自転車で8分の「外国」で絶品餃子をいただくーー岡山市『姚泉』

中川正子さんとめぐる、旅と食。

LIFE STYLE
2024.02.02

写真家の中川正子さんが、旅をしながら出会った食の風景を写真と文章で切り取る「中川正子さんとめぐる、旅と食。」今回は、中川さんの住む岡山で「旅気分」を味わえる「激渋の餃子屋さん」、『姚泉』を訪ねます。


扉を開けるとそこは外国。自宅から自転車で8分の外国。

旅が足りない。そう思ったら「姚泉」に行くのが、近頃のわが家の定番です。岡山市にひっそりと佇む激渋の餃子屋さん。近所なのにあまりにもひっそりとしていて、ずっと知らなかったのです。

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「絶対好きだと思う餃子屋を見つけたから今度行こう。」

ある日、夫が帰宅するなり言いました。その声には、瀬戸内海のように常に穏やかな彼にしてはめずらしい興奮が。そんなに?餃子にはわたしはちょいとうるさいよ。知ってる。でも絶対好きだと思う。彼は確信をもってそう言うのでした。「絶対」と言い切るとはなかなかの自信ですね。

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それではと翌日自転車を飛ばして家族3人で向かいました。中心地からちょっと離れた薄暗い通りに看板が白く浮かび上がる。「ぎょうざ・ラーメン」ちょっとかすれた文字が光っています。

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「お持ち帰り・焼きぎょうざ・生ぎょうざ・とりのから揚」達筆な筆文字がラーメンのどんぶりによく描かれている四角い渦巻き模様で囲まれている看板。これは、すでに名店の香りがするぞ。

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扉を開けると赤いカウンターがぐるりとキッチンを囲むスタイル。女性が二人でやっているお店のようです。姚泉、という店名に女へんがついていることをふと思い出す。あの文字はどういう意味を持つんだろう。でも気軽に聞ける雰囲気ではなく、メニューを大人しく眺める。ぎょうざとラーメンだけではないようです。どれもおいしそう。ママは黙々と鍋を洗っています。娘さんのように見えるもう一人の女性は、隅の席に静かに座っている。

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餃子はもちろん頼もう。あと、ピーマン炒めってのが気になるよね。チャーハンもおいしそうじゃない?よし、その3品で行こう。カウンター越しにオーダーを告げるとママは静かにうなずき、野菜を冷蔵庫から出して切り始めました。若いほうの女性は先ほどの席で餃子を黙々と包み始める。書類に囲まれたせまいテーブルの隅で器用な手つきで。

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事務用品やら新聞やらがいろいろ積み重なる店内は不思議な落ち着きがあります。正面に見えるキッチンの後ろの板壁には黒電話が打ちつけられている。一見、レトロをコンセプトにしたお店のインテリアのようですが、こちらの電話は飾りではなく、バリバリの現役感がある。と、思っていたら鳴り出しました。ママが餃子のテイクアウトのオーダーを受けている模様。簡潔で短いやりとり。やはり使われていたのか、電話。

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BGMは大きな換気扇の音と、天井近くにある小さなテレビから流れるクイズ番組。たしかにそれは今まさに放映されている番組。なのですが、この小さな空間で14インチくらいのブラウン管テレビに映し出されると、遠いどこかのものに思えるから不思議です。

今、わたしたちはどこにいるのだろう。ママも若い女性も短いながらも日本語で返してくれているのだし、ここが海外のように思えるのはおかしな話。わかっているけれど、独自のスタイルを貫いた空間に時間と場所の感覚がぐらっと揺さぶられるのです。

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どん。カウンターに餃子が置かれました。中身が透けてつやつやしている。熱々を口に放り込むと、皮が!薄い!驚くほど薄い。具はにんにくが効いていて、ジューシーで、いくらでも食べられそう。

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卓上にある餃子のタレと思われる唐辛子でできたモノを添えると絶品。辛みとうまみが渾然一体です。一気にぺろりと平らげてしまいました。これ、あと二皿は最低食べたくない?ひそひそと相談するわたしたち。うん、お願いしよう。ママに告げると、無言でうなずいてくれました。

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続いて出されたピーマン炒めにまた息をのみました。ピーマンはさっと火を通しただけのみずみずしさ。玉ねぎとしいたけと。塩こしょうだけのシンプルな味付けで完璧な調和を見せている。ちょっと箸休めのつもりで頼んだ一皿を奪い合うように食べるわたしたち。なんだこれは!顔を見合わせる。

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カウンターから見えるのは、ゆるやかに散らかった(ごめんなさい!)キッチン。でもすべてはママのコックピットのように使いやすいように整えられているようです。迷いのない手つきで次々とオーダーを仕上げていく様に見惚れます。使い込まれた中華鍋がつやつやと輝いている。他のお客さんがまた餃子を頼んでいる。「はい」以外の言葉を発さないクールなママ。餃子係の彼女が包み始める。「粛々」という言葉がぴったりの二人は、あうんの呼吸で料理を仕上げていきます。

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小さなお店に長居は無用。想像を超えるおいしさに満たされ、お会計を済ませます。また来ます、と元気よく言ってみたら、ママは無言でうなずいてくれたようなそうでないような。それでいいです。それが、すきです。餃子屋は世を忍ぶ仮の姿で、彼女の別の顔は敏腕な何かのエージェント。そんなばかげた妄想が頭をよぎります。そんなわけないよね。

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外に出るといつもの街の灯り。まだ、異空間でわたしの頭はぼわんとしている。冷たい風を顔にあてながら自転車を漕ぎ帰りました。

今これを書いていて、また行きたくなっています。
やみつきとはこういうことを言うのでしょう。

店舗情報

 ぎょうざの姚泉
 岡山県岡山市北区表町3丁目21-28

 営業時間
 月水木金 11:00〜20:30
 土日 17:00〜20:30
 火曜定休

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