私自身の「しんどい」と向き合うために

晴れでも雨でも食べるのだ。 #39

LIFE STYLE
2023.10.02

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は奥村さん自身が料理の「しんどい」と向き合い、試行錯誤した様子をていねいに記してくださいました。ほんとうの「しんどい」を少し楽にするヒントが、あるかもしれません。


「料理」という文字を見ると息ぐるしい気持ちになるのはなぜだろうと、これまで何度も考えてきた。

私はもともとめんどくさがりで、たとえば歯磨きやお風呂もめんどくさいし、朝起きて顔を洗うことすら先延ばしにしてしまう。健康や衛生や美容のために必要だと頭ではわかっていてもめんどうなことには変わりなく、ちょっと疲れているときは、そうしたルーティンをこなしているだけで「生きるってなんて大変なのだろう」とついため息をつきそうになるほどだ。

だから家事や料理をめんどくさいと思うのは当然といえば当然なのだけど、歯磨きやお風呂や洗顔とは次元のちがうめんどくささを料理には感じていて、日によっては「しんどい」の域に達してしまう。

でも食べなければ生きていけないので、心身の状態が極端にわるいとき以外はしかたなく料理をする。毎日ごはんを用意することは、私にとっては「体に染み込んだルーティン」といえるほど自然にこなせる行為ではない。

それなら外食や出前、お惣菜に頼ればいいじゃないかと思われるかもしれない。

でも金銭面や栄養面が気になる上、店やメニューをいちいち選ぶのもわざわざ外出するのも私にはめんどうだ。結局めんどくさいことには変わりがないので、だったら自炊でいいかなとなる。いくつかの選択肢を考慮した上で、消去法で自炊を選んでいるわけだ。

ただ、今は料理家のみなさんが「これ、無料でいいんですか?」と思うようなおいしいレシピをたくさん公開してくれている。黒焦げにするとか塩と砂糖を間違えるとかわかりやすい失敗をしない限り、レシピ通りに作ればおいしく仕上がる。だから正直なところ「これなら家で作ったほうがいいな」と感じる機会も増えてきた。

好きな格好で好きなものを安くおいしく食べられるのだから、自炊ほど自由で素晴らしいものはない。

こんなふうに自分に言い聞かせながら、日々どうにか料理をしている。

img_hareame_039-01

そうはいっても、めんどうなものはめんどうなので、そのめんどくささをいかに和らげるかを自分なりに探求してきた。

まずやってみたのは、料理にまつわる工程を分解し、「自分にとって何がめんどうなのか」を理解すること。自分の状況を正しく把握することで、料理全般に対する「めんどうだなあ、しんどいなあ」というもやっとした感情が輪郭を持つようになり、自分の中で取り扱いやすくなるのではないかと思ったのだ。

私の場合、一度の食事をするために16個の作業をしていて、めんどくささのレベルによって大まかに分類すると下の表のようになった。そりゃあ歯磨きやお風呂よりもしんどいはずだ。これだけたくさんの工程があり、しかも毎日少しずつちがうのだから。

1.献立を考える
2.買い物をする
3.レシピを確認する
4.材料を切る/下ごしらえをする
5.熱を加える(焼く、炒める、蒸す、煮る etc.) 
6.味つけをする
7.調理器具を洗う
8.皿に盛る
9.テーブルに持っていく
10.食べる
11.食後のテーブルを片付ける
12.ゴミを捨てる
13.食器を洗う
14.洗った食器を片付ける
15.コンロ周りを洗う
16.シンクを洗う

レベル1
少しめんどくさい
8.皿に盛る
9.テーブルに持っていく
10.食べる
レベル2
めんどくさい
3.レシピを確認する
5.熱を加える(焼く、炒める、蒸す、煮る etc.)
6.味つけをする 
14.洗った食器を片付ける
レベル3
けっこうめんどくさい
1.献立を考える
4.材料を切る/下ごしらえをする
7.調理器具を洗う
13.食器を洗う
15.コンロ周りを洗う
16.シンクを洗う
レベル4
かなりめんどくさい
11.食後のテーブルを片付ける
2.買い物をする


表を見るとわかるように、私が特にめんどくさいと感じる工程はほとんどが準備と片付けにかかわるものだ。料理にかかわらず計画や段取りや片付けが苦手なので、予想どおりの結果だった。

買い物の「めんどくさいレベル」がもっとも高いのは、家で仕事をしているからだと思う。買い物に行くためだけに着替え、顔や腕に液体を塗り、髪を整え、炎天下に身をさらけ出さなければならない点に苦痛を感じてしまうのだ。

