【第二十ニ話】不安なときはいつも

2017/11/20 UPDATE

少し肌寒い日が増えた11月。僕の後輩が結婚した。

すらりとしたスタイルと、子犬のようなかわいらしい笑顔が特徴的なイケメンで、女性社員だけではなく、1階のカフェ店員さんにも人気の後輩だった。
彼は後輩の中では珍しく、合コンに行った話も誰かと付き合っているといった話も聞いたことはなかったのだが、どうやら11月の初めに、同じ高校の同級生の女の子と結婚することにしたらしい。

そんな渦中の後輩と一緒に金沢出張へ行くことになり、新幹線の中で馴れ初め話を聞かせてくれた。

「2年前の同窓会で久しぶりに会って、そこから付き合いはじめたんです」
「へー。本当にそういうことあるんだね」
「当時からお互い両想いだったみたいなんですけど、お互い言い出せなかったんです」
「ドラマみたいだね。お互い付き合っていた人とかいなかったの?」
「僕は…いるにはいたんですけど、遠距離だったし、ずっと連絡してなくて、そろそろケジメつけないといけないなと思っていた頃だったので…ちゃんと話して終わりにしました」
「彼女のほうは?」
「それが、いままで誰とも付き合わずにバリバリ仕事をしていたみたいなんですよね」

普段、職場の人の私生活に踏み込んだ話をすることはあまりないので、新鮮な気持ちになれた。
新幹線を降り、ビジネスホテルに着くとさっそく妻に電話をした。

「今度ね、同じ部署のイケメンの後輩が結婚するんだって。同窓会で再会したんだってさ」
「へー!同窓会に参加して結婚決めちゃうパターンだ…」

妻の声は、少しだけ怒っているように聞こえた。

「どうしたの?なにか怒ってる?連絡が遅くなっちゃったかな」
「よく聞かない?付き合っていた彼が同窓会に行ってから冷たくなって、浮気して別れちゃうって話…」
「僕は聞いたことないけど、あ、もしかして経験ある?」
「ご想像にお任せします!でも、おめでたいね」

少しせまいビジネスホテルの中を行ったり来たりしながら電話を続けた。
途中、テレビ電話に切り替えて話をすることにした。普段見慣れている顔なのに、なんだか気恥ずかしくてうまくしゃべれないのはどうしてだろう。

「私たちと結婚して幸せ?」
会話が途切れた後、一息おいて急に妻がそんなことを言った。

「どうしたの?」
「最近、同窓会とか結婚式の招待状を見かけないから、ちゃんと昔の友達と遊べたりしてるのかなーって思って」
「うーん。連絡はあるけど、仕事が忙しくて断っちゃったりしてるからね」
「暇だったら行くの?」
「うーん、仲がよければ行くと思うけど…」
「私に気を遣っているなら、気にしないでちゃんと行かないとだめだよ?君のそういうところが好きだけど、昔みたいに怒ったりしないから!」

そう。昔、一通の招待状がきっかけになって、ちょっとしたすれ違いが起きたことがあったのだ。

結婚してすぐの冬の出来事だ。ポストに僕宛ての招待状が届いていた。

「同窓会のお知らせなんて、珍しいね」
「うーん。行くか悩むなぁ」
「せっかくだから行ってきなよ!女の子とか心配だけど、たまには友人との交流も大切だし!」
「ありがとう。わかった。じゃあ、仕事終わりに少しだけ顔をだしてくるね」
「ちゃんと連絡はしてね」

そういうと、妻は返信葉書の「参加」にマルを付けて、忘れないようにと玄関のキーケースの横に置いてくれた。

その時はたしかに、笑顔で話していたはずだったのに、同窓会の前日に大喧嘩をした。

仕事から帰宅し、テレビをぼんやりみている時、「明日の同窓会は楽しみ?」ときく妻に僕は「うん。そうだね」とだけ答えたのだった。その時、少しだけリビングに不穏な空気が流れたのを感じた。その理由はすぐに分かった。

僕たちがなんとなく観ているドラマは、優柔不断な主人公が、街で偶然再会した同級生と一夜を過ごし妻に責められタジタジする場面だったのだ。妻はソファを立ち、何もいわずにリビングを出ていってしまった。

