毎日違うものを作らなくていい。そう気づいてから、料理が上達していった

コラム・アラカルト

LIFE STYLE
2026.05.08

かつては「野菜の肉巻き」が「肉野菜炒め」より手間がかかるということにも気づかなかったという 吉玉サキさん。山小屋での住み込み生活で知ったのは、自らの「料理への解像度の低さ」でした。失敗を繰り返しながらたどり着いたのは、「バリエーションを捨てる」という境地。無理なく、心地よく自炊を続けるための、最適化されたキッチンライフについて綴っていただきました。


仕事でやっているわりに、料理への解像度が低かった

23歳の時、北アルプスの山小屋に住み込みで働くようになって、初めて料理をした。私は厨房担当ではなかったのでお客様に出す料理は作らないのだが、たまにまかない当番がまわってくる。当番がまわってくるたびに、何もわからないながらレシピ本を見て、なんとか人数分の食事を用意した。

それから数年が経って、お客様に出す食事の仕込みもするようになった。しかし私は相変わらず、料理というものがよくわかっていなかった。言われたとおりの作業をこなすことはできても、レシピの工程や食材の組み合わせ、味付けなどへの解像度が低いままだったのだ。

ある時、山小屋で改修工事がおこなわれ、地元の大工さんが数人、泊まり込みで作業をすることになった。ということはつまり、スタッフのぶんに加えて、大工さんたちの食事も用意しなければならない。

その日は早番で、まかないの朝食を私が一人で作っていた。私が選んだメニューは野菜の肉巻き。朝食の時間が迫ってきてもまだぜんぜんできていなくて、焦った私は、同僚のポール(日本人だがそういうあだ名だった)に「どうしよう、間に合わないよ~」と泣きついた。すると、ポールは手際よく作業を手伝ってくれながらこう言った。

「どうしてこんな手間のかかるメニューにするんだよ!肉野菜炒めならもっと簡単にできんだろ!」

はっとした。

肉野菜炒めなら切って炒めるだけでできるが、野菜の肉巻きには「巻く」という工程があるぶん手間がかかる。一人で大量に作るには不向きだ。

しかし、なぜか当時の私はそのことに思い至らなかった。料理への解像度が低い私は「料理にかかる手間はレシピによって異なり、手間のかかるレシピもあれば、かからないレシピもある」という当たり前のことに気づかなかったのだ。

ポールに言われてはじめて、私は「レシピの工程」というものを意識するようになった。

たとえばひき肉でまかないを作る時、ハンバーグよりミートローフのほうが成形の手間がかからないぶんラクだし、オーブンで焼いている間に副菜を作ることもできる。そういう当たり前のことを、失敗しながら一つひとつ学んでいった。

バリエーションの呪い

また、当時の私はバリエーションの呪いにかかっていた。私はなぜか、「まかない当番がまわってくるたびに毎回違う料理を作らなければいけない」「一度作った料理はしばらく作ってはいけない」と思い込んでいたのだ。

実際は、週に2回くらい同じメニューを出したとしても、誰も文句を言わない。「3日連続でからあげ」みたいな極端なことをしない限りはなんでもアリだ。なのに私は勝手に「いろんな料理を作らなきゃ!」と思い、毎回、初めての料理に挑戦していた。もともと手際が悪い上に作り慣れていないので、そりゃあ時間がかかる。

これは、私服通学の学校に通う生徒が「毎日違うコーディネートをしなきゃ」と思い込んでいるのに似ている。実際は、月曜と金曜の服装がまるまる同じだとしても、ほとんどの人は気づかないのに。

そんな私も、山小屋7年目でついに「5品くらいをローテーションしてもいいんだ!」と気づいた。なぜそれまで気づかなかったのか、自分でも不思議である。

それからは同じ料理を何度も作るようになり、やがてレシピを見なくても作れるようになった。同じ料理だと身体が作業を覚えるので、料理にかかる時間も圧倒的に短くなる。そうして、何品かの料理をマスターした。

そのうち、マスターした料理をアレンジすることもできるようになった。きんぴらごぼうをマスターしたあとは、ごぼうを大根に替えてきんぴら大根にしたり、ちくわやひき肉を加えてみたり。