一方で、切ったり焼いたり煮たりする一般的に「調理」に含まれる工程は、ほとんどがレベル2にとどまっている。キッチンに材料と献立、レシピが全部そろっていて、あとは調理するだけという状態なら、私のしんどさはずいぶん半減するだろう。そう考えると、ちょっと希望が見えた気がした。

私はできるところから負担を減らす試みをはじめた。ここ数年、いろいろな方法を試してみている。

1.買い物・献立・下ごしらえの負担を減らす

img_hareame_039-02

食材宅配やネットスーパーを利用する

買い物の負担を減らすため、一時期は食材宅配サービスを利用していた。外出する必要がなく、重い荷物も運ばずに済む。人混みを避けられるという利点もあり、ありがたかった。

一方で、送られてくる食材の質や価格に満足できない時もあった。さらには週の途中で足りないものが出てくることもあり、近くのスーパーに買いに行く機会が増えてしまった。結局そのままフェードアウトして今にいたる。私には合わなかったらしい。

ミールキットを利用する

引っ越しなどでバタバタしていたときに1、2か月ほどミールキットを頼んでいた。買い物に行かなくていいし、献立を考える必要もない。レシピを検索して数ある候補の中から選ぶ必要もない。カット済みの野菜が届くコースもあり重宝した。

もっともありがたかったのは、必要な食材が必要なタイミングで必ず家にあるという安心感だ。「材料が足りないからこのレシピはあきらめるか」「あれ、あると思ってたのにないじゃん」「これなら代用できるかな」などと悩んだり焦ったりする時間が減った。

毎日多様な食材が届くので、あまり買ったことがない食材や挑戦したことのない味つけに出会えるところも新鮮でよかった。価格は割高だが、スーパーに行く機会が減って余計なものを買わなくなったので、家計への影響は限定的だった。

一方で、「今日はこの三品を作らなければならない」「この食材を使わなければならない」と思ってしまう点はややストレスに感じた。冷蔵庫にはキットの材料しかないため決められたものを作る以外の選択肢がなく、窮屈に感じる日もあった。時間がなく献立通りに作れなかった日には「できなかった」という事実が心に残った。

食材宅配と同様に、送られてきた食材の質や味つけが物足りない日もあったので、食にこだわりのある人にはあまり向いていないかもしれない。必要に応じてまた利用する可能性はあるが、こちらも自然とフェードアウトした。

1週間分の食材を休日に買う

最終的に私が行き着いたのは、1週間分の食材をスーパーでたっぷり買うという、よくあるシンプルな方法だった。私の実家もこのやり方を採用している。

おかげで週の途中で「これがない」と嘆くストレスから解放され、台風の影響で沖縄のスーパーから魔法のように食品が消えた週もどうにか乗り越えることができた。自分で選んだ食材なので、宅配を利用した時のように「思ったものと違う」ともならない。

休日の貴重な数時間を買い物と食材の収納・保存に費やさなければならない点や、ついつい買いすぎてしまうところは難点だけれど、平日のストレスはかなり減ったので今のところ満足している。

でもこれは、引っ越しを機に冷蔵庫を大きくし、車も購入したことでようやく可能になった技だ。私は車を運転できないし、大量の荷物を一気に運ぶこともできないので、一緒に行ってくれる夫がいなければ成り立たない方法でもある。

どの方法にも一長一短があるので、そのときどきで自分に合う方法を見つけていくしかないみたいだ。

2.調理の負担を減らす

肉はすぐに味つけ冷凍

img_hareame_039-03

料理にまつわる工程の中で「めんどくささレベル」の上位に入っている「レシピを確認する」や「調理器具を洗う」の負担を減らすため、肉は買った日にまとめて味つけをして冷凍・冷蔵保存するようになった。作業中いちいち調味料を棚から取り出すのもめんどうに感じていたので、体感的にはかなり楽になったと思う。

鶏もも肉は照り焼きか唐揚げかタンドリーチキン、鶏胸肉はソテーかレモンマヨ漬け、豚ロース肉は味噌漬けかポークジンジャー、豚肩かたまり肉は料理家の今井真実さんのレシピで焼き豚、というようにだいたいのパターンを決めている。今日はこの気分だな、と思うものを適当に選んで解凍したり温めたりしているので、献立を考える負担も減った。

かつおやまぐろを買ってきた日も、半分はその日中に刺身として食べ、半分はタタキや漬けにして次の日に回している。ほとんど調理をしなくてもメインディッシュが完成する日を設けることが、気持ちの余裕につながっている。

