「何が食べたい?」と自分に聞いて、ウェルビーイングの第一歩を踏み出そう メインビジュアル

「何が食べたい?」と自分に聞いて、ウェルビーイングの第一歩を踏み出そう

山口祐加さん・星野概念さん 対談【前編】

PEOPLE
2023.11.13

アイスムで「五感をひらくレシピ」「自炊ラボ」を連載中の山口祐加さんが、2023年8月に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(晶文社)を発刊。それを記念して、本書に「対話に参加」として協力された精神科医・星野概念さんとのトークイベントを開催しました。
このトークイベントにはアイスム読者を4名ご招待し、それぞれの質問を持ち寄っていただきました。「自炊をしたいけれどする時間がない」といった悩みに、山口さんと星野さんはどう答えていくのでしょうか。

山口祐加(やまぐちゆか)さん

自炊料理家。1992年、東京生まれ。7歳から料理に親しみ、料理の楽しさを広げるために料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」や小学生向けの「オンライン子ども自炊レッスン」を実施。レシピ製作、書籍執筆、音声メディアVoicyにて「山口祐加の旅と暮らしとごはん」を放送するなど幅広く活動を行う。著書に『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)、『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活』(エクスナレッジ)など。

星野概念(ほしのがいねん)さん

1978年生まれ。精神科医としての仕事の傍ら、執筆や音楽活動を行う。著書に『こころをそのまま感じられたら』(講談社)、『ないようである、かもしれない』(ミシマ社)。共著に『ラブという薬』『自由というサプリ』(ともにいとうせいこう氏との共著/リトル・モア)がある。

自炊も医療も、対話から解決の糸口が見つかる

山口

こんばんは、山口祐加と申します。「自炊料理家」というちょっと変わった肩書で活動しています。私はアイスムが始まった当初(2020年)から、「五感をひらくレシピ」という連載を担当しているんです。その第1回では、菜の花のオイル蒸しのレシピを紹介しました。その中で、ただ作り方を紹介するのではなく、「菜の花を買ってきたら、一本だけグラスに生けてみる。すると、数日のうちに花を咲かせ、当たり前だけど『そうか、花を食べているんだな』と気づく」と書きました。

星野

アイスムには「花の人」として登場したということですか?

山口

いえ、そういうことではなくて(笑)。自分たちが普段食べている食材は自然のもので、味覚だけでなく視覚や触覚でもその食材を楽しんでもらいたいと思い、そうした入り口にしたんです。

img_eventreport_002-02

星野

なるほど。僕は星野概念と言います。

山口

本名ですか?

星野

本名じゃないんです。これについて話すと長くなるのでここでは触れません(笑)。僕はこれまで料理関係のお仕事はほとんどしておらず、自分で料理することもあまりないのですが、山口さんと自炊についての本を出しました。いつもは、精神医療に従事しています。

img_eventreport_002-03

山口

今回星野さんとつくったのは『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』という本です。私は、自炊料理家として料理教室をするまで、自分のために料理を作れない方が多いということを知らなかったんですよ。そうした方と接するうちに、簡単レシピや時短レシピを開発して「これなら作れますよね」と提案するのだけでは、解決しない問題があると感じたんです。

(参加者の方々がうなずく)

img_eventreport_002-04

山口

本当に料理が必要なくて、自分でも納得しているならやらなくてもいいんですけど、「自炊したほうがいいと思っているのにできない」という方の問題を解決するにはどうしたらいいのか。それには、とことんその方の話を聞いて、個別に対応を考えるしかないと思ったんです。

そこで、以前からご著書を読んでファンだった精神科医の星野概念さんと一緒に、対話的に取り組むというアイディアが浮かびました。全3回のオンライン自炊レッスンのうち、2回目に星野さんに入っていただき、3人でお話ししました。その記録をまとめたのがこの本です。料理のコツみたいなことも書いてはいますが、ほとんど心の話をしているんですよね。

