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レシピに込めた料理家の思い、できればもっと伝えたいレシピのこと

特別企画

PEOPLE
2023.09.11

料理研究家の仕事はレシピを考えること。「最小限の言葉で分かりやすく」が求められます。ゆえに、本当はもっと細かく、くわしく説明したいけれど難しい場合も。今回はレシピに込める思いと、日頃は省かざるを得ないあれこれについて語り尽くしていただきました。

お話を伺ったみなさん

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井原裕子さん

愛知県出身。料理研究家、野菜ソムリエ、食生活アドバイザー。季節感を大事にした作りやすく、分かりやすい日本の家庭料理レシピに定評がある。おつまみレシピも大得意。アメリカ、イギリスにも滞在経験あり。

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小林まさみさん

東京都出身、料理研究家。料理教室を主宰し、『キユーピー3分クッキング』のレギュラー講師などテレビ、雑誌と幅広く活躍。和のおかずを中心にしつつ、各国料理のアイディアや技法を織り込んだレシピが人気を呼ぶ。

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出口雅美さん(maegamiroom)

東京都出身、エディトリアル・ディレクター。料理雑誌『オレンジページ』に長年編集者として携わり、数多くの料理研究家と記事を制作する。2023年フリーランスに。現在は編集業ほか企業HPのディレクションなども手掛ける。

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司会進行・白央篤司

東京都生まれ、フードライター、コラムニスト。暮らしと食、ローカルフードをメインテーマに執筆。近著に『台所をひらく 料理の「こうあるべき」から自分をほどくヒント集』(大和書房)がある。

詳しく説明すると「長くて読まれない」というジレンマ

白央

レシピってすっきり短く、必要な材料は少ないほうが一般的に喜ばれる傾向にあります。制作側からもそう求められがちですよね。だけど、そればっかりというわけにもいかない。料理家の方にしたら、もっと詳しく説明したい、違うやり方で本当はやりたい…なんて思いもあるんじゃないでしょうか。制限のある中でレシピをいかに考案するか、省かざるを得ないものとは何か。正直なところを今日は伺いたいと思います。まず井原さん、どうですか。

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井原

たくさんありすぎて、もう何から言えばいいのか(笑)。例えば調味料のことだと、味の再現性を考えれば「このレシピのみりんは本みりん、酒は清酒、塩は粗塩を使っています」と書き添えたいな、と思うことはあります。

白央

味の出方はやっぱり違いますか。

井原

ぜんぜん違いますよ〜!みりん風調味料や料理酒は、塩分が添加されているものがあるし、製法が違うから(出来あがった料理の)塩分や味が変わってしまいますね。

小林

人によって使う塩も違うから、塩分を強く感じる塩を使われてる方も多いかなと思うと、塩気を控えめにしたレシピにしないといけないかな、とも考えます。

白央

精製塩と粗塩では塩気の感じられ方が違いますからね。精製塩のほうがダイレクトにしょっぱさを感じるから、粗塩でやった場合の量を入れると塩気がきつくなる。

井原

調味料に関しては、ごく基本的なものしか使えないことも多くて。薄口醤油や白ワインをここで使いたいな、と思っても編集さんに「あれば、って付けていいですか」「なければ普通の醤油、酒でいいでしょうか」とすぐ聞かれてしまいますね。

小林

パルメザンチーズといえば「なければ粉チーズで、と書きますね」って必ず言われますよ(笑)。でも実はその二つは塩分も風味も違う。媒体にもよるんですけどね。意外とテレビはこういうこと、ないんです。料理雑誌ですね。求められる方向がそれぞれしっかり決まっているので、そぐわないものは弾かれてしまう。しょうがないんですけど。

井原

雑誌はそれぞれにテーマがあるので、自分の好きなようにできるわけではない、と分かってはいるんです。だけどやっぱり「こっちの方がおいしくなるのにな」なんて思っちゃうのね。

