仕事と子育てを続ける中で、藤井恵さんがたどり着いたスタイルとは

特別企画

2021.09.03

幅広い世代から長年にわたって支持を集める料理研究家の藤井恵さん。近著のひとつ『藤井弁当』は、「おかずは3品のみ」で「主な食材は3つだけ」、そして「使う調理器具も最小限で」という究極にシンプルな構成が評判となり、20万部を超えるベストセラーになりました。「お弁当はワンパターンでいいんです」と語る藤井さん。その思いに至った理由や、藤井家の「家庭料理」の形などを伺ってきました。

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お話を伺った人:藤井恵さん

料理研究家・管理栄養士。大学在学中から料理番組のアシスタントを務める。出産を機に専業主婦になるが、その後に復帰。テレビのフードコーディネートの仕事から料理研究家の道へ。家庭料理をメインに、お菓子、おつまみと得意分野は幅広く、日本テレビ系の番組『3分クッキング』は18年にわたり出演していた。著書多数。

『藤井弁当』のスタイルが出来あがった理由とは

ーー『藤井弁当』の冒頭で語られる、お弁当はワンパターンでいい、作る人がなるたけラクに、作り続けられることが何より大事……という思い。藤井さんご自身、お子さんに15年間お弁当を作られたそうですね。最初から「お弁当はワンパターンでいいんだ」という思いがあったのでしょうか。

いいえもう全然!私は二人子どもがいますが、上の子が幼稚園に入るまでお弁当を作ったことがなくて。どんなものをおかずにすればいいのか、どうやって詰めればいいのか、分量やお弁当箱の大きさのこととか、まったく分からなかったんです。小さなお弁当ひとつ作るのに、30分も40分もかかっていました。

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ーーでは、手探りでのスタートだったんですね。

そうです。最初はとにかく一生懸命。幼稚園の先生方に「すごいわねえ」って言われるようなお弁当を作って持たせていたんです。それなのに全部残してくることもある。イライラして、お弁当作りが憂鬱になりました。「今日お弁当だ」と思うと憂鬱で。そんな時期がしばらく続いたんです。

あるとき、幼稚園の先生に呼び出されました。「お弁当箱が大きすぎると思います。そして、内容も凝りすぎてはいませんか?」と言われて。「みなさんさようなら」をした後に、上の子がまたお弁当箱を開けて食べていたんだそうです。

ーー残して帰ったらお母さんに悪いな、と思ったんでしょうかね。

多分そうだと思います。気を遣ったんですね、私に。上の子は私と違って、とても繊細で。先生から「もうちょっと気軽に作ってみたらどうでしょう」って言われました。日頃見たこともないようなものをお弁当に入れたって、子どもが食べられるわけもなかったんです。カッコつけていましたね、私。

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ーーその後、どうされたんですか。

子どもが食べられるものだけを入れるようになりました。好き嫌いが多いので食べられるものは少なかったんですけど、毎日同じものでいい、茶色いお弁当でもいいと思って作りました。幼稚園の先生から「お弁当を空っぽにすると達成感が生まれる」とも教わったんです。食べられるものだけを入れていくから、自然とワンパターンになっていくわけです。

それからは子どもが幼稚園の間は、基本的におかず2品しか入れなかった。「いつも食べているものを入れる」「普段よりも少なめに入れる」ようにしました。食べ切りやすいように。お弁当は「朝食と夕食のつなぎでいい」と思えるようになってきて。そのあたりから、メインのおかずと野菜おかずを1品ずつ、それにごはんという構成になってきたのかな。小学校になってからは、そこに卵焼きをプラス。

ーー『藤井弁当』の基本構成ですね。

そうです。下の子が小学校に上がってから、少しずつ仕事も再開したんです。とにかく朝が忙しいからどうしたらいいかと考えて。洗い物は少なくしたいから、一番小さい包丁とまな板だけでできるようにしよう、調理器具はフライパンひとつでやろうと考えて。そうすると、汚れないものから順々に作っていく……となっていったわけです。