星野

今の話って、医療でも似たようなことがあります。頭痛を例に出すと、「頭が痛い」と訴える患者さんに対して、病院では検査したり頭痛薬を出したりするわけです。検査で脳に原因があることがわかることもあるけれど、大抵の場合はこれといった原因がない。だから僕は、まずはじっくりお話を聞くようにしています。その中で、生活習慣や環境、かかっているストレスなど頭痛を引き起こす要因を探っていく。ただの頭痛ではなく「Aさんの頭痛」として捉えるとやり方が見えてくることがけっこうあるんですよ。

山口

そうなんですよね。自炊レッスンをしていて思ったのは、その方の性格やくせ、ご家族、これまで歩んできた人生といった個別具体的なものがその人の自炊を規定しているということです。料理ができている人でも「こんなのは自炊とはいえない」といった考えにとらわれていたりするんですよね。

星野

頭痛薬はその場の対処にはなるけれど、根本的な解決にはならないんですよね。自炊でいうと、簡単レシピや時短レシピは頭痛薬みたいなもの。それを見た瞬間は「これならできるかも」と思うんですけど、自炊を続ける要因にはならない。この本は、そうじゃないところにアプローチしていると思います。

忙しい時は、寝る前に食べないことを優先する

山口

では、ここから参加者の皆さんから集めた質問にお答えしていきましょう。まずはあゆさんの「自炊を続けるために、環境や仕事を変えたご経験はありますか?」という質問。

あゆさん

私はどちらかというと料理が好きな方です。それでも、仕事などに追われていると自炊ができなくなってしまいます。この問題を解決するには、環境を変えるしかないのかなと思っていて…山口さんにそういったご経験があればうかがいたいです。

img_eventreport_002-05

山口

私は3年間会社に勤めていたのですが、夜遅くまで働くようなハードワークではなかったんですよね。自炊ができないほどの仕事量ではなかった。これまでのことを考えるといつも食欲が最優先で、食べることをおろそかにせざるを得ない環境に身をおいたことがないかもしれません…星野さんはどうですか? 医師の仕事はけっこうハードワークですよね。

星野

ハードワークですね。一つの病院の常勤医師として働いていた頃は、朝8時半には病院についているようにして、終わり時間は決まっていない、みたいな感じでした。外来診療の時間は決まっているのですが、入院患者を担当していたら外来の後に入院病棟をまわるので、帰りはけっこう遅かったです。僕は食べることが好きなので、自炊にも興味があったんですよ。でも、時間がないことで自炊したい気持ちにブレーキがかかっていました。そもそも家にいる時間が短いと、自炊できないんですよね。

あゆさん

そうなんです…。

山口

コンスタントに料理をしないと、冷蔵庫の食材もなくなりますしね。

星野

そうなんですよ。18歳で一人暮らしを始めた頃は自炊欲も高く、料理をすることもあったんですけど。初めて作ったのはひじきの煮物です。

山口

渋い(笑)。

星野

ひじきが好きなもので(笑)。好物が作れたのはうれしかったし、記念すべきことだったけれど、そこから何度も作ったりはしなかった。大学生の時も時間がなかったんです。そうすると、食材も調味料も使い切れないし、自分好みの味にするまでの境地には至れないんですよね。

img_eventreport_002-06

山口

あゆさんは、忙しい時期は何時くらいに帰宅されているんですか?

