完璧な料理は、作らなくていい。超初心者だった私が1年以上キッチンに立ち続けられた理由。

コラム・アラカルト

LIFE STYLE
2026.06.22

妻の怪我で始まった、47歳での初めての自炊生活。襲いかかる「作らなきゃ」という義務感と、失敗へのプレッシャー…。そんな孤独な戦いの中で出合った「せいろ」、そしてリュウジさんや長谷川あかりさんのレシピ。 誰かのために毎日ごはんを作るすべての人へ、ストレイテナーのギタリスト大山純さんが、「頼る工夫」と心からのリスペクトを送ります。


「新幹線がどこまで乗っても定額だって!だったら1番遠くまで乗った方がお得じゃない?わたし、真冬の青森に行ってみたいの!!」

九州出身の妻は白銀の世界に憧れがあるらしく、目を輝かせながら私に訴えてくる。
バンドマンであり、全国ツアーで旅慣れている私には、その旅の過酷さがありありと想像できた。
「一応言っておくけど、新幹線移動とはいえ本当に時間かかるよ?本当に遠いんだ。あと雪の中の移動は本当に大変だし、あと本当に寒い。あと…」
「でも行ってみたい!」
あわよくば諦めてくれないかなと、かすかな期待をこめて「本当に」を4回も使ったのに、それでも行きたいっつんだから。
そこまで行きたいならしょうがない。行ってみっか!と思いきって久しぶりの夫婦旅行に出ることにした。
もう何年もバンドのツアーでしか旅をしていない。覚悟を決めて楽しむための予定を立てよう。
道中、東北の市場を見てみたいとのことで八戸へ、そして妻の好きな『11匹のねこ』の作者、馬場のぼるさんの故郷、三戸へ立ち寄ることにした。
二人旅。良いじゃないか。

旅行当日、私にしては早起きをして新幹線に乗り込む。ツアーで移動慣れしているとはいえなかなかの移動時間だ。よく寝た。
八戸到着後バスに乗り換え最初の目的地である市場、八食センターへ。所狭しと並ぶ新鮮な海鮮、野菜、乾物、古いゲームセンター、現地の祭り囃子の生演奏。
これは「なかなかになかなか」だな!と楽しんでいると一枚のポスターが目に入る。なんと我がバンドのボーカリスト、ホリエアツシがここ八食センターで弾き語りをすると書いてある。
「旅行で来てるんだけどさ、あっくん八戸で弾き語りするの?」とマネージャーさんになんとなく連絡。
「どこまで行っても縁が切れませんね」と返信。

へきえきー!

バンドのツアーではなく、完全なる自力で八戸まで来たというのに。この旅のちょっとした特別感がなんとなく薄れた気がする。と冗談まじりで記しておく。彼の弾き語りはとっても素敵ですよ。とも記しておく。

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雪景色と私

八戸から三戸へ。
八とか三とか、一戸から九戸まであるのかしら?と調べたら、どうやら四戸だけないとのことで。詳しくは調べてくれい。
地元の人もまばらな、乗り方も降り方もわからないワンマン電車で移動。
え?後ろから乗って前から降りるんですか?
その土地ならではの経験をすると「旅してるな!」と思う。
一枚のポスターにより薄れた旅の特別感が再び濃くなった。
三戸に到着すると曇天粉雪無人駅。
卍解でもしたんかと思う。
観光タクシーがあるみたいだから当日お願いしよっかー、くらいのノリでいたのだが
「えっ!?今からですかっ!?」と電話ごしのリアクション。
あ、やべぇ。予約必要だったやつじゃん!あいかわらずの体たらく。もう50近い大人なんだからノリで生きるのやめたい。
でも電話ごしの男性が一言、
「大丈夫です!私が動けます!すぐ行きます!」
うわーこの人スーパーかっこいいぃっ!!
ジミヘンの次くらいにかっこいいぃっ!!
このタクシー会社の社長さん(おそらくだが。名前と社名が同じだったので)には本当にお世話になった。

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おかげさまでねこちゃんの像全部見られました。
ほのぼの館も堪能できました。お土産も買えましたし、郵便局から記念葉書を自分達宛てに送ることもできました。
本当にありがとうございました。