野菜は焼くだけ、蒸すだけ、和えるだけ

img_hareame_039-04

野菜には凝った調理や味つけをしないことにした。

こんがり焼いて塩をふるだけで、野菜は十分おいしい。いろいろなレシピを試しつつ自分でさらに簡略化し、以下のようなシンプルな副菜をよく作るようになった。

調理の工程も、調味料も最小限。これだけでいいと割り切ることで、もう一品を作るハードルが下がった。

きゅうり、大根、みょうが 好きな大きさに切って袋に入れ、白だしを加えて放置する。
ナス 縦半分に切って皮を下にしてごま油をひいたフライパンで焼き、焼き色がついたら裏返して蒸し焼きにする。醤油を回しかけ好みで生姜やかつお節をふりかける。
アスパラ オリーブオイルをひいたフライパンでこんがり焼いて塩をふる。
ズッキーニ 縦半分に切って皮を下にしてオリーブオイルをひいたフライパンで焼き、焼き色がついたら裏返して蒸し焼きにする。塩をふる。
えのき 塩、酒、好みでおろしにんにくを加えてレンジでチン。醤油を加えて混ぜる。好みで刻み海苔をふりかける。
ひらたけ 油で炒めて塩をふる。
みょうが 適当に切ってごま油としょうゆと白ごまで和える。
大根、長芋、かいわれ大根 適当に切ってマヨネーズと醤油であえる。
菜の花 オイル蒸し(アイスムの『五感をひらくレシピ』より)か昆布じめ(フライパンに少しの水と一緒に入れて蒸す→昆布に挟んで放置)

スープは今あるもので適当に

img_hareame_039-05

スープも以下の3種類に定まってきた。めんどうなのでレシピはめったに探さない。材料はその日冷蔵庫にある野菜、きのこ類、豆腐、豚肉や鶏肉などから適当に。あまり気にせず、入れられそうなものはなんでも入れる。

中華スープ 鶏ガラ+オイスターソース+塩こしょう
味変:しょうが、コチュジャンなど
味噌汁・豚汁・和風スープ だし+味噌/だし+醤油
味変:だしを変える、ごま油、醤油、しょうがなどを足す
コンソメスープ コンソメ+塩こしょう


スープの基本の味つけは3パターンくらいあればどうにでもなる。具材は何を入れてもそれなりにおいしくなる。

そのことに気づかせてくれたのは、なんとミールキットだった。献立通りに作っていると、「こんなにシンプルな味つけでもおいしくなるんだな」「この野菜はスープに入れたことなかったな」「あれ、こないだも似たような味つけをしたな。材料を少し変えるだけでも気分は変わるものなんだな」というふうにハッとする場面が何度もあったのだ。

スープはいちばん自由で融通のきく料理なのではないかと、鍋に野菜を放り込みながらいつも思う。

こうした試行錯誤の結果、今はここ数年のなかでもっとも余裕を持って平日の料理に取り組めている気がする。めんどくさいことに変わりはないけれど、料理をはじめるときの「だるいなあ」という気持ちはちょっとだけ和らいだ。

あとは片付けをどうにかしたいところ。食器洗い乾燥機を導入すれば一気に楽になるのはわかっているけれど、残念ながらいい置き場所がなく購入にはいたっていない。

img_hareame_039-06

時短レシピとか便利な調理家電とか、料理を楽にするための情報はどこにでも転がっている。外食や惣菜、ミールキットや家事代行など、外注する方法もいくらでもある。

だからだろうか。

こんなに簡単なレシピもあるのに、やってみればこんなに楽しいのに、自炊がめんどうなら外食や惣菜で済ませればいいのに、という声もある。

でも、「これを作りたい」と心から思って料理をする奇跡のような時間以外は、何もかもがめんどくさいと思ってしまう私のような人間からすると、それらが空虚な言葉に見えてしまうことも多い。「料理は本来楽しいものだ」と言われると、「一人一人の感じ方なのになぜ最初から決まっているのだろう」と疑問に思う。

その方法が簡単か、向いているか、実現可能か、気持ちが楽になるか、楽しいと感じるかは、人による。だから、他人にとってどうなのかではなく、自分自身がどう感じているのかを見極め、根本にあるしんどさに対して、現実的に自分自身で手をさしのべる必要がある。

そのとき、苦手を無理に克服する必要もない。好きではないものを無理に好きになろうとする必要もない。

しんどい気持ちを否定せず、まずはそのまま受け入れたい。そして、ほかのだれでもない自分自身が少しでも心地よくいられるように、自分で手を動かしたときの実感を大切にしながら、料理との距離感を模索していきたい。

この記事をシェアする

イラスト:おくちはる

アイスム座談会