ーー好き嫌いがあって、量が食べられないお子さんだったから、藤井さん流が出来あがっていったという面もあるんですね。

そうですね。なんでも食べる子だったらこうはなってなかったかもしれない。今はいろいろ食べられる子になりました。

藤井さんにとっての「家庭料理」の形

ーーご家族に味見をしてもらって、意見を聞かれることもあるそうですね。

はい、一番ストレートに言ってくれるのは家族なので。ずっと私の料理を食べてきたわけですから。凝ったものや、オシャレな料理とかを試作すると「こういう料理は必要なの?」「もっとシンプルなのがいい」って言われますね。仕事だから仕方ないじゃない、と思うんですけど(笑)。

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ーーご家族はあまり凝ったものは好きじゃありませんか。

夫も子どもたちも「いつも食べてるものがいい、いつものが安心する」ってよく言いますね。娘は幼稚園の頃、家族旅行をすると「おばあちゃんの味噌汁が飲みたい」ってよく言ってました。私の母はあんまり料理が好きじゃないし、レパートリーも少ない人だったんです。味噌汁といえばいつもなめこと豆腐で。

ーー料理研究家さんって、親が大変な料理好きで、その影響で料理の道に……という方もいらっしゃいますが、藤井さんは違ったんですね。

母は五つの料理をずっと繰り返し作るような人でした。カレーだったら最低3日は続きます。おでんも最低4日。どっさり作るんです。アレンジなんてしないんです、最後のほうはもうドロドロで。私は正直、「つまらないなあ」なんて思ってました。だから料理番組に興味を持ったんです。テレビに出てくるような料理を実際に食べてみたいと思って、料理番組のアシスタントになりたいと思ったんです。

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そうそう、今ふと思い出しましたけど、私が仕事を終えて帰ってきたとき、母がカニカマを切って出してくれたことがあったんです。本当に切っただけなんですけど、すごくおいしく感じて。私のために出してくれたものって、やっぱりおいしい。大人になってから人に料理を出してもらうこと、なかったですから。全部自分でやっていて。

ーー家事と子育て、料理研究家としての仕事。何役もの毎日は、いかがでしたか。

一日中、ずーっと料理してました。まず朝ごはんとお弁当を作って、仕事で作って、そして晩ごはんを作って。その繰り返し。30代はほとんどベッドで寝た記憶がないんです。でも、仕事したかったから。だから夜ごはんは、毎日鍋と決めました。そうなってしまったんです。夏でも鍋。にんにくと唐辛子をきかせたモツ鍋風の鍋を、塩・味噌・醤油とベースを変えて、5日間はそれでローテーション。家族全員にんにくが大好き、東京では良いモツは手に入りにくいから豚バラで。

ーー仕事で試作されたものや、撮影で作ったものをお弁当に詰めたり、家族の夜ごはんにしたりということはしなかったのでしょうか。

撮影で作ったものを取り分けて晩ごはんにしたこと、あります。でも、子どもが絶対食べなかったんです。自分のために作ってほしいというのがあったみたいで。悪かったなと思って、それ以来撮影で作ったものは家族には出さないと決めました。また基本的に撮影したものはスタッフの方が持ち帰られますし。

ーー撮影が終わったら、またご家族の料理づくりになるわけですね。

そうは言っても大変だから、夜は鍋(笑)。次の日の朝は残ってる野菜とかをスープか味噌汁にして、ごはん、納豆ぐらい。またお弁当……という繰り返し。このぐらいじゃないと、もうバランス取れませんでした。仕事と子育てと家事、全部はじめてのことじゃないですか。結婚して子どもができて仕事して子育てしながら家事をして、それらをずっと回していく……今だったら、もうちょっとうまくできると思うんですけどね(笑)。

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ーー平日の夜は基本、鍋という選択。ご家族の反応はどうでしたか。

当時のことを子どもに聞いてみたら「おいしいから嫌じゃなかったよ」って言ってくれました。「できたてを、みんなで食べられて、お母さんがラクだから、いい」って。嬉しかったです。夫も「〇〇を作って」って言わないんです。何が食べたいのって聞くと「鍋」としか言わない。好きなんでしょうけど……それにしても鍋としか言わない。気も遣ってくれているとは思うんですけどね。

ーー私は以前に、藤井さんが「料理というのは結局は自己満足なんです」と書かれているのを読んで、感動したんです。忙しい中、家族にごはんを作ることもお弁当を作り続けたのも、自分がそうでないと満足できなかったから、ということを書かれていて、なんと冷静で客観的に自分を見ている人なんだろうと。

