キッチンで秋をつくる

晴れでも雨でも食べるのだ。 #41

LIFE STYLE
2023.12.11

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回はキッチンで楽しむ「秋」のお話です。


秋が好きだが、秋らしい秋のない土地に住んでいる。

沖縄の10月は、毎日が一昔前の涼しい夏の日という感じ。最高気温は27〜29℃、最低気温は20℃を下回らないくらいという過ごしやすい気候が続いている。

秋になると紅葉を見に行くのが毎年の楽しみだったが、常緑樹が多い沖縄では紅葉はほとんど見られないらしい。先日山に登ってみたら、登山道には蝉の声が盛大に響き渡り、山頂ではたくさんの蝶が舞い、目下には深い緑とコバルトブルーの海が広がっていた。

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寒すぎず暑すぎず、ドライブにうってつけの気候。海も山も色鮮やかで美しく、鳥も虫もいきいきしているのはありがたい限りだが、秋が大好物の私としては、あの独特の物寂しい雰囲気や深くこってりとした色味が恋しくなってきてもいる。

しかしそんな沖縄にも、手軽に秋を感じられる場所がある。旬の食材に出会える市場やスーパーだ。

果物コーナーでは柿やぶどうが棚一面を埋め尽くし、鮮魚コーナーではさんまや秋さば、秋鮭が銀色に光りはじめる。お菓子売り場にはチョコレートコーナーやハロウィンコーナーが設けられ、パンコーナーにはいもやりんご、かぼちゃを使った商品が増えてくる。

異国にやってきたような、食のテーマパークにやってきたような。夏らしい気候が続く中で秋の匂いに満ちた食材コーナーを目にすると、なんだか不思議な気持ちになる。同時に朝晩の冷え込みや山を彩る紅葉、突き抜ける青空などを思い出し、少しノスタルジックな気持ちにもなる。

食だけでも秋を堪能するため、秋らしいものを買ってじっくりと調理してみることにした。

栗ペースト

市場で立派な栗を仕入れた。大きくてつやつやしていて、眺めているだけでため息が漏れそうになる美しい栗だ。焼くか茹でるかしてそのまま食べようかとも思ったが、いろいろな用途で楽しむためにあえてつぶして栗ペーストを作ることにした。

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まずは栗をそのまま茹でる。沸騰した湯の中に栗を入れると、ごつんごつんと鍋底にぶつかる音がしてくる。お湯は夕暮れどきの色に染まっていき、最後は秋らしい艶のあるブラウンに。少し焦げたようなこうばしい香りも漂ってくる。

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ゆでた栗を大胆に半分に割ると、ほっくほくの黄色い実があらわれる。たっぷりの砂糖と牛乳を加えてさらに煮込み、しゃもじやスプーンで地道につぶす。わが家にはミキサーがないのでなめらかなペーストにはならなかったが、つぶ感があるのも私は好きだ。

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できあがった栗ペーストの一部は丸めて冷やし栗きんとんに。ほかにもバニラアイスに混ぜて栗アイスにしたり、パンやクラッカーにそのままのせて食べたり。日々のおやつにちょっとずつ秋を混ぜ込んでいる。今はモンブランもどきを作れないだろうかと模索中だ。

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ジンジャーシロップ

新生姜を手に入れたので、こちらはシロップにすることにした。生姜というと夏のイメージもあるが、露地栽培のものは秋が旬なのだそう。

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まずは水の中でごしごし洗う。土や汚れ、傷んでいる部分を取り除いていくとすっきりきれいな淡黄色になり、気持ちも一緒にすっきりする。手の感触を楽しみながらさくさくスライスし、同量の砂糖をしっとりとまぶしてしばらく置いておく。

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すると、生姜から水分が出てシロップの片鱗が見えてくる。鍋に入れて火にかけるとじゅわじゅわと泡が出て、シロップがとろみと艶を帯びはじめる。キッチンは生姜と砂糖の香りでいっぱいになり、私はちょっとクラクラしてくる。もうこれは秋の香りを飛び越して冬の香りじゃないか。

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最終的に、はちみつの色をさらに濃く深くしたような柿色のシロップができあがった。生姜本体は乾燥させて砂糖漬けに。これもいい茶菓子になりそう。

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お酒やカフェインが得意でない私にとって、ジンジャーシロップは強い味方だ。

お風呂上がりには炭酸水を加えて大好きなジンジャーエールに。ぴりりと効いた生姜の風味と炭酸ののど越しで爽快な気分になる。

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冷えた朝にはホットミルクにとろとろと落とし入れてシナモンをふりかける。まろやかなミルクと砂糖とスパイスの組み合わせはどうやったっておいしい。

体が芯から温まり、やっぱり「冬はつとめて」だなあと、まだ冬ではないのに思ってしまう。

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イクラの醤油漬け

スーパーに売られていた大きな生すじこでイクラの醤油漬けを作った。

工程はシンプル。40度前後のお湯の中ですじこをやさしくほぐしたら、何度もお湯を変えながら白い薄皮や血合いをとりのぞいていく。作業粒状にほぐれたイクラを醤油・みりん・酒を合わせた調味液に漬けて一晩置けば完成だ。

必死に作業をしていたので写真を撮り損ねてしまったが、細かい皮をとりのぞく作業は裁縫みたいに細かくて地道だった。

お湯に入れるとすじこはゆでたように白くにごってしまい、本当にあの煌びやかなイクラになるのだろうかとずっと不安な気持ちでいたが、一晩置いたイクラは見事に真っ赤に輝いていた。

ふっくらごはんにのせて食べれば、余りものや菓子パンで済ませがちなお昼の時間が贅沢な時間に早変わり。イクラがぷちぷちと弾けるたびに昨日の自分に感謝したくなってくる。

すじこ本体は決して安くはないけれど、宝石みたいなイクラが誕生する過程を楽しんだ上でスプーン一杯の幸せを何度も味わえると考えると、なかなかいい買い物だった。

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生姜の黄色とオレンジ、イクラの赤、栗のブラウン。秋の食べものは紅葉や冬の樹木の色を食卓に届けてくれる。

ふだんは時短を好む人間だが、調理も貴重な秋を味わえる大事な機会ととらえて今回はあえて時間をかけた。栗スイーツもジンジャーエールもイクラも大好物。好きなものを作りながら恋しい秋を満喫することで、私の秋不足も8割くらいは補えそうだ。

来週はスーパーでなにを買おうか。ちょっと早いけれど鍋でもやってしまおうか。
四季の変化が少ない土地でも、キッチンでは四季を作れるのだから。

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