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白央

そういう料理家さんの思いを長年受け止めて、料理雑誌のレシピに落とし込んで来た制作側の思いも伺いたく、今回は出口さんをお招きしました。いかがでしょう。

出口

料理家さんたちのお気持ちも本当に分かるんですけど、まず大前提として「長いレシピだと読まれにくい」、これは絶対にあります。パッと見て「文章長いな」で、もう読み飛ばされちゃう。使用する調味料も少ない方が喜ばれる。ちょっと見慣れない調味料が一つでも入っているとそれだけで「やりたくない」となってしまいやすい。白央さんもレシピ記事作られていて、そういう傾向ありませんか。

白央

私は個人的にナンプラーが好きなんですが、ナンプラーを使うレシピ記事を作るとやっぱりPVの伸びが他のよりいまいちなこと、多々ありました。

井原

一般のご家庭でナンプラーが普段使いされるって、まだまだ遠いなと私も感じますね。

出口

意外なことに、オリーブオイルですら一般家庭だと浸透しているとはいえない状況も。あと「あまり細かいレシピにしない」という点も気をつけていました。「小さじ1/5」とか、「こんなに細かくやらなくちゃいけないの…」と思われて、作ってもらえないことが多くて。

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白央

細かいレシピにしないというのは、料理家さんたちに相談するわけですか。

出口

はい、「先生、みなさん1/5って量りにくいので調整できないですかねえ」とお聞きして。家庭料理ってそこまで細かくやらないじゃないですか。

井原

あるいは「他の料理候補ありませんか?」なんて聞かれたり(笑)。ナンプラーに限らず、いろんな調味料や油、ハーブが使われている時代だから、「持ってない人も多いから使わない」だけじゃなく「料理の世界を広げる」という企画もあっていいと思うんだけどねえ。

白央

たしかに「いつもの調味料」だけだと、料理レパートリーって広がりにくいし、マンネリにも陥りやすい。

小林

あと、よく「あまりがち調味料をもっと使おう!」なんて企画あるじゃないですか。ナンプラーはそういう企画の常連ですね。コチュジャンとかも。豆板醤はもう一般的になってきたかな。

出口

まださほど一般的でない調味料に「寄り添う」ことも、料理雑誌を作る人間の仕事とは思っているんです。一度でも誌面で紹介したなら、その調味料を使ったレシピを定期的に出さないと読者さんに不親切ですからね。買ってそのまま、という人を増やすだけにならないように。

白央

昔ながらの、日本の調味料しか使わないという人はまだまだ多いと感じますか。

出口

分かれるところです。ライフスタイルによりますね。高齢のご両親やお子さんが嫌がるから使えなくて、という声も多くて。そういう話でいうと、今でも「夜ごはんにパスタはありえない(=米と味噌汁がいい)」というご家族がいるので、夜にパスタは作れないという方もいます。

井原

ああ、いらっしゃいますよね!

出口

コンサバな味つけが好まれる傾向もいまだに強いんです。目新しい食材や味つけにしてもご家族が喜ばない、手を付けないという声も少なからずありますし。餃子やから揚げをいつもと違うレシピでやってみたら「変えないでくれ」とご家族から言われてしまう人、結構いるんですよ。

小林

一方で「醤油はあまり使わない」「ほぼ和食は作らない」って人の話もわりに聞きます。

出口

「醤油は持ってないけど、めんつゆはある」という人は多いですね。それとマヨネーズ。「調味料といえば、この二つ」という人は多いように感じます。

白央

白だしを常用される人も増えていませんか?『オレンジページ』で白だしを使った特集が組まれたときは時代を感じました。

井原

ただ白だしって、製品によってかなり塩分濃度が違うんですよ。レシピ仕事で使うとき「○○社の白だしを使用」とは書けないことが多いので、味を決めにくいという難点もあります。

白央

ああ、レシピに込められない部分はこういうところにも。めんつゆはどうなんでしょう。

井原

一度調べたんですが、三倍濃縮のめんつゆはどのメーカーのも塩分量がそれほど変わらないんです。白だしに関しては、私がレギュラーで関わっていた媒体だと「白だし(塩分○%のもの)」って書いていましたね。

