冨田ただすけさんが今あらためて思う「自炊の良さ」

特別企画

PEOPLE
2022.11.14

レシピサイト「白ごはん.com」を運営する、人気料理研究家の冨田ただすけさん。自分のためにごはんを用意できる力は、人生において大きな財産になる――そんな思いをお持ちです。「買えない料理」が、きっといろんなシーンで自分を助けてくれるはず、と。冨田さんの思う自炊の良さ、そしてご自身の日常の料理について、じっくりと伺ってきました。
(聞き手:フードライター 白央篤司)

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お話を伺った人:冨田ただすけさん

料理研究家。1980年、山口県生まれ。小学生の頃から料理に親しむ。大学卒業後、食品メーカー、和食店勤務を経験し、2013年に料理研究家として独立。「白ごはん.com」は1日に約60万PV以上、年間で2億PVを超える人気サイトとなっている。


ーー自炊する良さ、というのも人それぞれでしょうが、冨田さんはご自身の著書(※)で「“買えない料理”を作れること」だと書かれていました。

一つの例として挙げられていたのが、「焼き海苔に醤油をちょんとつけて炊き立てのごはんを挟むもの」。ここに、ものすごく共感したんです。
※『生き抜くためのごはんの作り方 悩みに効く16人のレシピ』(河出書房新社, 2022)

今朝もそれでした(笑)。大好きなんですよ、炊き立てのごはんと海苔が。

ーーまた「醤油をちょん」がいいですね。なんでも買える世の中ですが、食べたいときに「炊き立てのごはん」を買うのは難しい。その炊き立てに醤油がちょんとついたときに立ち昇る香りがまた、おいしい。自炊すればこそ味わえるものですね。

「〇〇が食べたいな」と思うときに、それを用意する、作ることができるって、結果的に自分で自分を喜ばせていることですよね。作ったものが、精神的な癒しになっている。そのとき体が求めているものに寄り添える料理を作れたら、本当に素晴らしいことだし、“買えない料理”に自分が助けられること、ホッとすることが、僕自身とても多いんです。

ーーごはんを炊いて海苔を用意するだけでも、立派な自炊ですよね。炊飯器を開けて、炊き立ての香りを嗅いだ瞬間というのは、なんとも嬉しい。自炊する上での“特典”であるとも思います。

炊き立てのもの、作り立てのもの、いいですよね。僕も大好きなんです。料理をしていて、気分が上がる瞬間ですよね。うちの家族もみんなそうで、炊き立てごはんがあると機嫌がいい。他は味噌汁にごはんのお供だけで喜んじゃうような。僕は普段仕事で料理をしていて、作り立ての瞬間は撮影をするから、出来立てが食べられないんです。だから余計に、作り立てがうれしい。

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ーー冨田さんちのごはんのお供って、どういうものなんですか?

海苔やしょうがの佃煮を作っておくこともあるし、鶏そぼろとかですね。あ、鯖のそぼろをまとめて作って冷凍しておくこともあります。

ーーそれらも冨田さんの「買えない味、ホッとする味」なんでしょうね。

例えばお味噌汁一つでもそうなんです。僕は山口県の出身で、ずっと煮干しだしに麦味噌で育ちました。大学で愛知県の名古屋に来て、こっちのだしは雑節(サバやムロアジなど)が多くて、赤だしが基本になる。米味噌のこともあるんですけど。

ーー冨田さんの妻さんは愛知のご出身で、赤だし文化の方ですね。普段のお味噌汁はどうされているんですか。

今は週の半分ぐらいずつ僕と妻で(家の料理を)作ってるんですが、その日の気分でだしや味噌も変えてるんです。味噌は一つの容器に3種類を入れて、今日は米味噌多めにしようか、いや赤だしの気分だな、とか。

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左から、しっかり熟成した米味噌、しっかり熟成の浅い米味噌、愛知伝統の豆味噌の3種が並んで入れられている

ーーなるほど、こうするとその日の気分ごとに作りやすいですね。合わせ味噌にもしやすいし。

そうなんです。そのときの気分にぴったりフィットする味噌汁を飲むのも、外では難しい。僕は「久しぶりに煮干しだしがガツンときいた味噌汁が飲みたいな」という日もけっこうあるんです。

ーーその日の気分に寄り添って、日々の味噌汁の味も変わるんですね。

はい。こういうのも、自分のために料理する、料理することができる良さの一つですね。

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冨田家定番の“ホッとする”献立あれこれ

ーー冨田さんをホッとさせてくれる「買えない味」について、もう少し教えてください。ご家庭で定番のものなんて、ありますか。

妻が実家でずっと食べてきたものなんですけど、「玉子のおにぎり」というのがあるんです。おにぎりに炒り玉子を入れて、海苔で包めばできあがり。海苔とごはんのおいしさと、玉子のまろやかな味わいが一緒に楽しめるから、家族みんな大好きで。

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玉子1個分でおにぎり3個の具になる。味つけはティースプーン1杯程度の醤油のみ。

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冨田さんは義理のお母さんから「玉子のおにぎり」を習ったそう。

おにぎりにする日もありますけど、炒り玉子と海苔とごはんを用意して、自分で握ってもいいし、丼にしてのっけちゃってもいいですし。どう食べたいか、どれだけ時間があるか、シーンによって使い分けています。こういうのも、自分で作る良さだと思うんです。

ーー握るおいしさもあれば、のっけるおいしさもある。構成するものは同じなのに全然違う味わいになりそうで、そこがまたおもしろそうです。さて冨田さん、お鍋からいいにおいがしますが…。