あゆさん

23時くらいです。

山口

それだと帰宅してから作って食べるのは難しいですよね。寝る直前に食べると、胃腸に血がいってしまって体が休まらないし。

星野

そうそう、寝る直前に夕食とるのは良くないです。腸も休まらないし、水分バランスも崩れてむくんだりします。だったら、思い切って寝て、朝しっかり食べるほうがおすすめです。

山口

私だったら、夜用のお弁当を作って会社に持っていくかな。お弁当といってもそんなにちゃんとしたものじゃなくていいと思うんです。私が会社員の頃は、豚汁をタッパーに入れて持って行って、会社の冷蔵庫に入れておき、それをレンジで温めて食べたりしていました。そんな感じで、夜に温めて食べるとかでいいと思います。会社に電子レンジや食事スペースがなかったら、夕方にコンビニのおにぎりを食べて、家に帰ってきてからお味噌汁だけ飲んで寝るとか。自炊をがっつりやりたかったら環境を変えるしかないのかもしれませんが、短い時間でできることを考えるというのが一つの解決策でしょうか。あまり答えになっていなくてすみません。

あゆさん

いえいえ、ありがとうございます。

繁忙期の平日は外食を楽しみ、週末に自炊欲を発散する

山口

それでは次の質問、なみさんの「どうしても自炊したくない時はどうされていますか」。

なみさん

私は、自炊はいいものだ、と思っています。自炊したほうが体に良いし、社会人になってからは心の健康にもいいと実感しています。料理をすると、どんな時もそれなりの達成感が得られるんですよね。でも、仕事が忙しい時は帰りが午前0時くらいになることもあり、作れなくなる。作れない時期に入ると、先程のお話にもあったように、冷蔵庫に食材がない状態が続いて、自炊できない悪循環が生まれてしまいます。そういう時に、自炊を再開したくなるような一工夫があれば、教えていただきたいと思ったんです。

img_eventreport_002-07

山口

時間がない中で無理に料理をするのは大変だから、繁忙期をいっそ「外食を楽しめる期」ととらえたらどうでしょう。近所のコンビニの気になるお弁当全部食べてみるとか、普段は使わない宅配サービスを利用してみるとか、その状況がポジティブに感じられるようにするのがいいのかなと思います。

なみさん

気持ちを切り替えて。

山口

そうです。あとは、たしかに料理をしない時期が続いてしまうと取り掛かるのが億劫になってしまうので、週末に時間が取れるのであれば、週末だけ料理をすることをおすすめします。平日に溜め込んだ自炊欲を発散して、自分が食べたいものを作る。私は丸一日料理の撮影でくたくただったとしても、自分が食べたいものがあれば、仕事の後で作るんです。それがたとえ、めちゃくちゃ手間のかかる料理だったとしても。

星野

その料理を買ってくるのではなく、作るんですか。

山口

自分で作ったのが食べたいんです。「食べたい」が先にあるから、自分に対して「わかった、わかった、作るから!」って感じです(笑)。

img_eventreport_002-08

星野

それはすごく大事ですね。自分と自分の対話なんですよね。「これがしたい」という自分の声をどれだけ聞けるかが、ウェルビーイングみたいなもののコツだと思います。自分の声って聞かなかったことにしやすいんですよね。この「食べたい」を自分の子どもに言われたとしたら、なかったことにはできない。もう声として表に出てるし、聞いてしまったらその料理を作るか買うかという行動をとるでしょう。でも、自分の欲求の場合、内側にしか存在しないから、なかったことにして適当なもので済ませてしまったりする。そうしているうちに、だんだん自分がどうしたいのかわからなくなっていってしまう。「これが食べたい」という自分の声を聞く練習は、人生を良くする練習になると思います。

山口

本当にそうですよね。欲求といっても、「何をしたい?」って聞かれたら、範囲が広すぎてあまり思い浮かばなかったりする。だけど誰しも何も食べなければ空腹になるから、「食べたい」という欲求自体は必ず持っているんですよね。だから、自分の声を取り戻すのに、何を食べたいのか考えることから始めるのは、すごく有効だと思います。

後編では、「自然に食べたいと思うものを選ぶ」というのはどういうことなのか、星野さんならではの視点でのお話や、「すき家」が大好きだという読者の方の楽しいお話など、まだまだおもしろいお話が続きます。

後編につづく

この記事をシェアする

取材・文:崎谷実穂
撮影:村上未知

アイスム座談会