小林

それは親切ですね。梅干しを使うレシピでもそういう表記をよくします。

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白央

梅干しは塩分8%のものもあれば、18%のものだってありますもんね。キムチを使うレシピも大変そうだな。塩気はもとより、商品によってかなり風味が違うから。

井原

全然違いますよ!うま味が強いもの、とろみのあるもの、酸味の強いもの、味の幅が本当にありますよね。キムチを使う料理こそ、できればキムチを指定したいなぁ。市販のものを使うときは再現性が低くなるかもしれないことはお伝えしたいですね。

小林

キムチを使う料理のレシピを出すときは、砂糖の量を考えています。というのも、市販の、いわゆるどこのスーパーでも手に入るようなキムチって総じて甘め。だから甘くなりすぎないように考えてレシピにしています。

白央

出汁もあいまいになりやすいポイントだなと思います。レシピだと「出汁 ○mL」と書いてあるだけですが、かつおや昆布からひいている人、顆粒の人で塩分も風味もまったく違うけど、細かい指定ってされないのが常。

小林

顆粒だしには塩分が入っているので、使われる場合は、レシピ内の塩や醤油なんかをちょっと少なめにするといいです。あと、おろしにんにくもチューブでやると香りが強くなるから、おろして使う量よりも少なめにしてほしい。

白央

細かいことに思われるかもしれないけれど、ちょっとしたことの積み重ねで、完成形の味がずいぶんと変わってくる。料理家の方からしたらレシピに「注」として書き添えたいけど、編集部としてはそうも出来ない…なんてこと、他にもいろいろありそうですね。

「手間だな」と感じるポイントは、おいしさのために外せないこと

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白央

「なるたけレシピは短く、すっきりさせてほしい」という制作側の要望が強い中、「それでもここは省かないで」と思って主張されること、料理家の方にはあるわけでしょうか。

井原

作りやすさを考えるのは料理研究家として当然だと思うんです。ただ、ほうれん草を使うレシピであれば、やっぱり下ゆでしてほしい。シュウ酸(アク成分)の問題もあるし、えぐみも程よく抜けて、おいしさにもつながりますから。ブロッコリーも独特の匂いがあるので、私は基本的には下ゆでしてから使いたい。「時短レシピって書いてあるのに、このプロセス面倒だな」と思われるところがあれば、「そこはおいしくなるポイントだから省かないで!」という思いを込めたところですね、私の場合は。

出口

読者さんが面倒と思われること、大概が本当にちょっとしたことなんだけどもねえ。

井原

こっちも「ちょっとした手間」と思っているのに、編集者にばっさりカットされることよくあるのよ!

全員

(大笑い)

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出口

でも確かに「下ゆでする工程」って、洗いものが増えてしまうので読者さんに嫌われがち。「すべて一つのフライパンで出来る」が喜ばれますね。

小林

一つでやると返って手間が増えて、作りにくくなることもあるのにねえ。

井原

「一回取り出す」も嫌われちゃいますね。魚介と野菜を一緒に炒めるとしたら、先に魚介を炒めて一回取り出し、野菜を炒めて、あとで合わせるとか。「フライパンのすみに魚介を寄せて、空いたところで野菜を炒める」となりがちだけど、これだと魚介が崩れやすくて、結局作りにくい。洗いものは確かに出ないけれど…。

出口

料理誌の編集者は「なるたけ工程を減らして」「なるべく洗い物は出ないように」と要望しがちですからね。それに「一度取り出し」を入れるとレシピも長くなる。「また戻し入れ」というたった6文字増えることが“命取り”にも。それだけで、結構読まれなくなっちゃうんですよ。

白央

だけど「一度取り出し」って、レンジのレシピだとよく見ますよね。まんべんなく加熱するためにはしょうがないんだけれども。あれはいいのかな。

井原小林

「レンジの加熱も出来たら一回で」って言われてますよ(笑)!

白央

そんなユニゾンで言わなくても(笑)。ひき肉のレンジ加熱とか一度だと難しくないですか?

