読書の秋に語り合う、料理本から広がる食の楽しみ【前編】
思い出に残る料理の本は、ありませんか。初めて参考にしたレシピ本だったり、大好きな料理家さんの本だったり、人によって様々に忘れがたい本があるかと思います。今回はそんな「料理本」をテーマに、座談会を開きました。食に関わる仕事をされる方、書店の方、大の料理本好きの方を招いて、あれこれ語っていただきましたよ。前編はみなさんの思い出の料理本、そして料理本を選ぶポイントがテーマです。
お話を伺ったみなさん
心に残る、それぞれの料理本
料理本といっても幅広いですよね。今回はレシピ本に限定せず、「食に関する本」として、広くお話していけたらと思います。まず最初は、それぞれ記憶の最初の方にあるものを語り合っていきましょう。岡村さん、どうですか。
子どもの頃の記憶としては、姉が持っていた『子ども料理 ジュニアクッキング』(木村文子 著, 学習研究社, 1973)ですね。全部イラストで写真もないけど、姉は想像しながらたくさん作っていて。私は一番簡単そうなミルクセーキだけ作りました。
料理を作るために最初に買ったものというと、本じゃなくて雑誌の『オレンジページ』なんですよ。大学生になって一人暮らしを始めたので、日々のごはんづくりの参考に。値段が安かったというのも大きかった。
なるほど、私も最初に手に取ったのって、母親が持っていた料理雑誌だったかもしれない。
僕も大学時代に『オレンジページ』から入りました。当時は確か1冊290円ぐらいで、安くてレシピがたくさん載ってるありがたい存在。昔から料理には興味があって、発売号ごとに特集されているいろいろなものを作ってみてました。
ジャンルを問わず試してたんですか、すごいなあ。私は料理し始めって、とにかくパスタばかりでした。なんかカッコよく思えて(笑)。
あ、パスタも作っていましたよ。落合務さん(「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」オーナーシェフ)や片岡譲さん(「アルポルト」オーナーシェフ)の回をよく参考にしていて。今も二人の作り方で作っています。ちなみに麻婆豆腐は譚彦彬さん(「広東名菜 赤坂離宮」オーナーシェフ)の作り方で今も作ってます。
す、すごい……!
あと雑誌でいうとその後に『きょうの料理』を買い始めたり。あっ、そういえば子どもの時に『美味しんぼ』(雁屋哲 原作/花咲アキラ 作画, 小学館, 1983~)も読んでいました。
佐々木さんも私も今40代ですが、この世代は子どもの頃『美味しんぼ』を読んでいた人は多いでしょうね。
『美味しんぼ』って結構、実在の人物が出てくるんですよ。僕が初めて買った料理本は『美味しんぼ』で知ったレヌ・アロラさんという方の『私のインド料理』(柴田書店, 1983)って本でした。大学時代、実際に作ってみたら油の量がすごくてびっくりしました。こういう世界があるんだなって。
『美味しんぼ』から実在の料理人を知って、その人の料理本に飛んでいく。いいですねえ。岡村さんが初めて買った料理本は何でした?
初めてかどうかは覚えていませんが、野崎洋光さん(和食料理店「分とく山」総料理長)の『野崎洋光が考える 美味しい法則』(池田書店, 1997※)は印象的でした。理屈がとても面白くて。お米というのは吸水させると何倍になるとか、八方だしの作り方の比率とか、和食を法則化しているのが新鮮で。実際に作ってみておいしかったし、買ってよかったなと思いました。デザインもカッコよかったんですよ。
岡村さんも佐々木さんも、20代のうちから料理本に親しんで、いろいろ作られていたんですね。ムカイさんはどうでしょう。
料理に関する本で一番古い記憶というと、小学生の頃ですね。小学館の『ミニレディ―百科シリーズ』というのがあったんですよ。お料理やお菓子づくりを解説するもので、お料理だと今田美奈子先生が監修で。よく読んでいました、45年くらい前に(笑)。
そのシリーズを参考に、何か作られていたんですか。
うちは両親が共働きで、早くから料理らしきことはしていたんですけど、本を参考にするというのはまだなかったですね。ただ眺めているのが好きで。母がお嫁入りの時に買ったと思われる奥様大百科みたいなのでフィンガーボウルの存在を知ったりとか。
ああ、うちも母が世界の料理大図鑑みたいなの持ってました。洋食、中華、和食、お菓子とそれぞれ1冊ずつあって、どれも豪華な料理ばかり。眺めるのが楽しかったな。スイカを半分くり抜いて作る、洋酒入りのフルーツポンチに超憧れて。うちではそんな料理、結局一度も出てきませんでしたけど(笑)。
眺めていて楽しいって、ありますよね。私も『おそうざいふう外国料理』(暮しの手帖社, 1972)とかを母が持っていて、見ていましたね。
小さい頃に「おいしそう…」って眺めていた気持ち、忘れないものですよね。ムカイさん、参考にしてよく作った料理本といえば何ですか?
