよりも漁期が長く9月から6月まで買える。旅館に泊まって城崎を楽しんで、帰りに必ず買って帰る常連さんも多いそう。それ最高。わたしもひとつください。

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お父さまのころから変わらない、冷めてからもおいしいシャリの配合。盛り付けも味もずっと同じだそう。そうか、新しい寿司を「をり鶴」に持ち込んだ彼だけど、これは変えなかったんだ。パッケージもすごくいいね。あ、のんびりしていたらもう、帰りの特急はまかぜの時間が。またきます。ありがとうございます。

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バタバタとお店をあとにし駆け込んだはまかぜに落ち着いて、蓋を開けてみる。ほんとうは家族におみやげと思ったけど、ちょっとだけ。一口いただく。おいしい。窓の外はみるみる暮れてきて、左右にゆれる列車は旅の気持ちを盛り上げる。最高のお風呂、美しい街。また来たいなって、たった今行って来たのにもう思っちゃう。こんなふうに城崎に旅したひとがずいぶん前からいたんだろうなって想像する。そういうのって、いいよね。 

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店舗情報

をり鶴
兵庫県豊岡市城崎町湯島396

Lunch 11:00〜14:00(L.O13:30)
Dinner 17:00〜21:30(L.O20:30)
定休日 毎週火曜、第2・4水曜

※非常事態宣言時の営業などについては店舗Instagram @worizuru.kinosaki でご確認ください

中川正子

写真家。津田塾大学在学中、カリフォルニアに留学し写真を始める。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々のスライス、美しいランドスケープを得意とする。写真展を定期的に行い、雑誌、広告 、書籍など多ジャンルで活動中。2011年3月より岡山を拠点に、国内外を旅する日々。最新作は『Rippling』ほかに写真集に『新世界』『IMMIGRANTS』『ダレオド』などがある。文章執筆の仕事も多数。fua accessoryとのコラボレーションで短編「モキク」を発表。開設したオンラインストアも好評。

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