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井原

一回でたくさん作ろうとすると難しい。結局レンジ調理って、大人数の料理は無理で、少なめの二人前までですね。野菜だって火の通りづらいものだったら、一度出して全体を混ぜて再加熱でないと難しい。

出口

あ…私、雑誌編集者のとき井原さんに「レンジは一回の加熱で」ってお願いしてたこと、今思い出した(笑)。

井原

してたわよ!けっこう大変だったよね(笑)。

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出口

ごめん(笑)、だけど媒体として使命がありますからね。読者さんのニーズには答えなきゃ。無理を承知で毎度のように「フライパン一つで」「揚げ物の油は少なめで」なんてお願いしていましたね。

白央

ああ、やっぱり揚げ物は油量が少なめで作れるほうが人気ですか。いや、そりゃそうか。

小林

でもね、油たっぷりのほうが絶対うまくいくんですよ、油もはねないし。おいしく作るなら油たっぷりが一番なんです。

出口

読者さんの傾向を見ていると全体的に揚げ物好きな方は多いんですが、油の処理が嫌われます。若い方には特に。

白央

全員分の主菜を一度に作りやすいから、家族の多い方は揚げ物作りをやることが多いように感じますね。

出口

だから定期的に「揚げ物、うまくなりたい!」という特集を組むわけですが、「少量の油で」が求められる。でも少量の油で揚げ焼きをすると、おいしく仕上げるのって実はかなり難しい。工程も増えてしまうし。でもやっぱり「少なめ油で」のほうが読まれるし、読者ウケはいい。

井原

少ない油だと焦げやすいんですよ、フライなんか特に。油の温度がすぐ上がってしまうから、衣だけ揚がっても中まで火が通りにくいこともあって、手軽なようで難しいんです。

出口

フライパンの厚みによっても揚げ上がりは違いますよね、熱伝導率が厚みによって全然違うから。

白央

フライパンの厚みのことまで、なかなかレシピ内には…

出口井原小林

書けないもんねえ!

小林

フライパンで思い出しましたけど、揚げるとき大事なのは大きさです。レシピに書けるなら、私は一番にここを書きたい。揚げ物のとき私は直径26~28㎝のを使いますが、これが24㎝になると入る油の量が少なくなるから温度も下がりやすく、仕上がりがベチャッとなりがち。

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出口

少ない油で揚げるときは特にですね。料理雑誌だと「フライパンの深さ2㎝まで油を入れる」というのが揚げ物特集の定番。これ、直径26㎝と24㎝で入る油の量は相当変わってしまうんですよ。

小林

だから小さいフライパンで揚げるなら「一度に揚げず、二回に分けて揚げる」と私はレシピに書くようにしています。

井原

一度に全部揚げると油の温度が一気に下がってしまって、また170度まで上がるのに時間がかかって、カリッと揚がらない。でも「半量ずつ揚げる」だと面倒だと思われやすい。

白央

理由までしっかり伺うとレシピに注意点として加えやすいですね。「ここもしっかり読むべし!」と目立つように入れたくなる。だけどあんまり注意すると…

出口

怖がって作ってもらえないかもしれませんね(笑)。

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レシピに入れ込みたいけど難しいポイントあれこれ

白央

料理ってちょっとした下ごしらえでグンとおいしくなること、いろいろあると思うんです。取材していると、料理家さんが何気なくやってることで「ああ、おいしさにつながるポイントだ」と思うことが多い。たとえば買ってきた青菜をしばらく冷水に浸けてから、しっかり水気を切って使うとか。こういうの、レシピでは伝えにくいところでもある。

井原

レタスも切ったら一度水に放して、水切りをしっかりしてから使ったほうが格段にハリが出ておいしくなる。水切りならサラダスピナーを使うとしっかり確実に出来ていい、とかもね。

小林

それでいうと、料理は「冷やす」ことが大事なことありますよね。お刺身なんか、きちんと冷やしてから出したほうが絶対においしい。サラダにする野菜もしっかり冷やしてから使いたい。そういう部分まではレシピには書けないこと、ありますね。