「はぁ…。信じられない…」
「ごめん。話をちゃんと聞いてなくって、深い考えなしに楽しみって言っちゃった…」
「ううん。私が気にしすぎてるだけだから。でも、本当は明日のことで頭がいっぱいだったんじゃないかって、心配になっちゃって」
「そんなことないよ」
「うん。ありがとう。明日は楽しんできてね」
「本当に、そういうつもりじゃないから」

お互いに背中をくっつけてベッドの中で話をする。喧嘩をしたときはいつもそうだ。
誤解を解くように話はできたけれども、まだ少し2人の間には冷たい隙間を感じてしまっていた。
振りかえればいつものように抱きしめられる距離なのに、そういう夜はほんの数センチの距離が、とても遠く感じる。その日はそのまま、話すこともなく寝てしまい、同窓会の当日を迎えてしまった。

同窓会の当日の土曜日は、どしゃぶりの雨だった。
同窓会に集まる同級生はみなカジュアルな私服で参加をしていて、学生の頃とあまり変わらない若々しさを残しているように見えた。
休日出勤があった僕はスーツでの参加だったため、会場で少し浮いてしまった。

同級生たちは、あまり同窓会に参加することのなかった僕を見つけて、矢継ぎ早に声をかけてくれた。
「久しぶりじゃん!疲れた顔してるねー」
「久しぶり!全然変わんないな。元気にしてた?」
「うん。元気だったよ!ねぇ、結婚したってホント?誰?うちらの知ってる子?今度みんなで花火大会いこうよ!!」

友人たちと近況を交換しながらも、休日出勤の疲れと、大音量のBGMとたばこの煙にめまいがして、30分もたたないうちに、外の空気をすうため貸切のパーティー会場を出ることにした。

外にでると土砂降りの景色をバックに、女性の人影が見えた。
高校生の頃、よく一緒に帰っていた女の子が、少しだけ顔を赤くして立っていた。

「久しぶり。元気にしてた?」
「うん。君は?」
「元気にしてたよ。いま、なにしてるの?卒業してから何度か連絡したのに、返事くれないんだもん」
「ごめん…!前に携帯電話を落として、連絡先がわからなくなっちゃって…」
「ひどいなー。けっこう傷ついたんだよ?じゃあ、新しい連絡先聞いてもいい?今度二人でご飯たべにいこうよ!」

その時、胸ポケットで僕の携帯電話が短く鳴った。
妻からのメールだった。

「ごめんね。久しぶりの同窓会だし、笑顔で送り出したかったんだけど、どうしても不安になっちゃって。昨日はひとりで勝手に怒ったりしてごめんね。でも、夜はいつもどおり抱きしめて欲しかったかも…。今日は楽しんでね!おうちで待ってるから」

そのメールを見て、胸がいたくなった。

「ごめん!俺、もう家帰るわ」
そう言い終わるよりもはやく、荷物を取りに戻った。

「ねぇすごい雨だよ!?駅まで一緒に帰ろうよ。私、傘とってくるね!」

僕はその言葉に振りかえらずに、扉を押しあけ駅へと全力で向かった。

家に着くころにはすっかりずぶ濡れになった僕を、妻は心配そうな顔でバスタオルを広げて迎えてくれた。

「昨日はごめんね。やっぱり不安で…」
「遅くなってごめん。ただいま!」

妻はただ不安になっていただけなのに、それを解消してあげるためのたったの一言が昨日出てこなかった。
たった一つの行動をすることが出来なかった。そんな自分を情けなく感じた。

「…好きだよ。僕には君しかいない」
「どうしたの?突然…」
「ねぇ。今日何の日か知ってる?」
「11/22。いい夫婦の日だね」
「なーんだ知ってたんだ」
「うん。だから待っていたの」

不安な時こそ、言葉にして伝えよう。
好きな人の心に、手をのばす勇気を持とう。
しっかりと抱きしめて、今の自分に一番大切なものを確かめよう。

投稿者名

shin5

都内で働く会社員。Twitterに投稿した日常ツイートが話題となり、22万を超えるフォロワーから注目され、2015年に漫画化した。「結婚しても恋してる」「いま隣にいる君へ。ずっと一緒にいてくれませんか。」は異例の15万部を突破し、仕事を続けながらWebメディアへの連載、執筆活動もスタート
Twitter:https://twitter.com/shin5mt