結婚当初に重宝したのが栗原はるみさんの『ごちそうさまが、ききたくて。』(文化出版局, 1992)ですかね。「やりすぎてない感じ」がよかったんです、その時は。ごく日常的な材料を使いつつ、洒落た感じの料理ができる。「今日はハイカラなもの作っちゃったぞ~!」みたいな気分が楽しくて。
分かるなあ、そういう気持ち。自分は料理にハマったのが25年前ぐらい、タイやベトナムの料理が大好きで。あまりに好きなので、家でも作りたくなったんですよ。当時はまだタイやベトナム料理店が身近になかった。鈴木珠美さん(ベトナム料理店「Kitchen.」オーナーシェフ)の本をよく参考にしていました。
私は実際に作らなくても、そういう料理本を読み物として読むのも大好きなんです。眺めてるだけ、読むだけでも料理本って楽しい。
分かる!
私もベトナム料理の本は、一時よく眺めていました。ベトナム料理ブームだったんです、私が30代前後の頃。有名なのが有元葉子さんの『わたしのベトナム料理』(柴田書店, 1996)。これでベトナム料理に憧れた人は多かった。写真もとてもきれいで、知らない国の食文化が魅力的で。植月緑さんの『食を追ってベトナムへ』(文化出版局, 1997)って本もすごく素敵で。写真もカッコよくて大好きな本。ベトナムに行ってみたいと憧れました。
みなさんの「料理本を選ぶポイント」って?
私はもう、手当たり次第なんです。書店さんや古本屋さんをめぐって、気になったものがあればどんどん買ってしまう。行ってみたい飲食店さんの本を買うことも多いです。好きなシェフのレシピ本もよく買います。
シェフのレシピ本だと、最近は鎌倉のイタリアン「コマチーナ」のを買いました。今はどうしても気軽に行けないから、眺めて楽しんで。「ああ、これよく食べたな。おいしかったな」なんて反芻しつつ。
あと私、「こんな生活が世の中にはあるのか!」ってのを感じられるものも好きなんです。『受け継ぎたいレセピ 祖母や母に学び、世代を超えて喜ばれる味』(野村紘子 著, 誠文堂新光社, 2020)はまさにそんな本。野村家では普段からこんな素敵なものを食べているなんて……って、ビックリして買っちゃった(笑)。
料理家・野村友里さんのお母さんの本なんですね。(本を手に取って見ながら)大好きなデザートとしてミモザケーキとか出てくる。すごい。うちは……フルーチェ(笑)。
おととし復刊された入江麻木さんの『さあ、熱いうちに食べましょう』(河出書房新社, 2019)を思い出すな。戦前にロシア貴族と結婚して、のちに料理研究家になった方。義父が食道楽だったそうで、彼に習ったレシピの数々と思い出が綴られるんです。読んでいて、映画を観るようでした。異文化をのぞく楽しみ。
「こんな生活もあるのか」といえば、沢村貞子さんの本も。まさに「ていねいな暮らし」そのもので、毎日毎日たくさんの料理を手作りする。そうしたいと思ったことはないし絶対自分ではやらないんだけど、一種の憧れというか。
今の話を聞いてて思い出したのは、有元葉子さんの『この2皿さえあれば。』(集英社, 2019/2020に続編も刊行)ですね。あの本の中で一番簡単なレシピを3回ぐらい作りました。
有元さんイズムの結集ですよね。「シンプルなレシピだからこそ食材は上等なものを」なんて言葉がもう、まさに。手をかけよう、手間を楽しむ、見た目も大事……といった言葉に触れて、揺るがない哲学を感じました。だからこそ、ファンも離れないんだろうな。
導かれる感じ、ありますよね。好きな先生の本だから買う、その人のファンだから買うという人もいる。もう一方で、料理本は「自分に必要な内容かどうか」で買う人も。「作りおきのレシピをもっと知りたい」「スパイスカレーを覚えたい」とかね。
後者のほうが世の中的には多いのかな。もし好きな料理家さんができたら、ぜひともその方の本一冊とじっくり向き合って、あれこれ作ってみてほしい。料理上手になりたい、と思う人ならね。確実に料理スキルはグンとアップすると思います。
あと、一冊通して料理家さんの本を読むと、その先生の流儀や大事にされていることが分かるというのもある。そこも、料理本の良さかもしれない。レシピを検索して「行って帰ってくるだけ」では得られないもの。
ああ、まさにそうですね。