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井原

「水気を切る」と「水気をふく」は全然違うことだから、そこは伝えたいかな。「切る」はざるに上げて水気を切り落とす感じだけど、「ふく」はキッチンペーパーでしっかりふいてほしい。味の違いが大きく出ます。野菜の水気がぽたぽたするような状態で炒めものに使うとフライパンの温度が急に下がるから、おいしく仕上がらないし。

出口

「水気をふく」って書いてあっても、流して読んでしまって「水気を切って入れればいいのか」と理解されちゃうことも多いんだと思います。

白央

レシピってよくある表現が何度も出てくるから、無意識のうち読み間違えていることも多そうだ。

出口

レシピを編集する立場としては、「水気をふく」のときはなるべく「ペーパータオルで」とか入れるようにしています。そうすると誤読が少なくなるかな、と。

白央

料理家の方が調理するところを実際に見ていると、例えばゆがいたいんげんを和え物に使うときに「あ、しっかりキッチンペーパーで水気をふき取るんだな、やさしくはさむようにして」なんてこと思うわけです。その一手間に、和え衣の味を薄くせず、味もからみやすくなって…と意味があるわけですよね。ただそこをレシピに全部書けるかというと、難しいところ。

出口

料理雑誌の限界を感じる部分ですね。そういう点こそ伝えてあげたいんだけれど。ただ昨今、料理家さんからいただいたレシピを試作してから掲載する編集部が増えてきました。すると自分たちの都合で「長いレシピは読まれないから」とカットしていた部分が、やってみたら確かに重要なポイントなんだと実感することが多い。「自分ごと化」してやっと気づくんですよ、編集者も。

小林

編集の方が実際に試作された時に、「『○分炒める』とか、調理時間を出してください」と言われることがあります。でもここは何分じゃなくて「こんがりするまで炒める」と書きたい場合も多い。指定時間に身を任せて、焦げてしまったら怖いですからね。

白央

作る人それぞれ、火加減の感覚も、使ってる調理道具も違うから、調理時間を言い切るのは難しいですね。

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出口

両方書いてあったら理想的ですよね、「しんなりするまで○分くらい炒める」みたいな感じで。

小林

火加減は本当に書き方が難しい。中でも、長く煮る料理は気を遣います。弱火で蒸す料理のレシピを出したとき、作ったものをインスタにあげてくださった方の写真を見たら、ずいぶんと水分が飛んでしまっていて…。「一番弱い火加減で」と書いた方がよかったんだなと思いました。長めの時間加熱する料理は一度ふたを開けて状態を見てほしいと思いますが、こういうのもレシピに書き加えにくいところではあります。

井原

ふたといえば穴が開いてるふたと、開いてないもので水分の飛び方が全然違うじゃない?ぴったりはまるタイプのふたと、ただのせるだけのふたでも、漏れる蒸気の量がまったく違う。ただのせるタイプのふたは水分がどんどん蒸発しちゃうもんね。

小林

鍋なら「厚手の鍋で」とか書けるんですけどねえ。

白央

あっ、そうか。ふたの材質や形状ってレシピに明記することないですね、確かに!

小林

そうそう、ふたによって加熱時間や鍋の中の状態はかなり変わるんです。

井原

ふたはガラス製で、フライパンや鍋にぴったりとはまるタイプのもので、穴のないものを選んでほしいです。穴があると水分が蒸発しやすいから。ガラス製は中が見えて、様子をうかがえるのがいい。

小林

蒸し焼きにするときなんて特にですね、鍋の中が見えたほうがいい。

井原

「材料と調味料を全部入れて、ふたして火にかけ、煮立ったら弱火にする」なんてレシピがよくありますけど、その「煮立ったら」がガラスなら一目瞭然で分かりやすいわけですよ。