あはは、僕のホッとする味ということで切干大根の煮物と、干ししいたけの煮たのを作っておいたんですよ。

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切干大根は、最近見つけた岡山県倉敷市の蒸し干しのものが柔らかくて、とてもおいしいんです。だし要らずで、戻し汁と醤油、少々のみりんだけで煮ています。ちょっと味見してください。

ーーいただきます。おお、本当にやさしい甘さで、いいですね。野菜自体の甘さなんだな。

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冨田さんいわく「こしょうが意外に合う」とのこと。細巻きの具にしてもおいしい。

干ししいたけは福岡のしいたけです。戻し汁と醤油、砂糖、みりんで煮たシンプルなもの。これ、作ってよく冷凍しておくんですよ。うどんの具にしてもいいし、刻んでちらし寿司の具にしてもいいし。

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すっきりとしたやさしい甘さの、干ししいたけの煮物。

ーー切干大根もそうでしたが、こちらも味つけが穏やかで、食べ飽きない味わいですね。

昔だったら、もうちょっとハッキリした味つけにしていたと思います。あるいは「味気ないかな」なんて思っていたかも。ここ4年ぐらいですかね、好みが変わってきたというか、やさしい味つけを食べたい日が多くなってきて。

ーー年齢ごとに好みの味が変わるのも人間、必定ですよね。それに合わせて変えていけるのも、料理する力を持つことの良さに思えます。

以前は一品一品、きちんと味を決めたかったんですよ。でも今は全部をそうせずとも、他の料理との組み合わせを考えればいいな、と思うようになりました。

味噌汁でもそうなんです。野菜やわかめなど、具材から出るやさしい出汁だけでなく、何かの出汁を必ずプラスして味をきかせていたんですね、以前は。でも今は、具材から出る淡い出汁だけで味噌汁を仕上げる日も多くなりました。具材が多いときは特に。

ーー食卓に並ぶものすべてが「うまいだろう!」みたいな味だと、疲れちゃうこともある(笑)。外のごはんはそれでいいと思うんですけど。

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冨田家で定番の味、「玉子のおにぎり」。なんともホッとする味わいだった。

冨田さんが日々の料理で大切にしていること

素材の味もちゃんと感じられる料理にしたい、ということです。そのためにも、使う調味料はできるかぎりシンプルにする。本当は、うま味の強い和風だしの素とか、めんつゆとか入れたら味がばっちり決まるし、そういうのが求められてもいるんだろうとは思うんです。手軽に作れる良さも分かるし、また野菜のえぐみを感じにくくさせるので、お子さんも食べやすい味になるなど、メリットも分かっているんです。ただ使い加減が難しいな、とも思います。使い過ぎてしまうと、素材の持ち味を覆い隠してしまうこともある。どれも同じ味になりがちな面も。なので、家でも「白ごはん.com」でも使っていません。

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ーーめんつゆを使ってみたら「おいしい!」と言われたので、使うことが多いという声もよく聞きます。

分かります。そこをちょっと、いつも使っている量の半分にしてみたときと、いつもの味と、どっちが好きだろうか…なんてことをやってみても、いいんじゃないでしょうか。ひょっとしたら半分のほうが好きかもしれない。そういうことをやってみるのも、自分や食べてくれる人に寄り添うような料理を作る上で、いいかもしれませんね。

ーーああ、そういう「寄り添い方」もあるわけですね。おいしいと思わせることだけが料理じゃないというか。ちょっといつもより軽い味わいにしても、案外おいしいかもしれない。

ただ、忙しくて大変でというのもすごく分かるんです。できるだけ手軽で、パッと作れるほうがいい日だってありますよね。

ーーお子さんが小さいうちなどは特にそうですよね。ただみなさん、冨田さんのサイトを見に来るときは、「今日はしっかり料理しよう」「ちゃんと料理したい」という気持ちの日のことが多いだろうから、いいんじゃないでしょうか(笑)。冨田さんは日常の料理をされるとき、気をつけていることはありますか。

やっぱり旬のものを使うこと。みずみずしくておいしいし、安いし。旬の食材を中心に献立を考えますね。

ーー季節のものと、さっきみたいな切干大根や干ししいたけなど、時季を問わない乾物の常備菜的なものを組み合わせていく。あまった食材などは、どう使い切っていますか。

まとめて炒め物にしちゃうことが多いですね。細かく刻んでチャーハンの具にすることも。チャーハンにすると子どもが喜んで食べてくれます。お味噌汁も、なんでも入れちゃってOKですね。「これもありだね」「いろんな味が出ておいしいね」なんて言いながら、みんなで食べています。

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冨田さんお手製の味噌汁。この日の具材は薄切りの玉ねぎに小松菜、なめこで、煮干しだしに地元の豆味噌だった。

終わりに

帰りがけに、冨田さんの妻・泰子さんが教えてくれた話が忘れられません。

「食事どきは『あと5分で出来あがりまーす』と号令がかかるんです。そうすると娘と私で、テーブルの上を片づけて、お箸とか用意して、すぐ席について。作り立てを食べてねという圧がかかるから(笑)。」

そのあとに続いた言葉が、また素敵でした。

「そうしないと怒るわけじゃないんです。出来たてを食べないと、ものすごく残念がるからその期待は裏切れないね、って。」

冨田家の“買えない味”を大事にしているご家族の姿が目に浮かんで、心が和みました。毎日の手作りは大変だし、ていねいにばかりもしていられないけれど、自炊する良さ、自分に寄り添った味を作れることの大切さは忘れずにいたいと、冨田さんのお話を聞いてあらためて思った次第です。

冨田さん今回は本当に、ありがとうございました。

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取材・文:白央篤司
撮影:猪原悠

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