そんなこんなで、山小屋8~10年目は後輩たちから「料理上手」と言われるまでになった。

特に食いしん坊で元気いっぱいのミナミは私の料理のファンで、毎回、奥の従業員スペースで食事をしながら、売店で店番をしている私に聞こえるように大声で「サキちゃん、これマジうまいよー!」と伝えてくれた。「お客様に聞こえるからやめな~(笑)」と言っていたものの、まんざらでもなかった。

現在は週に一度の作り置きが趣味

山小屋を辞めて8年が経ち、現在は東京で一人暮らしをしている。在宅ワークで、食事はほとんど自炊だ。といっても朝はコーヒーだけなので、作るのは昼と夜だけ。

今は週に一度、おかずの作り置きをしている。

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近所のスーパーで野菜が安くなる水曜に一週間分の食材を買い、作り置きをする。作るのはだいたい6~7品。それ以外に、鍋の具材を切ってポリ袋に入れた「鍋セット」も作る。あとは、肉や魚を一食分ずつ小分けにして冷凍し、卵は一パックすべて茹でてしまう。

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鍋セット

これらを、きっちり一週間で食べきる。だから火曜の夕飯を済ませると冷蔵庫がからっぽだ。

これは、「料理スキル」というよりも「在庫管理スキル」のなせる技だ。何を隠そう、山小屋時代の私は「在庫の鬼」と呼ばれ、他のスタッフから「背中に『在庫』ってタトゥー入れてんじゃないの?」といじられるくらい在庫管理に厳しかった。山小屋は二週間に一度、ヘリで食材を荷揚げする以外は食材が手に入らないので、在庫管理スキルが生命線なのだ。そのせいか、今も、家にある食材を完全に把握できている。

作り置きをしていると言うと、よく「メニューを決めてから買い物に行くの?」と聞かれる。私の場合、メニューは決めずに行き、その日安くなっている食材を買ってくる。そのほうが安上がりだからだ。

そう言うと「毎回同じメニューにならない?」と言われるが、まさにその通りで、作り置きのメニューはほぼ毎週同じだ。でも、別にそれでいいと思っている。子どもがいれば食育のためにさまざまな料理を食べさせたいと思うこともあるかもしれないが、私はすでに食育の済んでいる大人なので、食べ慣れたものだけでいい。

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別の週の作り置きだが、内容は似通っている

山小屋の時と同じで、毎回、同じ料理を作るからこそムダな動きが削ぎ落されて、今では2時間もかからずに作り置きが完了する。

それでも季節がめぐれば安い野菜も変わってくるので、自然とメニューも変わる。冬なら白菜とツナのサラダがレギュラーになるし、夏ならズッキーニの煮びたしや春雨サラダがレギュラー入りする。

作り置きは今や私の趣味だ。推奨されないのだけれど、お酒を飲みながら作ることが多い。お酒を飲み、YouTubeやラジオを流しつつ作り置きをする時間は、うっとりするほど楽しい。

食事は、だいたいごはんに作り置きをのせた「作り置きのっけ丼」を昼食に食べる。

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作り置きのっけ丼

夜は鍋が多い。お鍋にお湯を沸かして、冷凍した鍋セットとメインの具材(豚肉か鶏肉か鮭)を入れて、味をつける。昨日は豚キムチ鍋、今日は石狩鍋、明日は鶏の水炊き…といった具合だ。よく「毎日鍋で飽きない?」と聞かれるが、メインの具材と味付けを変えていれば意外と飽きない。

また、大きなお皿に作り置きを少しずつ盛り付けて「前菜盛り合わせ」みたいにして、お酒のつまみにすることもある。本当の前菜盛り合わせならばそのあとにメイン料理が来るはずだが、私は少食の酒飲みなので、この一皿でお腹がいっぱいになる。

たまに鍋以外を食べたくなった時は、別の料理を作る。カレーか、ひき肉とかぶの中華がゆか、長谷川あかりさんの「薬味たっぷり出汁カレー」を作ることが多い。

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「薬味たっぷり出汁カレー」。本家以上に薬味が多い

…というふうに、私の自炊はいつの間にかライフスタイルに合わせて最適化されていった。おかげで、無理なく続けられている。

肉野菜炒めと野菜の肉巻きの手間の違いすらわからないところから、思えば遠くへ来たものだ。

もし料理が苦手で悩んでいる方がいたら、私の例を参考に、自分の伸びしろを信じてほしい。

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