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出口

レシピ通りやってなおかつ「様子を見る」こともちゃんとやっていただくと、失敗なく作りやすいですね。さっきレシピの試作話が出ましたが、そのためのバイトさんを雇うことも多いんです。彼らのやり方を見るのがまた勉強になる。文字になったレシピを客観的に見られるから。やっぱり思いがけないことを始める人が結構いて。

白央

なるほど、レシピに書き足すべき点や、書き直したほうがいいところを気づけるわけですね。

出口

ただ悩ましいことも多いの。「ふたを開けて○○を入れて、再びふたを閉じて煮る」とは書かず、「何々を加えて、再度煮る」と書くことが多いわけですよ。それだと○○を入れてから、ふたをせずに煮続けてしまう人も出てきてしまう。

井原

ああ、分かる…難しいところ!

出口

絶対に間違いのないように書くべきか?でもそう書くとくどくなってしまいます。

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白央

同じようなことを、「食べやすい大きさに切る」って表現にも思うときあります。レシピで頻出しますけど、作る人がすでに「自分なりの食べやすい大きさ」を経験上分かっている人ならいいけど、ビギナーだと戸惑うポイントでもありますよね。ただ繰り返しになるけど、あまりきっちりすべてを指定すると窮屈な感じのレシピにもなりやすい。

出口

切り方って、口に入ったときの食べやすい大きさ、長さって絶対にあるじゃないですか。アバウトでいい場合もあるけど、重要なポイントだと思った料理なら、必ずレシピに切り幅を入れるよう料理家の方にはお願いしてましたね。

井原

私が考えるのは「これ、箸でつまんで口に持っていきやすい大きさかな?」っていうことですね。スープの具材だったら「この大きさでスプーンにのせやすいかどうか」。

白央

箸でつまみやすいか、スプーンにのせやすいか、食材ごとにそれぞれ違うだろうし、料理の味つけや、とろみの具合によってもベストな大きさ、切り方は変わってくる。良いレシピって、そういうことまできっちり考えられているんですよね。

出口

料理家さんがとても気をつけているところですよね、「食べやすい大きさ」「一口大」じゃ済まされないときは多々ある。長ねぎのななめ切りなんて、切り幅のちょっとした違いでも食感にかなりの差が出ますから。

白央

そうやって考え抜いた部分を「長いから」「細かい指示が多いとやってもらえない」とカットされたり、ざっくりした表記に直されてしまったら悲しいですね。ただ制作側の気持ちも分かる。より見られる、作られるものに「調える」という気持ちでやっていることでもあるわけだし。

小林

私はレシピって「はしょられるもの」だと思っています。これはもう、しょうがないことで。だから最初はなるたけ細かいレシピで出していますね。小口切りでも「なるべく細かい小口切りで」とか。そこから各媒体によってそのまま掲載されることもあれば、表現が削られたり変わったりすることもある。

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白央

なるほど。話は飛ぶようですが、レシピの表記でいうと「なす 1個」「ズッキーニ 2本」と書く場合も多いですよね。しかし個体差を考えるとグラム表記でやるほうが再現性は高いのかな、とも思います。このあたりはみなさん、どうですか。

出口

ものによって重量のかなり変わる野菜は必ず「○個(○g)」とレシピに入れていました。例えばトマトだって、今はいろんなトマトがあるじゃないですか。だけどグラム数を入れると…また命取りにもなりかねない。「そんな神経質にやらなきゃいけないの?」と読者さんに思われて、読み飛ばされてしまいやすい。

井原

でもトマト1個で120gのもあれば250gぐらいのもあるからねえ。「私が使ったのはこういうのです」という意味で、編集部に出すレシピにはトマトのグラム数をいつも入れています。

白央

グラム数、カットされやすいですか?