そのときどう書いたかちょっと覚えてないのですが、そうですね。結局は相手のことを考えているというより、自分が満足してるだけですから(笑)。ただ、食べる相手が負担にならないことが大事だと思っています。「ああー、お母さん忙しいのにこんなにまたいっぱい作っちゃって……」と子どもに思わせちゃったこともありますし。「お弁当じゃなくて、学食でいいよ」とも言われたんです。でも、そうはいかない。料理研究家の子どもが毎日学食なんてね、「お母さん全然弁当作ってないんだぜ、あいつ」とか言われたらどうしよう~(笑)。

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ーーなるほど、周囲にそう思われてもおかしくないわけですね。

私、お惣菜とかを研究するためにスーパーでできあいのもの買うときも、ビクビクしながら買ってます(笑)。

手作りの思い出を残してあげたくて

私の先生(滝口操氏)は基本的に家庭料理を作る方でした。その先生の基本の味をくり返し作って食べて体で覚えてきたから、無理なく今、自分でいろんな味が想像できるようになったんだと思っています。

ひとつの食材を使って何パターンかのレシピを考えるときは、調味料で分けていくんです。はじめはシンプルに塩だけで焼いてみる、次に醤油だけ、味噌だけ……それで何通りも作っていく。そして次に何か違う調味料を掛け合わせていくと、いくらでもバリエーションができてくる。無理くり合わせずに、普通のおうちにある調味料だけで考えていきます。

ーーごく一般的な家庭にあるものだけで作る。それが藤井さん流なんですね。

基本となる料理をずっと作り続けてきたことが、今に繋がっています。私は海外留学したこともないし、アシスタントとしての経歴も長くないんですが、焦らず無理せず、同じことをくり返してきたことが、プラスになりました。

ーー「同じことをくり返してきた」というのはどういうことでしょう。

例えばお肉なら、シンプルに塩とこしょうだけで調理してみる。「昨日は焼きすぎたけど、今日は上手にできた」「昨日は塩加減がうまくいった、でも今日は薄すぎた」みたいな感じで、同じ料理をくり返し作ることによって、自分の手加減でできるようになっていきます。次に、塩こしょうだけでなくちょっと醤油を加えてみると、ものすごく旨味を感じるようになる。こういうことをくり返していくと、料理上手になれたと感じられるはずです。

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ーー藤井さんが家族に対して、忙しくても手作りを続けた理由はなんでしょうか。

そうですね……私は「手作りのごはんを思い出に残してあげたい」っていうのが、一番大きいかな。将来、私がいなくなったとき何を「お母さんの味」と思って作ってくれるのかは分からないですけれど。

でもね、私は子育ての間、きちんと子どもたちに耳を傾けてなかったと思う。仕事がしたい、せっかくいただいた仕事をちゃんとやりたい。そればっかりになっちゃって。本当によくなかったですね、かわいそうだった。元には戻せないけれど。だからせめて、もしも孫が出来たらやり直してみたい(笑)。

ーー多分、そのときもお忙しくされているのでは?

そのときはもう少し余裕をもって仕事します(笑)。

ーー現在、子育ては一段落されているのでしょうか。

数年前に下の子が就職してホッとしてるんです。上の子も自分の生活を始めていますし。気持ちも体もラクになりました。夫とふたり、ようやく自分たちのことができるね、って。自由な時間も増えて、ゆとりのある料理が作れるようになってきました。時間をかけてみようか、って気持ちにもなれて。心の余裕ができると、料理がやさしくなりますね。

もっと手をかけてみようと思いつつも、ゆでた野菜があったり、ひたした豆があったり、そういうものだけでいいという気持ちにもなりました。ひとりだったら、あるものだけでいい。すごく簡単なものをひと皿だけでも。栄養バランスは一日を通して整えればいいや、って。あとは、大好きなお酒を楽しんでいます(笑)。

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白央篤司

「食と暮らし」、郷土料理がテーマのフードライター。著書に『自炊力』(光文社新書)、『にっぽんのおにぎり』(理論社)など。料理家としても活動し、雑誌や食品メーカーへのレシピ提供も定期的に行っている。

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取材・文:白央篤司
撮影:猪原悠(TRON)

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