さて、この後八戸に戻り再び青森を目指すのだが…

完全に旅の雑記になっておりますでしょ?
もう少しで私が料理を始めるきっかけになった事件がおこりますからね。お待ちくださいね。
なんせ3000字書けっつんだから。

青森駅周辺は大雪。そびえ立つ雪の壁。
はしゃぐ妻。はしゃぎ過ぎる妻。雪に飛び込もうとする妻。必死で止める私。
「マジでやめて!マジで危ないから!雪の下に何があるかマジでわからないから!ほんとマジで!」
4連マジで。
居酒屋で地元料理を嗜みホテルにチェックイン、大浴場へ。1時間ほど風呂とサウナを堪能し部屋へ戻ると、妻はまだ湯を楽しんでいるようだった。
10分、20分待つ…まぁ、久しぶりの広いお風呂を満喫しているのだろう。さらに10分、20分、30分…さすがにおかしい!のぼせて倒れていたら大変。「妻が風呂から戻らない。女湯で倒れていないか確認してほしい」とフロントに連絡しようとしたところ、部屋のドアが開く。妻だ。
そして一言

「おしり打った」

浴場で転んだらしい。動けているし座れているし旅のスケジュールもこなせているし、大怪我ではなさそう。
「多分打撲だねー、2週間は痛むと思うよ」等と言いながらおいしいものを食べ、軽く寄り道などして旅は終了。東京へ帰った。

念のため病院に同行し診てもらうも
「多分打撲だねー、2週間は痛むと思うよ」と、私と全く同じ診察結果を出した先生に痛み止めをもらって一安心。
しかし、2週間たっても治らない…どころか、日に日に重症化しているように思える。歩く速度は秒速5センチメートル。同じ道を歩いているのに登り坂がきついと言う。え?この道って登ってたの?
あ、これヤベエやつだとレッツ・セカンドオピニオン同行。
レントゲン、異常無し。CTスキャン、もしかしたらこれか?尾てい骨に小さな傷(かもしれないもの)が写る。もっと詳しく診る必要があるとMRI…は、無理。怖いから。
あ、そうですか。そりゃあんな狭いとこに入れられて爆音でノイズ聞かされたら怖いもんな。
私でも怖い。
診断結果は、おそらくではあるが
「胸椎椎間板症」「腰椎椎間板症」「仙椎骨折」
全治半年以上、3ヶ月間は絶対安静。
とのことだった。
なにやらとにかく大変そうな名前がついた。
妻は元々背骨の変形により腰痛に悩んでいたのだが、たった一度の転倒によりその全てが悪化した上、体の土台となる骨を折ってしまったようだった。
おそらくの診断結果が出た頃には、妻はいよいよ痛みで動けなくなっていた。

「あなたは寝てなさい。家事は全部旦那さんがやりなさい」と先生。
それはいい、やるし。掃除洗濯、できることは全部やる。
ただ、料理。これができない。というか、やったことがない。
燻製作りにハマった時期もあったが、あれは燻製機に食材をつっ込むだけだし、日々の食事には向いていない。もやしだけをただ炒めて生きていた時期もあったが、あれはただの貧乏だ。毎日ウーバーってわけにもいかないし、外食しようにもそもそも妻は外出ができない。むむむ。
人間、否が応にも腹が減る。そして食べなければ死んでしまう。私が食事を与えなければ、動けない妻はおそらく死んでしまうのだろう。
急に実感がわいてくる。
この人死んじゃう。
心を決めろ私。

料理を覚えるんだ。

「やってやれないことはねぇ!」を信条に生きている私だ。やってやれないことはない。
調理実習以来の料理に挑戦しようではないか。
47歳、初めての自炊生活だ。

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初期の料理

しかしわからないことはわからない。
毎日のように包丁を片手に立ち尽くしてしまう。
目の前の玉葱一つもろくに切れない。
みじん切りね、ハイハイ知ってる。細かいやつだろ?…うん、ところでどーやって切ればあの形になるの?
ささみの筋を取り…?どーやって?
鶏胸肉を?繊維の向きごとに?三つにわける…?
おめーさん何言ってんだい?
下ごしらえの段階で毎日パニック。
本屋に走るがレシピ本はたくさん売ってるものの、料理の「キホンのキ」のさらに前段階を学ぶための本ってのはなかなかないみたいだ。
手を傷つけたくないから料理しない、だってギタリストだもん。と、料理から逃げ続けてきた私だ。独身の頃は外食、結婚後は食を妻に丸投げしてきた私だ。
きっと私だけが知らない一般常識なのだろう。
助けてインターネット!
「玉葱 みじん切り」検索
…ヒット!ありがとうデリッシュキッチン!!
みじん切りだけではなく、ありとあらゆる野菜の千切りやいちょう切り、ささみの筋取り、鶏胸肉の切り分け方も動画つきで説明してくれる。
あなたが神か。
こんなページがあるってことは、無知なのは私だけではないってことだ。よかった〜。
本やネットで簡単そうなレシピを見つけては作った。
ゆっくり少しずつではあるが、料理に慣れていく。
できないことができるようになる、その感覚は楽しかった。
が、同時に心が徐々に疲れていく。