小林

雑誌だったらグラム数は大体カットされるかもしれない。「トマト(大)」とかそういう表記になりますかね。

出口

かぼちゃとか、廃棄部分が多いものは正味の重さを書いてあげたほうが親切だなと思いますね。

小林

あ、大根!「1/○本分」と書いてあっても、分かりにくいだろうなってよく思うんです。「10㎝分」と書いてあっても、上のほうと下のほうで重量も違うだろうし。

井原

大根のレシピはねえ、夏に作ろうと思っても細くてカスカスのこともあるし、冬はみずみずしくて太くなるから、「1/○本」表記だと難しい。

小林

「大根」で検索かけると「大根 1本 グラム」って出るじゃないですか、調べてる人多いんだと思う。

白央

料理慣れしてくればくるほど、再現性はグラム表記のほうが高いし、作りやすいと思うんですが、ビギナーの頃はグラム表記のレシピって確かに「細かくて難しそう」と引き気味に見てたこと思い出します。

出口

あとねえ…グラム表記だと買い物ができないの。このグラム数って何パックなの、きゅうり何本なの、となってしまうでしょう。

全員

なるほど!

井原

さっき大根の話もしましたけど、白菜のレシピもそう。冬のは厚みが全然違うから、水分の出方も違うし「1/4個」の重量も違うわけです。そうすると夏に作るのと冬に作るのとでは塩の量も違ってきますから。

出口

とにかくレシピが長くなるから「取り上げない」というチョイスになる料理もあるんですよ。それでいうと、春巻き。春巻きを巻く手順ほど長くなるものはない。中身を作った上で「皮の角を前にして、やや手前○㎝を空け、折り、左右折りたたみ、2回くるくると巻き…」これに、水溶き小麦粉を作ってのりにするプロセスも入ってきますから。

白央

すべてを言葉で説明するとなると、しゅうまいも大変ですね。工程、細かく撮影し始めると大変。またあの成形って伝えにくいんだ…!

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井原

複雑な工程を説明するとき、ウェブ媒体の良さを思いますね。動画で見せればすぐに分かってもらえるから。私が関わっていたところも、お正月前は飾り切りの動画がものすごくよく見られるんですよ。

出口

私が料理雑誌の編集部に入った頃は「写真なしで、言葉だけでも伝えられるように」と言われました。プロセスを丁寧に説明しようと思えば書けるんですけど、同時に「いかに短く、ページ内にほどよく収まるようにして伝えるか」、そこに編集側の力量が問われると思うんです。それらを想定した上で、料理家さんと打ち合わせをしなくちゃならない。

小林

ああ、分かります。レシピが長くなりそうだなと思ったら、なるべく下ごしらえなど要らない食材にする、みたいな考え方も同時に必要になるわけですね。

出口

そうそう、あるいは「ここ、フライパン一つでやれないかな」とか考えつつ。特集内のバランスもあるので、長めのレシピが一つ入るなら、その次は短めのを二点入れたいな、とか。料理家さんはきっとこれやりたいんだろうけど「他にないですかね、ちょっと短めにやれる料理も…」なんてその場で聞かないといけない。

井原

下処理とか下ゆでのいらない野菜でお願いします、というのはもう「常識」になりつつありますね。「できるだけ時短」がとにかく求められていますから。私、ごぼうが好きなんだけど最近は全然使えなくて(笑)。ささがきなんて絶対やらせてもらえないの。

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出口

根菜類は難しくなっていますね、例えば里いも。ぬめりを取るプロセスが読者さんに嫌がられたり、あと値段も高めのことが多かったりして、省かれがち。

小林

使われるとしたら、じゃがいも、にんじんぐらいですかね。そしてもっと火通りのいい食材が喜ばれるんですよ、きのことか。

白央

石づきのないエリンギなんて、特に使いやすいですね。

出口

そうそう、きのこは値段が安定しているのも編集者側としては安心で優秀な存在。季節によって高騰するかもしれない食材は危なくて、特集のテーマには使いにくいんです。

白央

今回出たお話をすべて反映したような記事を作りたくなってきました。料理家の方々が「可能ならきっちり書き込んでおきたい!」というポイントすべてを入れ込んだレシピ記事を。そういうの、WEBメディアだからこそ出来るんじゃないかなと。編集長に相談してみます!話はまだまだ尽きませんが、今日はみなさんありがとうございました。

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取材・文:白央篤司
撮影:猪原悠
アイスム座談会