責任感と義務感だ。
ライブ当日も作らなきゃ。
ツアー前日も作り置き、たくさん作らなきゃ。
レコーディング中も作らなきゃ。
作らなきゃ、作らなきゃ、作らなきゃ。
「作らなきゃ」に押しつぶされそうになる。
不慣れながらに、いや不慣れだからこそか、きちんとしたものを作ろうとする。
焦がした、崩れた、量間違えた、手順飛ばした。
無駄にした、こぼした、割った、落とした。
数時間かけて作ったものが失敗してしまった時などは、本当に情けなくて、申し訳なくて、悔しくて涙が出てくる。
なんでこんなにおいしくないの?何か間違えた?センスないのかな?
レシピを探すだけで日が暮れる。
賞味期限切れの食材にため息が出る。
そして、出来上がったばかりのごはんを食べながら、次は何を作れば良いんだろうと呟いてしまう。
料理を毎日作り始めて2~3カ月くらいだろうか、「料理鬱」みたいな状態になった。

さて、このコラムのお題は「頼る」だったか。
頼れるもの、頼れること、頼ることに対して思うこと。

今だったら、頼れるものはなんでも頼れ!
レトルトだっていいじゃない!
ウーバーだっていいじゃない!
今日はお弁当買って帰ろうぜ!!
カップ麺とコンビニサラダで勘弁を!!!
等と恥ずかしげもなく言える。
が、「作らなきゃ」に支配されていた当時の私にはその発想がなかった。

この時期に偶然出合ったのが「せいろ」だ。
テレビで見たか、ラジオで聞いたか、もう忘れてしまったけれど。
手に取ったのは、なんか流行ってるみたいだし、作れるものが増えれば良いなくらいの理由だった。
ところがこれが私にとって大きな転換点になった。食材を切ってせいろに並べて数分蒸せば、一応は食べられる。味付けが塩だけでもおいしい。
これを繰り返すうちに考え方が変わっていった。
毎日きちんとした料理、名前がある料理を作る必要はない。形や色が悪くてもいい、最悪食べられればなんでもいい。
死ななければそれでいい。
結果おいしければ、最高だ。
せいろに頼ることで、毎日料理を作るための心構えに、やっと気付けた。
きっとこれくらいの気楽さが、自炊生活の「キホンのキ」。

失敗しても良い。食べられない事はないから。
作りたくない日は作らない。そんな日もあるさ。
便利な世の中だ、何にでも頼ってしまえ。

それからまた少しずつ、色々な料理に挑戦するようになった。時々何かに頼りながら。
自炊生活を始めてやっと1年と3ヶ月。
心構えとか偉そうな事を言っておきながら、まだまだ私は料理超初心者だ。ひよっこだ。ぺーぺーだ。
ただ、アラフィフの完全な料理未経験者が1年以上料理を続けられたことは事実。
人間その気になれば変われるね。

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1 年以上続けてきた料理!

やってやれないことはない。
でも、頼れるものには頼った方がいい。
そんなことを料理から学んだ。

妻の怪我は10ヶ月でようやく全快した。外食もできる。よかった。今ではウォーキングやプールなど、少し身体を動かすことが楽しいようだ。
本当によかった。
が、料理担当は私のままだ。
「ていねいでおいしいから」とのこと。
なんだかうまく乗せられている気もするが、悪い気はしない。
まだまだ作ったことのない料理がたくさんある。
この感覚が今ではなかなかに楽しい。

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最近の料理

お礼を伝えたい人がいる。
アイスムにも頻繁に登場している、リュウジさんと長谷川あかりさんだ。
最初に買ったレシピ本はリュウジさんの『バズレシピ 史上最強の痩せめし編』(扶桑社)だった。動けない妻に何を食べさせて良いのかわからず、散々悩んだ挙句手にとった本だ。
この本から学んだことは多い。
長谷川あかりさんのレシピにもたくさん助けられた。工程に驚きと楽しさがある。
そしてお二人のレシピはおいしい。天才。
このお二人のレシピに出会っていなければ、私は料理を続けられなかったかもしれない。
リュウジさん、長谷川あかりさん、本当にありがとうございます。
これからのレシピも楽しみにしています。

最後に、
毎日誰かのために料理を作っている
まずはお母さん、そしてお父さん。おばあさんにおじいさん、姉ちゃん兄ちゃん、弟や妹の場合もあるか。おじさんやおばさん。友人や同居人のためかもしれないが…とにかく!毎日誰かのために料理を作っている人達へ。
お疲れ様です。
あなた達の大変さは俺が知ってる。
お互いがんばろうね。
大好きよ。

過去のエッセイはこちら

3通目:「何か間違えたとしても、世界は滅んだりしませんから」大山 純さん(ストレイテナー ギタリスト) ~拝啓、ハタチのわたしへ~

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